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2019年1月11日 (金)

政治家への目覚め

 小学校の担任だった恩師のお見送りをした。
棺の中の安らかなお顔は、人生を全うされたとの安堵感に満ちているようでもあった。
 初挑戦から、ずっと、応援いただき、ご心配もかけ、また初当選からはそれこそ後援会の中でも最も熱く強く応援をいただいた先生。
級友達との邂逅も、深い悲しみの中でとなってしまった。
同級生のアッちゃんが、卒業アルバムを持参してきてくれ、若々しい先生の姿や幼い頃の自分たちの姿を涙ながらに眺めながらも、当時の記憶が鮮明によみがえってくる。
 思えば、政治家になろうと思った瞬間は、先生が授業をやめて、NHKのテレビ中継を観ようと言い出したあの日。
 1972年の7月5日。
午後の授業がない水曜日の昼前、まだ梅雨明けやらぬ蒸し暑い鶴舞小学校6年3組の教室。
 先生が突然、「皆で、歴史的な瞬間を観よう!」と観音開きの白黒テレビのスイッチを入れた。
映し出されたのは、実質的に第64代内閣総理大臣を選ぶことになる第6代自民党総裁選だった。授業を止めて総裁選挙を子どもたちと観るなんて今では考えられないかもしれないが、おじさん達の演説を聴きながら中身は全くわからなかったけど、子ども心にその熱気と気迫が伝わってきたのを覚えている。
 結果は、田名角榮氏が決選投票で、福田赳夫氏を92票差で破り、当選を果たした。先生が手を叩いて、大喜びされてたのを覚えている。
そして、その時こそ、ダミ声のなんだかわからないほどの熱とエネルギーを持ったおじさん、田中角榮に憧れを持った瞬間であり、自らも政治家になりたいと思った瞬間でもあった。
 まさに、政治家になろうと、道を、目覚めを、得た瞬間でもあった。
 級友が、涙ながらに「先生がテレビつけて私たちに総裁選観させてくれたのが、馬淵君が政治家になるきっかけになったんだよね!」と語りかけてくれた。
涙が溢れそうになるのを堪えて、ただ、「うん、うん」と頷くばかりだった。
 先生をお見送りしながら、再び、私は、あの日に戻った気持ちになると同時に、先生のご恩にお応えしなければ、と強く心に刻んだ。
 本当にありがとうございました。
溝口昭夫先生、安らかにお眠りください...

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