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2010年2月

2010年2月28日 (日)

大津波警報

 県連役員会、常任幹事会で地元。
チリ大地震の影響による津波の警戒が高まる中、役所からは対
策本部の設置の連絡が入る。
国交省はあくまでも災害対策。防災は内閣府の担当となるため
本部の設置も異なる。

まずは、在京の三役が対応。非在京の三役は必ず連絡が取れる
状態で待機。

波の高さは当初3メートルとも予想され、緊張が走った。
少なくとも、現時点では1.45メートルが最大の観測値だが、
まだ予断は許されない。引き続き、警戒態勢が維持される。

太平洋岸各地の代議士から問い合わせや要請が相次ぐ。
対応可能なことは対応する。

会合終えて、新幹線で即上京。夕方の本部集合には間に合わな
いが、いつでも動ける状態にしてさらに待機。

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2010年2月26日 (金)

てんこ盛り続く

 今週も激しかったな...と過去形で言ったら、まだこれか
ら積み残しの作業にとりかからなければならない関係事務方か
ら怒られちゃうか。

今週は自民党の審議拒否もあり、一時不正常となった国会だっ
たが議運委員長解任決議案、さらに議長不信任案までかかり、
ようやく起き上がって来ての正常化。
分科会も月曜日の午前中に入れ込んで、さらに午後は予算委で
「仮配分について」の集中審議。
総理出席、テレビ入り。

国交委も大臣所信に対する質疑が今日行われ、いよいよ本格化
する。
野党のときは質疑だけだから、自分の番が過ぎるとけっこう気
楽だったけど答弁はそうはいかない。ずーっと続く。
政務三役、一丸となって取組む。

この週末も、てんこ盛りだなぁ...。

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2010年2月21日 (日)

毘沙門灌頂厳修(びしゃもんかんじょうげんしゅう)

 十二年に一度の寅の年に行われる毘沙門灌頂(びしゃもんか
んじょう)に、今年初めて入壇(にゅうだん)。
信貴山の朝護孫子寺で、毘沙門天王と僧籍を持たないものが結
縁(けちえん)を交わすことのできる最も尊い法儀とされるも
の。

 総会を終えて、自宅に戻り入浴と獣物以外の食を摂り、心静
かに時を待つ。
笈摺(おいずる)と呼ばれる法衣を身にまとい、袈裟を首にか
け念珠を持ち、午後10時に自宅を出る。

冷え込みは厳しくなってくる。
信貴山は、さらに冷え込む。

 千手院で受付を済ませ、時を待つ。やがて導かれ、本道に入
山する。

本堂外陣では丁香でお清め、そして自己の罪業を懺悔する言葉、
仏法僧の三法に帰依する言葉、十の仏の戒め、の三摩耶戒(さ
んまやかい)を戒師より授かる。

やがて、引入(いんにゅう)、すなわち内陣へと導かれるが、
目隠しをされ、そこからは暗闇の世界となる。

・・・そして、書けるのは、ここまで。

 灌頂入壇を果たし、毘沙門天王と結縁を交わしたものは一切
の最高秘の儀式を明かしてはならないこととなっている。

・・・誰にも言えない。
知りたい方は、十二年後の寅の年に入壇するしかないです。

大きな功徳をいただき、信貴山を下山する。

そして、東京、国会へ。
さらに下界へと降りる気分。

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第6回後援会総会

 後援会総会は6回目。毎年1月中に行ってきたが第1回に戻っ
て2月開催。
インターンの学生たちも春休みということで全員参加。スタッ
フと参加者が増える2月のほうがイイね!と皆で納得。

会場はあふれんばかりとなり、もはやこれ以上の出席者となる
とまた考えなければならない。

スタッフとして参加してくれたM君の親戚の方にまでお願いし
てできあがった映像は、音楽とあいまって素晴らしい出来栄え
で初めて見る僕も思わず感動した。

楽しく、あっという間に終わった総会は、スタッフが必死で創
り上げてくれたものでほんとに素晴らしかったし、何よりも参
加者の一人として僕が一番楽しませてもらったかもしれない。

いつも目指してきた、参加者に楽しんでいただくホスピタリティ
あふれた総会、のかたちがようやくできてきた。

役所や国会では緊張感あふれる日々だが、地元での時間は本当
に温かくゆったりとした時が刻まれていると感じる瞬間。

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生き残れた!?

 いよいよ予算審議も中央公聴会の日程が24日に決まり、終
局に向けた与野党間の対立は激しさが増す。
質問する側ではなく答弁側なので、委員会でも発言時間は案外
短い。
待機時間も長いので、発言できないもどかしさを感じる。

 逆質問でもできないのか?との問い合わせもよくあるが、国
会法、先例集、与野党申し合わせなどを院に問い合わせ、調べ
た限りでは答弁者が質問することを制限したものは文章として
は存在しないことがわかった。

しかし、行政府側が立法府において議員各位に審議をお願いし
ている立場にもかかわらず逆質問をするというのは、憲法の定
めによる行政側の「国会での発言」を逸脱するものと言わざる
を得ない、との解釈から通例、行われていない(ようだ)。

それでも、かつて逆ギレして質疑者に質問してた自民党閣僚い
たけどな。

 ま、やめとこ、ということで淡々と答弁を繰り返した。

ほぼ、予算委員会対応に追われ、さらに法案の準備に追われ、
さすがにキツイが、何とか今週ももった。
秘書官たちも、「生き残れました!」と笑ってた。

明日からも、サバイブだ。

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2010年2月11日 (木)

大悲の鎧、忍辱の甲

 今日は祝日といえども、週の中日だしかつ明日の予算委員会
集中審議も控えていることから在京。
そして、役所詰めての作業や会議、官邸での打合せ。
雪になるとの天気予報もあったが、確かに冷え込み厳しい。
雪になる前に、帰ってきた。

今週は予算委員会の基本的質疑の三日目にあたる一昨日に、河
野太郎代議士より指名があり答弁。
冒頭から答弁始めたが、全閣僚出席の基本的質疑だから、役所
の判断の部分は前原大臣が率先して答えられる。

財団法人道路保全技術センターに関する質疑。
質疑直前、答弁席までやってきて「どこまでやれる?」と聞く
もんだから、思わず苦笑い。

質疑はあっという間に終わったが、河野代議士の「与党時代に
やりたかった」という言葉は、実感こもってた...。

この予算委員会、いろいろあるが、僕はいたって心平らかにい
る。

先週末、地元奈良の信貴山へ毘沙門天王を参拝しに行った。
わが守護神である毘沙門天王にはいつも、大きな力をいただい
ている。

勤行の中、ふと、毘沙門天王和讃(びしゃもんてんのうわさん)
の一節が飛び込んできた。

大悲(だいひ)の鎧(よろい)身を飾り、忍辱(にんにく)甲
(かぶと)を首(こうべ)に着(き)。

軍神(いくさがみ)である毘沙門天王は、人を慈しむ円(まど
か)な思いである大慈悲の心で身を固めており、人に危害や損
害を与えようとする尖った破壊の心である悪魔を降伏させてし
まう。
また、甲(かぶと)はどんな逆境にあっても決して腹を立てな
い忍辱の甲。敵といえども感情にまかせた怒りの心で害するこ
となく大悲によって改心させていく。
和讃の一節は胸に響く。

そして毘沙門天王のお姿は、いつにもまして厳しくもあり穏や
かでもあった。

大きな力を与えていただき、国会に臨む。
大悲の鎧、忍辱の甲に、僕も身を固めて。

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2010年2月 7日 (日)

盛りだくさんの一週間

 先週は事業評価の発表、高速道路無料化路線の発表、そして
予算委員会スタートと盛りだくさん。

1月末を目途に評価対象となる公共事業全ての事業評価を行っ
た結果を、先週始めに公表。例年なら、予算成立と同時だった
ものがあらかじめ提示されることになり、画期的であると再三
述べてきた。
さらに、高速道路無料化路線の決定を持って大臣が発表。補足
説明を大臣会見の後に行った。
なんせ、予算規模が大幅に縮小(6000億円から1000億
円)されてしまい、全路線延長の18%となったが、効果測定
はしっかり行う。とりわけ現行の1000円上限制度で発生す
る渋滞発生区間など、詳細な現状データや交通機関の影響、車
依存度の高い地域などといった様々な状況を総合的に勘案して
路線決定を行ったもの。

 無尽蔵に予算があれば、全線分の2兆5千億円かけてやるとい
う判断だってあろうものだが、なんせ厳しい財政制約の下での
こと。その制約の中で、無料化のための社会実験を行うという
ことで、一定程度の成果を国民の皆さんに感じていただけたら
と願っている。

 また、予算委員会では公共事業の仮配分について、野党から
質問があった。多くの皆さんからも質問、ご意見もいただいた。
これについては、メルマガ、ブログは議員個人としてのものな
ので公的な立場としての意見表明は公務としてふさわしい場で
責任もってしっかり発言していきたいと思っている。当然なが
ら、国権の最高機関である国会がその場であることは言うまで
もない。

ネット上でもで問われるのだが、政府の一員として発信するべ
き場所はわきまえているつもりである。

また、明日から予算委員会。
しっかりと、取組んでいく。

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