« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月25日 (木)

改憲議論の前に考えるべきこと

来週、代表選が告示となる。
無投票にはならないとは思うが、一方でその争点がどうなるの
かというのも重要だ。
考えらえる争点としては、野党共闘のあり方、戦う組織への変
革、さらに憲法改正議論へのスタンス、など様々だ。
前の二つは党内マネジメントの話であり内向きの話だが、憲法
に関しては違う。
憲法については、政府の改憲論議に引きずられて、「改憲是か?
非か?」、「憲法草案作成是か?非か?」などの議論に陥りが
ちだが、それ以前に、我が国に通底する社会的な価値観、規範
を考えたときに、「憲法」とはなんぞやとの極めてプリミティ
ブな考察が必要ではないのか?、との強い問題意識を私は持っ
ている。
そもそも、憲法は、革命の産物だ。
欧米諸国において、王政などの封建国家から民主革命を経て、
衆議を決する仕組みすなわち議会制民主国家へと変わりゆく過
程で、権力を抑制する仕組みとして必要とされてきた規範が憲
法だった。
まさに、歴史の分断、統治の非連続を補うものとして必要とさ
れた根本規範である。国家を「人工国家」と「自然国家」に分
類するならば、このような意味での憲法は「人工国家」をつく
る仕組みの一部として位置づけられてきたと言える。
こうした、「人工国家」としての仕組みとしての憲法を否定す
るものではないし、フランス革命やアメリカの独立戦争など民
主化の流れにおいて憲法や独立宣言が必要不可欠であったこと
は理解できる。
しかし、立憲主義が「憲法」のみを主権の体現とする考えと捉
まえることには違和感がある。イギリスでは、王権を存続した
ままに伝統的価値観、慣習法などから「不成文」の憲法規範・
体系を構築した。
議会決議や裁判所の判例、国際条約、慣習等のなかの国家の性
格を規定するものの集合体を憲法とみなしたのである。
そこでは、「憲法」以前に、国家と国民に根付く価値観や規範
が最重要の意味をもつ。
長い歴史の歩みや目に見えぬ価値を守り、「自然国家」として
の成り立ちを持つ我が国でも、こうした不文の価値観を憲法
(規範)として位置づけるべきだったのではないか。
しかし、残念ながら我が国の革命と位置付けられるであろう明
治維新の際、明治政府はプロイセンの欽定憲法を採用した。
ドイツは、プロイセンによる近代国家としての統一は19世紀ま
で無いが、中世ドイツは神聖ローマ帝国として形式上は統一さ
れた帝国でもあった。
神聖ローマ帝国がドイツ第一帝国、プロイセンによる統一ドイ
ツが第二帝国、ヒトラーによるドイツが第三帝国とされている。
そんな中でのプロイセン憲法がフランスの1848年革命の影響を
受けた産物であることは事実だが、ドイツ統一は市民革命によ
るものではなく、ビスマルクによる上からの統一であり、議会
制と国王大権が併存する体系となった。
同じく薩長による上からの「革命」を経た日本が参考として、
天皇大権と議会制を共存させようとすることに合致したのであっ
た。
憲法は「革命」の産物であり、人工的な「国家」を創り出すも
のである。従って、憲法改正によってその都度新たな人工「国
家」を作り出していくことには限界がある。
現行憲法改正という「革命」に短絡的に走るのではなく、国家
を語る上では、むしろ自然発生的に受け継がれた歴史的規範を
重視しその上で現行憲法をどのように捉えていくべきか考えて
いく必要がある、というのが、私が今最も関心を持つ事柄なの
だ。
2千数百年に及ぶ、我が国の歴史の中で連綿と継がれてきた、
「共生」の概念や、「調和」と「順応」、さらに「言挙げせぬ
国」としての価値の伝承などであり、それこそ神武天皇の建国
の詔から始まり、十七条憲法、律令制、さらには武家社会にお
ける数々の統治制度などによって、世界に冠たる精神国家とし
ての礎が築かれてきた。
これらを国民が広く理解し、現代においても知らず知らずの間
に我々に内在するこれら不文の規範・概念が、現行憲法を内包
する価値観として国民の中にあるということを、再度検証すべ
きではないかと考える。
過去との連続性と継承の上に、未来を創っていく。
その立場に立てば、矮小化された憲法改正論議からは一歩離れ
て、国家としての「国体」を共有する論議へと昇華させていく
ことができると、信ずる。
改憲論議では、改憲か護憲か、どの条文をいじるのかといった
テクニカルな議論に陥りがちだが、「形式」ではなく、守られ
るべき価値・規範は何かという「実質」に着目した本質的な議
論こそが必要である。ぜひ、こうした骨太の議論を、憲法議論
の中で行っていきたいと思う。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年8月 9日 (火)

陛下のおことば

 天皇陛下が象徴としてのお務めについておことばを述べられ
た。
 陛下は、おことばの中で、「国民を思い、国民のために祈る」
という天皇としての大切な務めを、国民への「深い信頼と敬愛」
をもってなし得たことの喜びを語られているが、これこそ、ま
さに象徴天皇のあり方の真髄ではないか。
 即位以来、常に象徴天皇としてのあり方を模索し実践されて
きた陛下のおことばは、深く、重い。
 そしてわれわれ国民は、陛下が国民に問いかけられた、象徴
天皇としてのあり方について、重く受け止め、考えなければな
らない。
 憲法に規定される天皇の国事行為はそれぞれが重要なもので
あり、遂行には多大なご負担をおかけすることになる。
 国民は陛下を慕い、可能であれば引き続き天皇の地位にあり
続けて頂きたいと思っている。陛下の国民への愛情に溢れたお
ことばを聞き、その思いをより強くしたのは私だけではないだ
ろう。
 しかし一方、「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至っ
た場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の
暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」との陛下の
問いかけに対し、我々は真摯に向き合わなければならない。
 まずは国民一人一人が陛下のおことばをしっかり受け止め、
与野党や政治信条の別なく、改めて象徴天皇のあり方に向き合
うことが問われている。
安倍総理は「重く受け止める」、「しっかり考えていかなけれ
ばならない」と述べているが、政府内の議論のみならず、国民
的議論を提起していく必要がある。
 その中で、仮に陛下の問いかけに対する一つの議論として、
天皇の生前退位を検討するのであれば、皇室典範のみならず、
象徴天皇のあり方を規定した憲法との整合性も含めた様々な角
度からの議論が不可避となる。
 例えば、憲法第2条は、皇位は世襲であって、皇室典範の定
めるところにより継承すると規定しており、生前退位は皇室典
範改正で対処可能なようにも見える。
しかし一方で、憲法第5条では摂政を置いて天皇の国事行為を
代行させることもできることが規定されており、皇室典範上も、
陛下が重患な病気などで国事行為が行えない場合は摂政が置け
ることになっている。
そのため、摂政を置けることと、生前退位との間で憲法上の整
合性をどう考えるかという議論もある。
 陛下のおことばでは、憲法第5条に規定される摂政を置く場
合でも、天皇が生涯天皇であり続けることに変わりはないとさ
れ、代行の限界をご指摘されている。
陛下のこうしたお気持ちを踏まえ、憲法との整合性や立法上の
諸課題に、制度を預かる政府及び国会は、知恵を絞り真剣に取
り組まなければならない。
 そして、何よりも陛下が念じられるように、「象徴天皇の務
めが常に途切れることなく、安定的に続いていくこと」を第一
に考えなければならない。
 例えば、上皇による院政が行なわれていた時代では、生前退
位が政治的に利用されることがあった。時代背景は全く異なる
が、天皇の生前退位を利用して、時の権力者により天皇の地位
が影響を受けるようなことが生じてはならない。
生前退位を検討する場合でも、例えばご高齢、ご病気など退位
要件を明確にして、譲位への恣意的な干渉を防止するようなこ
とが必要になるのではないか。
 これは議論の単なる一例であるが、陛下のおことばの重さと、
可能であれば引き続き陛下に象徴であってほしいとの国民の思
いを受け止めつつ、国民の代表たる国会議員として、責任を持っ
て慎重にかつ真摯に議論を積み重ねて行きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »