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2012年2月

2012年2月24日 (金)

「目標」へ、そしてQE-EPOCHへ

 先週末は蓮舫さんをお招きして記念講演を含めた1区総支部
定期大会。翌日は井ノ部航太前参議院議員候補者の応援に福井
で講演。明けて月曜からは予算委員会、木内たかたね代議士の
国政報告会、自由報道協会での会見、都市戦略研究会の立ち上
げ、円高・欧州危機等対応研究会の提言とりまとめ、原子力バッ
クエンド問題勉強会の党政調会長への提出並びに次へのアクショ
ン検討、首都中枢機能バックアップWTの回し、そして多数の取
材、とバタバタ。

その中でも、政府・日銀に提言するとした「円高・欧州危機等
対応研究会」での提言はタイミングが大事。何としても、今週
にまとめたいと、役員間でも頑張った。

 とりわけ、事務局長として宮崎岳志代議士には尽力いただい
た。

日銀が採択した実質のインフレ目標は、物価安定の「理解」か
ら「目途」へと表現を変えただけにとどまらないことは、その
直後の円安・株高というマーケットを見れば明らかである。

正しい理論は、正しい結果を生むということが明らかになった
と言える。

インフレ目標の設定と同時に行った、10兆円の基金への積み増
し、すなわち量的緩和はその後の日銀のバランスシートの拡大
を確認しなければ何とも言えないが、いずれにしても日銀が政
策転換を図ったとのメッセージ(まだ、信用できないんだが)は
流れた。

 だからこそ、ここで手を緩めずにさらなる円高・デフレ対策
を求め続けなければならない。

ということで以下の提言をまとめた。

1.インフレ目標政策の明確化・強化
(1)日銀政策委員会審議委員2名の候補者リストの提示
(2)候補者の議院運営委員会での所信表明
(3)インフレ目標値の2%超への引き上げ

2.金融政策における「雇用」の位置付け
「物価の安定」を「『雇用の最大化(失業の最小化)を含む、
経済面における国民生活の安定的向上』の実現のため、最適な
物価の状況」と定義して閣議決定により政府の正式見解とする。

3.アコード同等の意味を持つ定例会議の設定
「総理・日銀総裁定例会談」等の定時開催を通じてアコード同
等の強力な連携を推進する。

4.物価指標の国際標準化
「食品・エネルギーを除く総合」をマクロ経済運営の中心的指
標とし、これをコアCPIと位置付けて物価指標を世界標準化す
る。

5.さらなる追加緩和、QE-EPOCH(新時代緩和)の断行
(1)3月の金融政策決定会合でQE-EPOCH(=インフレ目標を含む
本格的金融緩和)を行う
(2)「資産買入等の基金」拡大に応じた日銀のバランスシート
拡大を政府がチェックする
(3)長期買いオペは、新発債など償還までの残存期間が長いも
のに限る

これらの詳細については、PDFで公開したいと思う。

 特に、4月4日に任期切れとなる政策委員2名の後任について
は、今回でも明らかなように「正しい金融政策」を実行推進を
表明できる委員の選定を強く推すためにも、候補者のリストを
政府に提示していきたいと思っている。

 そして、「目途」ではまだまだ中央銀行の明確な意思が反映
されているとは言い難い。英文のステートメントでは「ゴール」
と称してバーナンキFRB議長の言葉と平仄を合わせているが、
これはあくまでも国際社会へのメッセージとして市場に発信し
たもので、国内向けは、以前よりはましだが何やら中途半端な
印象をぬぐいきれない「目途」。やはり、ここは「目標」を意
識させるように、あらためて「2%超」の数値を求めるところ
である。

 また、3月末に決算期を控える企業を配慮して、さらなる量
的緩和を求めたい。二カ月連続でのさらなる量的緩和は日銀の
新たな時代への転換を示すものになりうる。これを新時代量的
緩和と位置づけてQE-EPOCHと称し3月13、14日の日銀政策決定
会合で決定・実行することを求めるものである。

こうした、提言を政府・日銀に示していくことを研究会として
決議した。

一つ一つ、勉強会で形にしていく。

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2012年2月15日 (水)

議事録と最悪のシナリオ

 震災関係の議事録の不在や原発事故での最悪のシナリオにつ
いて、巷間言われていることについて整理しておく。

昨年3月26日、発災後二週間強を経て官邸に急きょ呼び出され
て任命を受けた総理大臣補佐官。
辞令には「東北地方太平洋沖地震災害及び原子力発電所事故の
対応を担当させる」と書いてあった。

官邸から政府・東電統合対策本部全体プロジェクトの会議に直
行するよう命ぜられ赴く。

 そこで、細野補佐官から示されたのがいわゆる「最悪のシナ
リオ」だった。
3月25日付のその資料には、さらなる水素爆発による格納容器
破損で放射性物質が次々に放出されるという不測の事態が描か
れていた。
その時は細野補佐官から説明を受けシナリオを見せられただけ
だった。
そして、総括リーダーとなった細野補佐官から、僕には放射性
物質の汚染拡大防止を図る「遮へいプロジェクト」のリーダー
というミッションが指示された。

 事態の詳細も、ましてや原発のことなど何も知らない僕が、
いきなり「遮へいプロジェクトリーダー」としてその直後から
会議を運営することになる。
会議の中身もちんぷんかんぷんのまま、ただただ、大変だ!と
の思いだったのを今でもはっきりと覚えている。

それから、二週間、連日、飛散防止剤の散布をはじめ原子炉建
屋のカバリング、地下水の浸透流解析による海中への放射性物
質拡散流出防止策検討や、さらには度重なる余震対策のための
4号機燃料プールの耐震補強工事の立案などに没頭していた。

連日の全体プロジェクトの会議や、各チームの会議については
毎回の議事録が必ず議事メモや議事録案として次回に示され、
訂正がある場合はそれを指摘しかつ必ず反映されているのを確
認していた。
したがって、僕が関わっていた会議に議事録が存在しないとい
うことは一度もなかった。

そしてそ4月7日。
再び、細野補佐官総括リーダーから連絡が入る。
あらためて「最悪のシナリオ」を提示された。
「遮へいプロジェクト」とは別に「最悪のシナリオ」に対する
対策の指揮をいきなり頼まれることになる。

26日から二週間、僕は遮へいプロジェクトにつきっきりだった。
そこへ、新たなミッションの追加。この二週間の最悪のシナリ
オへの動きは、一切知らされていなかったが、またもや大変な
仕事を委ねられたことだけは明らかだった。

しかも、これは国民の生命の安全を守るためにも極めて重大な
タスクであり、統合本部組織として明確に位置づけて責任を持っ
て対応すべき事だと総理にも進言し、「遮へいプロジェクト」
を「中長期対策プロジェクト」へと組織改組も行った。
最悪の事態にも対処していることをむしろ国民にも開示すべき
だ、という基本姿勢を持って臨んだのである。

いわゆる最悪の事態を想定した、緊急の危機対応策を具体的に
策定していく仕事として相当の緊張感を持って取り組んだ。
当然、適宜、菅総理にも説明と了解を得ながら進めた。

 菅総理も「政府が最悪の事態を想定して準備をしていること
を隠す必要はない。むしろ、国民の皆さんに安心してもらえる
はずだ。」と、僕の進める方向性を支持してくれた。
また、東電ロードマップへの反映も強く主張し、5月17日のロー
ドマップから反映されることになった。

そして、最悪のシナリオへの対応策が整いつつあるなか、水素
爆発の危険性の除去も一歩一歩進んでいったのである。

 その意味で、十分な対応は当時できたと思っている。
先日の予算委員会で細野原発事故担当大臣が、当時その「シナ
リオ」を知り得たものとして、菅総理、細野補佐官、近藤委員
長、そして僕の名を挙げた。しかし、もちろんこの対策作業に
当たったものは皆これらの情報を知り得ることになる。

政府の危機対応は働いていた。最悪の事態への準備も整えた。
さまざまな憶測が飛び交うことには関心ないが、少なくとも当
時の補佐官として行うべきことは全力で取り組んできたと思っ
ている。

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2012年2月12日 (日)

「バックアップ」も重要

 バックエンドだけではなく、バックアップもやっている。
何それ?って聞かれそうだが、首都中枢機能のバックアップだ。

昨年の東日本大震災の教訓も踏まえて、首都直下型地震によっ
て官邸機能をはじめとする首都中枢機能がマヒしてしまわない
ような危機管理体制の構築は極めて重要だ。
とりわけ、1月23日に報道に付された東大地震研の「M7級直下
型地震は4年で70%の確率」は衝撃をもって国民に伝わった。
その後、地震研の研究者も訂正コメントを発しまた政府も混乱
を収束するために従来の政府の中央防災会議で議論されてきた
「30年で70%」に一義的に統一とすることになったが、いずれ
にせよ危機が切迫する状態を想定したバックアップ体制につい
ての議論は重要だ。

国交省では補正予算によって「東京圏の中枢機能のバックアッ
プに関する検討会」が設置され、そもそも中枢機能とは何か、
バックアップすべき代替機能とは何か、バックアップの状態は
どのレベルであるべきかなど網羅的な検討を有識者によって行っ
ている。

こうした検討が政府で行われる中で、党としても議論を行おう
と「首都中枢機能バックアップWT」が内閣部門会議に設置され
僕が座長に就くことになった。
副首都構想も含め、極めて重要な課題だとの認識を持っていた
ので打診をいただき快諾した。

これからの検討項目として種々あるが、政府が訂正したとはい
え東大地震研の研究自体は確認の必要がある。

そもそも首都圏直下型地震とはそもそもどのような地震を指す
のか。
政府の中央防災会議による「首都直下地震対策大綱」では2010
年1月に、(1)ある程度の切迫性が高い、(2)都心部の揺れが強
い、(3)分布が広域的に広がっている、との理由から首都地域
で想定される18タイプの地震像のうち、北米プレートとフィリ
ピン海プレートの境界で発生するM7.3の「東京湾北部地震」を
対策検討の中心としている。

そしてこの大綱では過去150年間に起きたM6.7-7.2の地震を数
えてその頻度から確率を求めている。つまり定常的な地震活動
の中から首都直下地震に相当する地震を選び出して発生確率を
計算しているのである。

 一方、今回の東大地震研の試算は上記のような定常的な地震
活動を対象にしたのではなく、3.11の東北地方太平洋沖地震の
誘発地震活動を対象にしたもの。そもそも大きな地震はめった
に起きない。また小さい地震はよく起きる。地震の頻度という
のはマグニチュードが小さいほどたくさん起こり、大きくなる
ほど少ないということが経験則から明らかにされており、これ
を表現するのが「グーテンベルク・リヒターの式」だった。
一方、大きな地震が起こると余震がたくさん発生する。そして
この余震は大地震後の時間経過に伴って減る。これを数式で表
したものが「改良大森公式」と呼ばれるものだ。

今回はこれらの二つの公式を組み合わせて「余震の確率評価手
法」というものを作り、これにより昨年9月時点での3.11地震
の前後での首都圏の地震活動データを元に計算した結果として
「M7程度の誘発地震が今後4年間で発生する確率70%」が導き
出さたのである。この「余震の確率評価手法」による全く同じ
算出方法で「今後30年間で98%」という確率も出てくる。
また昨年12月時点で計算すると「30年間で83%」、現時点では
「15年間で70%」と減じた結果となり、この数値そのものを論
ずる意味はないと東大地震研の研究者もコメントしている。
そもそも政府試算とは評価や対象が違う。

しかし、いずれにしてもM7級の地震が首都圏をいつ襲っても不思
議はない状況であることを肝に銘じなければならない。

WTでは、一カ月程度で意見のとりまとめを行い国交省の検討会
に向けて発出したいと考えている。

バックエンドでなくバックアップも重要。

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インタゲに向かって

 FRBのインタゲを、案の定「もうとっくに我々やってます」
論調の日銀に対して、なんとかせんならん!と、円高・欧州危
機等対応研究会を精力的に動かしている。

これも政府に具体的な提言を示さないといけないと思っている。
予算委員会での野田総理の答弁を見ると、日銀総裁との緊密な
連携を図るということがやっとの感じだし、総理と総裁との懇
談の頻度を上げるとしか言えないんだろう。ま、無理ないかなぁ
とも思うがだからと言って放っておくわけにはいかない。

この状況における提言と言えば、日銀法の改正と政府日銀によ
るアコード(協定)の締結というのが巷間言われることだが、
これではハードルが高い。

もちろん、本来的には正しい道筋だと思うが、政府日銀共にあ
まり積極的でないことをやらそうとするにはもう少し知恵を働
かせないといけないと思っている。

いわゆるデフレ脱却を唱える人たち(自分もそうだけど・・・)
は原理主義的に走りすぎているような気がしてならない。
僕も日銀法改正もアコードも賛成だけど、金科玉条の「独立性」
に思いの強い現日銀総裁の受け入れがたい案をただ声高に発し
ても仕方がないような気がしている。

生ぬるいかもしれないが、「これなら何とか受け入れられる」
という案をしかも、「実質的に物価目標を掲げることに等しい」
と市場が理解するレベルで出せないか?

そんなもんあるか、とお叱りを受けるかもしれないが、こうい
う現実的な方法を考えるのが僕ら政治家の役割でもあると思っ
ている。

来週は、2回、円高・欧州研を開催し更に詰めようと思ってい
る。

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バックエンド、一次提言の覚悟

 先週7日に原子力バックエンド問題勉強会の第一次提言をま
とめた。
http://nuclear-backend.jp/
http://nuclear-backend.jp/teigen.htm

 昨年の10月27日に立ち上げて以来、14回に及ぶヒアリングや
議員間討議、茨城、青森、福井への現地視察さらには役員間で
の議論と精力的な取り組みの結果を漸くまとめたものである。

 昨年の3月26日に原発事故対応の総理補佐官を任命されて以
来94日間、事故収束に全力で取り組んできた。
陸海空で漏れ続けている放射性物質の汚染拡大防止策を講じ実
行に移すとともに度重なるM7級の余震に対する耐震補強工事な
ど、当時まだ高線量下で人が近づくことができない状況の中で
の施策実施を指揮してきたものとして忘れられない時がある。

補佐官就任から78日目。
6月11日、僕は遮へい、中長期対策の責任者として福島第一原
発に入域し第4号機原子炉建屋に入室した。

余震によって崩壊の危険性をはらむ使用済み燃料プールの耐震
補強工事を命じた責任者として、その補強工事状況を現認しに
行った。

20分間。建屋の中は光も音もない闇の世界。
目に見えるものも、臭いも、形もない放射能という恐怖に押し
つぶされそうになりながら燃料プールの補強工事の確認を行う
中で、この目に見えない放射能の恐怖によって故郷や地域を追
われ、家族が離れ離れになってしまった被災者の苦悩が僕を襲っ
た。

我々は、人知を超えたものを御そうとしているのだろうか!?

そして使用済核燃料プールというものの存在を、実感を持って
自らの体に、意識に刻み付けることになる。

なぜ、このような形で原子炉建屋に使用済核燃料が置かれてい
るのか。
全国の原発には1万3500トンもの使用済核燃料がある。福島だ
けのことではない。再処理という政府の方針だが、一度も動い
ていないこの仕組みをそのままにしておいていいのか。

バックエンド問題は、国会議員で唯一、収束にほど遠い発災か
ら3カ月の段階で原子炉建屋に入った人間として、放置できな
い課題だという強い想いが僕を突き動かした。
この問題に向き合う、覚悟と使命を僕は持つ。

そして、多くの議員同志を得て、今日までの議論の積み重ねを
行うことができた。
方向性を打ち出し、具体的に形に変えていく。

だから、この提言は、「一次」だ。
提言提出で終わらせるわけにはいかない。
これから、運動体に変えていかなければならない。
立法府が機能しなければならない。
政府がやみくもに進めようとしても、国権の最高機関である国
会が判断していかなければならない。

提言では、再処理・核燃サイクルは実質的に破たんしていると
して4+1の原則と方向性を示した。
4つの原則とは、受益と負担の公平性、公的機関の関与、技術
的知見の蓄積、情報公開の徹底であり、これによりモラトリア
ムという方向性を示している。日本語で訳せば「猶予」となる
が、単に先送りということではなく具体的にドライキャスクに
よる「責任保管」という受益自治体の原則を例示している。も
ちろん自治体に丸投げではなく、国の主導的関与が前提だ。

野党にも働きかけながら、政府の原子力政策大綱の見直しが誤っ
た方向に向かないようにしなければならない。

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