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2014年1月

2014年1月12日 (日)

選対始動

 新年が空けて4日からの仕事始めで地元の挨拶回りを続けな
がら、8日には鹿児島へ出張。鹿児島2区の今後の対応を協議。
既に昨年秋から水面下での準備は進めてきたが、都知事選の方
に注目が集まっているためあまり話題にはならないが、政党と
しては重要な位置づけであることに変わりはない。
都知事選については、東京都連マターということで松原仁東京
都連会長に一任となっている。党本部選対としては都連の決定
を受けてということになる。
週明け14日の党役員会からが、東京での仕事開始となるが24日
に通常国会召集もありあっという間に渦の中に入っていくこと
になるだろう。地元にべったりと張り付いた年末年始だが、今
年一年間、あらためて選対委員長として選挙に特化して全国を
歩いていきたいと思う。もちろん、地元奈良も含めてだ。
 やしきたかじん氏の死去の報が7日に流れて、関西ローカル
のメディアではたかじんさんの話でもちきりだ。
 僕の中での思い出は、2010年8月29日の代表選挙に向けた候
補者5人の中で総理を選ぶという「たかじんのそこまで言って
委員会」(2010年8月28日放送)番組企画で、最後に残った野田
佳彦、馬淵澄夫の二人のうち、番組では馬淵澄夫が選ばれた。
東京では放映されていないものだから僕は見ておらず、番組終
了後に多くの方からの連絡でそのことを知り、驚いたのを覚え
ている。
 そして、その後たかじんさんと会うことがあって、その時に
番組では僕を選んでいただいたことのお礼を伝えると、たかじ
んさんは少し恐縮されながら「いや、すんません、シャレ、シャ
レでしてん」と言われて大笑いになった。
シャレのネタにしていただいただけでもありがたいと思ったも
のだ。
心から、ご冥福を祈る。

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2014年1月 1日 (水)

母の言葉

 新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
 元旦の朝は、大晦日からあちこちを回りながら徹夜で迎える。
かれこれ15年間このような生活を送っているが、体力勝負故に
歳と共に疲労感は否めない。お神酒をいただきながらでフラフ
ラになって元旦の朝となった。
昨年の総選挙明け、ましてや政権転落後の新年とは違い、心な
しか少し落ち着いた年明けを感じた。行く先々で出会う皆さん
からの励ましはいつも以上にあたたかかった。
 溜まっていた何本かの原稿を書きつつ、午後には母の入院す
る病院へ見舞いに。
アルツハイマーを発症したのはかれこれ20年前くらいになるだ
ろうか。まだら状態の記憶から完全に意思が示せなくなるまで
は相当の時間があったが、要介護5となり自らの意思で動くこ
ともままならず、食事も経口摂取が困難になりつつある状況で
はもはや病院から帰るのは難しいかもしれない。
 秋に入院となってから僕が訪ねても、ほとんどいつも寝てい
る状態で意識ある時をこの2カ月ほど見ることができなかった。
社会人として在京となった長女や東京で通学する三女や長男な
ど孫たちも帰ってきて見舞った今日は、久しぶりに目を覚まし
ている姿を見ることができた。
そんな中、病室で皆で「おばあちゃん!明けましておめでとう!」
と呼びかけると、母は何か答えた。
それは、「何か」だったけれども、僕には「おめでとう...」
と聞こえた。ほとんど言葉にならない声だったが、喜んでいる
ように聞こえた。
 久しぶりに聞いた母の言葉。
意識の片隅に家族の声が届いたのかもしれない。
少しずつ老い、やがて人生を全うする時を迎えることは人生の
摂理である。抗うこともなく受け止めていきたいと思うが、自
らの時間がままならない仕事上、会うたびの姿を焼き付けてお
こうと思う。
静かな、そして穏やかな新年を迎えることができたことに心か
ら感謝しながら。

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