« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

2010年12月31日 (金)

政権運営を学んだ一年

 29、30と地元に戻っての二日間、限られた時間で弔問含
めてのあいさつ回り。
消防団の年末特別警戒激励や、忘年会などホントにピンポイン
トでの活動を終えて、奈良や京都は大雪の中、新幹線で上京。

雪も名古屋を過ぎると、すっかりおさまっていた。

今日も仕事だし、明日も皇居での新年祝賀の儀に参内する。

 一年間をあらためて振り返ると、民主党としては政権運営が
問われ、個人的には政権運営そのものに多くを学ぶことができ
た一年だった。

 副大臣時代の259日では、予算審議で答弁の側に立っての
闘い方を知り、予算通過後の法案審議で与党との調整というも
のの本質を知り、夏の参院選で政権側での選挙がどう展開して
いくのかを実感した。また、その後の代表選挙では政権という
権力をめぐる葛藤を見、聞き、知った。
 大臣就任後の106日では閣僚としての組織の動かし方、内
閣の動き方というものをつぶさに知ることができ、国会では大
臣としての答弁のあり方についても大いに学ぶことができた。
一番大きかったのは、予算編成や国会対応を通じて、役所が一
丸となって取り組むようになるリーダーシップとは何か、政治
主導とは何か、について学ぶことができたことだと思う。

 こう考えるとやはり今年は、「政権運営を学んだ一年」に尽
きる。

もちろん、反省すべき点、言葉を尽くしたりない点など枚挙に
いとまがないかもしれないが、自分なりによく見えた一年間だっ
た。

 大臣として年内で決着すべきことを、集中して行ってきた。

年明けてからの新たな一歩に、夢と希望が大きく膨らむ。

少なくとも政治家として、国民の皆さんにそのように感じてい
ただけるような発信と行動をとっていかなければならない。

多くを学んだ2010年の経験を糧に、2011年、さらなる
勝負の年として迎える。

この一年間、ご縁をいただいた多くのみなさまがた、ありがと
うございました。

それでは、よいお年を!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年12月28日 (火)

大臣としての年末仕事納め

 役所の仕事納め。

朝から今年最後の閣議、閣僚懇談会、閣僚委員会と官邸での会
議が続き、11時半に役所へ登庁。今年最後の定例会見。

今年一年を振り返ってと聞かれて、一年にとどまらず政権交代
後副大臣を拝命してから今日までの468日について話した。

とりわけ大臣就任後の103日間は全力疾走だった。

とにかく一つの区切りを年末に設定して進めてきた改革の具体
策は年初にお伝えできる。

昨日は、大臣室でささやかながら幹部のみなさんと一足早い納
会をやった。
次官以下、技監、官房長、国交審はじめ各局局長が入れ代わり
立ち代わりで、一年間の労をねぎらった。
臨時国会、年末までの予算と税と剰余金の三つの取りまとめを
担う立場で、本当に多くの職員、幹部のみなさんに支えてもらっ
た。

そして、今日は国交省と内閣府の大臣室のみなさんへのご挨拶。

年末の処理を済ませて、これでとりあえず奈良へ帰れる。

大みそかにはまた上京して、年始は宮中参賀で東京で過ごすこ
とになる。年末は二日間だけの地元帰り。

それでも少しウキウキする気分で新幹線に乗り込む。
全席満席だ。
雷のような誰かのいびきが鳴り響いて、イライラしている人も
いる車内だけど、「帰省列車」は心地よい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年12月26日 (日)

報告墓参

 臨時国会が幕を閉じ、予算編成を終えてようやく故吉田之久
先生の墓参がかなう。

参議院議員を最後に政界から引退された、民主党奈良県連発足
時の初代会長。浪人時代には、折につけ励ましをいただいた。

七年前の春、突然のご逝去だったが、その年僕は初当選を果た
した。当選後すぐに墓前にご報告に上がった。

 かつて、政権交代などほど遠い、先の見えない、民主党支持
率2%なんて時代もあったが、そんな時、田原本の先生の自宅
に呼ばれた。

先生の書斎に招き入れられると「最近、ようがんばっとんな。
君の名前はあちこちで聞く。あきらめずに頑張れ!」と優しく
励していただいた。

そしておもむろに、机の引き出しから小箱を取り出して、僕に
手渡した。
見ると、吉田先生の衆議院議員時代の議員バッジだった。

「浪人で辛かろう。さびしくなったら、これを着けて鏡で見る
がエエ。」と微笑まれた。

ありがとうございます、と頂戴し、大切に持ち帰った。

しかし、帰りの道すがら、「せっかくいただいたけど...。
議員でもないのにバッジ着けると...、もっとさびしくなり
そうだ...」と思ったのを今でも覚えている。

以来、先生に頂いたバッジは神棚に祭り、お守りのように拝ん
で大事にしてきた。

そんなことを思い出しながら、ヒロコと墓参。
「先生、大臣就任のご報告、遅くなりました。全力で勤めさせ
ていただいております。」と伝えた。

田原本から奈良に戻り、久しぶりに地元のジム(トレーニング
スペース奈良)へ。
米田会長から、「大きなりましたね!」と言われちょっと調子
に乗る。

そういえば、昨日も街で「月刊ボディビルディング1月号、見
ましたよ!」とマニアックな声をかけられた。
(http://www.taiiku-sports.co.jp/shopping2/img.php?pid=1292553624-698087&pn=2)

日本ボディビル連盟の玉利斎会長との対談「心身一致のボディ
ビル」が載っている。

精神と肉体の鍛錬はまさにスパイラル。
どちらが先でもいい。
いずれかに引っ張られて、共に強靭になっていく。
正の相互作用。

「負のスパイラル」とならないように...。
今の政治に求められているものと重なる気がする。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2010年12月25日 (土)

ターミネーターからサンタへ

 予算編成を終え、地元へ。
予算総額に税制要望と剰余金。
いずれも大事だが、すべての権限は財務省にある(という力学
が霞が関では構築されている)。
大臣として自分としては最大限頑張ったのだが、結果としては
厳しい結果となった。

「ターミネーター」と呼ばれようが、必要なものは必要だとし
て主張してきた。昨年の予算削減を最も行った役所として、あ
るべき社会資本整備を示す予算として要求してきた。
決して、破壊者などではない。

むしろ真の霞が関の実態である、官僚主導ならぬ財務省支配を
終わりにすべく行動してきた「終結させる人」だったと思って
いる。

閣僚として、今日で100日目。

地元では多くの仲間や先輩からの激励を受け、誠実な職務の遂
行を責務として果たしていくことを答礼としてお伝えする。

今年一番の厳しい冷え込みの中、接していただく地元の人々は
皆あたたかい。

久しぶりの我が家に帰ると、「お父さんの分」としてシンスラ
イスのクリスマスケーキがふた切れ残っていた。

六人の子どもたちも一番チビで小学5年生となり、サンタの登
場はもはや必要ないようだ。

ターミネーターからサンタに変身!と思っていたけど、戻りそ
こねた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »