« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月

2010年1月31日 (日)

気功マッサージ

 あまりにもヒドイ疲労感に、県連常任幹事会で地元に戻った
スキにマッサージを受ける。

いっぺんだまされたと思って行ってみて、と無理やり連れて行
かれたのが気功マッサージ。

ほとんど、揉むでもなく、整体のように引いたり押したりする
でもなく、ジンワリと親指を押し当て、「ッッハァーッー!」
と「気」を入れていく。

最初は、痛いのヤダと思ってたんだけど、なんともないし、だ
んだんポカポカしてくる。
何か胡散臭いなぁ、と施術院に入った瞬間半信半疑だったんだ
けど、アレレ?、不思議なことにコリと痛みが取れていく。
狐につままれたような気分。1時間15分で全身終了。

痛くて回らなかった首の右付け根と僧坊筋のハリが完全に取れ
た。視界も広くなった。

先生に、明日はツライよ、と脅されたけど確かに朝起きたら、
関節の周りの筋肉が弛みきってベッドから起き上がれない。

やべぇ、とチョット焦ったが、だんだん目が覚めてくると何と
か動き出せた。

トレーニングは、今日は休もう。

気功の先生からも、「こんなに筋肉つけたら、そら身体に悪い
わ」と指摘された。

時間と労力、めちゃくちゃかけてきたんだけどな。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2010年1月25日 (月)

八ツ場に向かいながらつぶやき開始

 昨日の八ツ場ダムでの関係地元住民と前原大臣の意見交換会
は、予定時間を大幅に超えての住民皆さんの代表の声を真摯に
聞く機会を得られたという意味において、よかったと思う。

厳しいご意見や、苦渋の決断にいたるまでの長年月のご苦労を
直接聞かせていただいて、生活再建支援をどのように行ってい
くべきかの新たな視座が得られたのではないかと思う。

昨日の移動の新幹線の中で、ツイッターの設定(mabuchi_sumio)
を終えて、車中につぶやいてみたけど、ブログより手軽でいい
なというのと同時にこんなんでいいんかいな?というのと両方
あったが、ま、とりあえず徐々にやっていこう。

今日は、長安、三日月両政務官との打合せから始まる。

予算委員会は、半日遅れ。
今日は、遅くなりそうだ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010年1月24日 (日)

倒れないのが不思議

 結局、昨日は新年会盛り上がり、最終の新幹線はあきらめ大
阪から奈良へ向かう。
子どもたちへのお土産は予定していなかったので「何もないん
だけど」、とカバンの中からとりあえず空港でまとめ買いした
「オバマチョコ」を渡すと、中三のキンノスケは苦笑い。
まー、いーじゃん。

 アサイチで上京そのまま八ツ場ダムに向かおうと奈良から発。
まだ暗いうちに出たのだけれど、近鉄電車降りたところで後ろ
から「副大臣!」と呼ぶ声アリ。

ウン!?、俺のこと地元で「副大臣」と呼ぶもんはおらんはず...。
誰や?、と振り向くと「国道事務所の所長をやっとります」。
役所の仲間ね。なるほど、と納得。

そういえば、国交省入ってからまだ一度も地元の出先機関に行っ
てなかった。
ゴメン、ゴメン、今度行くからさぁと思いながら、急いで新幹
線に飛び乗る。

あまりの日程の過密さに同僚議員から、「倒れないのが不思議」
とメールもらうが、「立ってるだけだからヘーキ」と笑って返
信。

でも考えりゃ移動中いつも寝てばっかだから、「ちゃんと倒れ
てる!」が正しいか。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年1月23日 (土)

そのまま大阪へ

 1時間半ほど遅れて成田着。
このまま、成田から伊丹経由で大阪へ。
おそらく、新年会としてはこれが最後になるかな。

今日中に上京したいのだけれど、大阪着が遅れるために難しい
かもしれない。
場合によっては、明日のアサイチで上京、そのまま八ツ場ダム
へ直行って感じ。

48時間の留守の間に、携帯メールのホルダーの中身が全部入
れ替わるほど来てた。

ほとんどたいした内容ではないんだけれど、あまりに受信時間
が長いので携帯ぶっ壊れたかと思ったけど、そうじゃなかった。

やれやれ、今日は連絡だけで相当手を取られそうだ。
やっぱり、この時期、空けるのはキツイね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

後ろ髪引かれながら

 藤崎米国大使とのミーティングを終えて、ワシントン・ダレ
ス空港に。滞在時間は22時間。一日にも満たない訪米ではあ
るが、てんこ盛りだった。

米国本土に来たのは、実に9年ぶり。
9.11の事件でニューヨークに飛んでって以来、浪人中はひ
たすら地元に張り付いていたし議員になってからは、アジアを
中心にしていたのでホントに久しぶりのアメリカとなった。

なんとも懐かしい気分になれたけど、やっぱり住んでたニュー
ヨーク、ニュージャージーに行ってみたいな、とふと思う。

ガーデンステートと呼ばれる緑豊かな、ニュージャージーのオ
ラデルという小さな町に暮らしたころを懐かしく思う。
まだ子どもも小さかったし、そういえば四人家族だったなあの
ころは。
いつか、家族で過ごしたウッドランドアベニューのあの一軒家
を訪れてみたい。

ワシントンも、時間があれば議会との交流だってしたかったの
だけれど、またの機会を願って成田行きに搭乗。
戻ったら、またいつものモードに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一泊三日のワシントン

 日本時間20日の朝に成田に向かい、一路ワシントンへ。
着いたら朝だ!って言われても、日本時間では真夜中なんだけ
ど。

公使にお迎えいただいて、すぐさまワシントン・ダレス空港か
らDOT(米国運輸省)へ。

運輸省ナンバーツーのキーニッツ長官補、アペルRITA(米
国運輸省研究開発技術庁)長官、メンデスFHWA(米国運輸
省連邦道路庁)長官らと会談。

高速鉄道、ITS、航空、環境問題について協議。
一定の結論得て、「高速鉄道セミナー」会場へ移動。
ウォールストリートジャーナルからの単独インタビューは、話
が盛り上がり時間が押してしまう。もうセミナー開会とあわて
て会場へ。

主催者として、冒頭のスピーチ、10分。
チョット、噛んだか。

その後、キーノートスピーチなどが続く中、次々と米国下院議
員が駆けつける。

フロリダ選出のコリーン・ブラウン鉄道等小委員会委員長、1
8期目(!)を数える民主党の超大物下院議員、オーバスター
運輸・インフラ委員会委員長、共和党のマイカ運輸・インフラ
委員会筆頭委員などがスピーチ。

皆それぞれ、高速鉄道の必要性を想いを込めて語る。
さすが大物議員の皆さんたち、演説のうまさはピカイチだけど、
なんか映画見てるような気分になる。

さらに、米国運輸省ラフッド長官到着。
ラフッド長官のスピーチの前に別室で、バイ会談。
これも、具体的な交渉が進む。

ラフッド長官はオバマ大統領が指名した、共和党系の閣僚。
ここまで、大物がそろうということで、240名定員の会場は
330名であふれんばかりとなった。

とりあえず会の盛況に、ホッとする。

その後、日米共同記者会見、セミナーセレプションと関係者懇
親会、ワシントン在の仲間との懇談まで続いてホテルの部屋に
たどり着くともう夜の11時になっていた。
眠気を通り越してハイな状態ではあるんだけど、もう休んだ方
がいいという秘書官の言葉に、今日は素直に応じる。

国交省からFHWAにフェローとして出向しているN君と再会。
予算委員会でやりあった「戦友」とも、こうして同じ職場にい
ることの喜びを分かち合いながら、泥のように眠る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月20日 (水)

会期中の海外出張

 通常国会が召集され、いよいよスタート。
二次補正予算審議からだが、予算とは程遠い内容での議論とな
りそうだ。

昨年もそうだったが、与野党入れ替わっても相変わらずの本質
論とはかけ離れた国会審議だと言われるようではいけない。

明日から本格的な審議(のはず)だが、僕は朝からワシントン
へ。

 会期中の公務での海外出張は初めてとなる。

ワシントンでの日本政府主催の「高速鉄道セミナー」で、前原
大臣に代わって主催者としてのスピーチと、ラフッド米国運輸
長官との会談、日米プレス共同会見、レセプション等々、一泊
三日にぎっしりと詰め込んだ日程に、少々たじろぐ。

 昨年2月、オバマ大統領が米国高速鉄道実現のための80億
ドル支出を決定以来、議会のみならずクルマ中心の米国社会含
めて鉄道への関心が高まっている。そこで今回の日本政府、J
R各社、商社、重電、車輌などのメーカー併せてのセミナー開
催は、米国の高速鉄道整備における雇用創出、経済発展に大き
く寄与する施策であることのアピールを行う大切な場であると
の位置づけから、会期中ではあるが急遽、大臣の代理出席となっ
た。

一泊三日のワシントンでのセミナー、運輸長官との会談などを
終え土曜日成田着。そのまま伊丹経由で大阪での新年会に駆け
つけて、すぐさま上京し、日曜日は朝から八ツ場ダム。

ちょっと、げんなりする行程ではあるが、日ごろの鍛錬に淡い
期待を寄せるしかない。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2010年1月16日 (土)

日比谷公会堂での党大会

 明後日からの通常国会招集を控えて、党大会。
午後1時からの開会に日比谷公会堂へ向かうが、右翼の街宣車
集結によっていたるところ通行止め。周辺は厳重な警備により、
緊張感が走る。大混乱の様相を呈す。

昨日の、同僚代議士及び幹事長の元秘書逮捕に、政界には激震
が走った。
そして、今日の党大会当日までその混乱は続いた。

捜査の状況も含めて、事態の推移を見守る。

今週、国交省はJAL問題で注目を集めたが、一方で来週から
の国会準備を政務三役は精力的に進めてきた。

また、来週の木曜日から土曜日までの一泊三日で、ワシントン
で行う高速鉄道セミナーでの講演を前原大臣の代理として行う
ことが決まったりと、国会開会後も相変わらずバタバタの日程
になりそうだ。

週末の在京当番、義父の墓参りをし、心静かに通常国会に臨む。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2010年1月11日 (月)

成人のお祝いと結婚お祝い

 長女のしほりは成人式に出るため、再度奈良に帰ってきた。
正月同様、これで全員集合だね!と思っていたところ、義母ミ
ツコさんの検査入院で全員とはならなかった。
検査入院中のミツコさんを見舞う。
ヒロコの母だけあって、ハラ座ってるから入院・検査もヘーキ。
早く退院してきてね、と病院を後にする。

しほりの晴れ着姿が携帯メールで送られてくる。
本文メールに、「定期代ください」と書いてあったもんだから、
電話架けたけど、明日何時に帰ってくるの?、写メはどこで撮っ
たやつ?美容院の前?などと事務的なことしか聞かず切ってし
まった。
照れくさいのもあってか、つい、きれいだね、おめでとう、と
言い忘れた。

ダメだね、父親は。

反省して携帯にメール。
心を込めて、「おめでとう」を送った。

しかし、一瞬目を疑った。だって、結納の時にヒロコが着てい
た晴れ着だよ、コレ。
23年前の晴れ着姿のヒロコとしほりがダブり、なんとも不思
議な気持ちに陥った。

同期の松本大輔代議士の結婚披露宴出席のため広島へ。
前日に広島入りし、広島まぶち会の世話人と新年の会合。
政権交代のお祝いと同時に、正念場へ向けての叱咤激励を受け
る。

大ちゃんの結婚披露宴は、民主党議員がズラリ。
大臣出席もあり、警備も相当に厳重だがそこはお祝いの場。
適当にゆるい場面もあり、大いに盛り上がる。

二人の門出をお祝いして、東京へ。
明朝からの、活動に気持ちを切り換える。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月10日 (日)

国会事務所強化

 政権の一員となって、間もなく4ヶ月。
その間、国会スタッフは僕の副大臣としての職務を全うするた
めに全力を尽くし、明け暮れた。
そして、それは国会事務所としての役割をかなりの部分、捨て
去らなければならない状態に到ることになった。

これは何とかしなければ...。
そう思っていたところに、救う神アリ。

かつての公設秘書で、寿(ことぶき)退職し無事長男を出産さ
れた通称「チョロ」が帰って来てくれた。
ご主人の政治への挑戦は一歩及ばずだったが、これからさらに
夫唱婦随でがんばっていかれる中でのパートとしてのまぶち事
務所復帰。ありがたいの一言に尽きる。
当然、ご主人のさらなる挑戦には、まぶち事務所全体で全力で
支えたいと思っている。

 「チョロ」夫妻に感謝を伝えると共に、まだ2歳のボクのこ
とを一番に考えてくださいと言って、新たに迎えることに。

 そして、さらに仕事上でお付き合いのあった友人の奥さんも
お手伝いを申し出ていただいて、新年から国会事務所は2名の
増強。
加えて、奈良事務所のスギちゃんも東京への転勤も視野に入れ
た国会事務所支援で、いきなりタケ、シズ、チョロ以下プラス
3名の5名所帯となった。

出会いと別れ、そして再会。

僕の周りには、いつもそんなことが繰り返されていることを実
感。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年1月 8日 (金)

地方整備局へ

 仕事始めの週は徐々にペースを上げて...と思っていたけ
ど、そうもいかない気配。
4日には奈良事務所の新年互礼会を終えて、上京。役所に張り
付く。
通常国会の準備は、提出法案の最終確認、予算審議のための関
係各局の調整など。所管業界の賀詞交換会の合間を縫いながら
走り回る。

一方、就任以来の懸案だった地方整備局めぐりをスタート。
ぜひとも現場作業にかかわる職員の皆さんたちのご苦労を肌で
感じ、意見を交換させていただきたいと思っていた。

 タイトな日程ながらピンポイトで、北陸地方整備局に向かう。

越後湯沢で降りて除雪基地の長岡国道事務所湯沢維持出張所、
神立除雪ステーションを訪ねる。年末年始も不休かつ24時間
態勢で路面凍結、果ては雪崩れや事故も含む直轄国道の監視・
管理並びに除雪作業と、豪雪地の現場は本当に大変だ。

ロータリー除雪車の前に集まっていただいたオペレーターの皆
さんに、何よりも不休の取り組みをねぎらう。

「国道17号を止めない!」のスローガンを掲げ、除雪、凍結
防止の作業現場の士気を高め維持する、出張所のご苦労に心か
ら敬意を表して新潟へ。

新潟の北陸地方整備局では、局長はじめ幹部の皆さんから業務
概要の説明を受けた後、職員の皆さんに訓示をと促される。
だけど、僕から訓示などおこがましい。せめて、ご挨拶。
地方の現場での苦労に感謝の想いを伝える。

昨年末、自治体に、厳しい「公共事業費予算の削減」をご理解
いただくため、22年度予算概要の説明を整備局に担っていた
だいた。大変な役回りだったと思うが、丁寧に進めていただい
た。やはり、現場と本省が一体とならなければ、仕事は進まな
い。

夜、二年前の道路国会当時、会館レクで激しくやりあったTさ
んと再会。
懐かしい旧友に出会ったような、うれしい気持ち。
こうして、机を並べる、じゃないが一緒に仕事するなんて想像
もできなかったね!?とお互いにニコニコしながらの会話。

これだから、生きてるって楽しいよね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年1月 3日 (日)

三が日を終えて

 あっという間に、今日で正月が終わる。
もう頭は切り替えて、役所モードに戻さねば。

 29日からの6日間で、挨拶回りなど地元活動に戻り久々に
リフレッシュした。
やはり、人々の生活を肌で感じなければ世の中のことなどおこ
がましくて語れない。
ましてや、「政治家」としてなど...。

 年末のスーパーで、割引シールが張られたばかりのパックを
定めつ眺めつ手に取る初老の男性に声をかけられた。
「アレーッ、買い物されるんですか?」
「アッ、ハイ。仕事終わったので今、帰りですけど...。」
としどろもどろの照れ笑い。

横からヒロコが、「今年もお世話になりました。どうぞよいお
年を!」とペコリと頭を下げる。
レジで「アンタ、ちゃんとまともなご挨拶しなさいよー!」と
小突かれる。
イヤー、だってさー、突然でビックリしてさー...とブツブ
ツ...。

 年末、やっとの思いで少しだけ「贅沢しようかな」、と年越
しの品々を手に取る人々の暮らしのささやかな喜びに、僕たち
政治家が果たして本当に目を向けることができているだろうか。

 子どもたちへのお年玉を、千円札を折りたたみながらポチ袋
に入れつつ、こうして平穏と安逸の中で過ごせることにどれほ
どの人々が喜びを感じておられるだろうか、と思いを巡らす。

僕たちの、私たち国民の暮らしは、確かに厳しい局面に立って
いる。
しかし、それは決して卑下することではない。
こうして、安寧の中で生きることができている現実も認めなけ
ればならない。

それでも、政治は結果を求められる。
現世での利益、あるいは将来に確実に及ぶであろう利益を求め
られる。
それを否定してしまったら、政治を担うことはできない。

だから、昨日よりも今日、今日よりも明日、よりよき社会を作
るために努力していかなければならないことを肝に銘じている。

 しかし、こうして年を重ねながら思うことは、人々が守りた
いことがなんであるかということだ。

いつも...、ささいな、そして、ささやかな出来事に、人々
の心がときめき、打ち震えていることに、僕は喜びを感じてい
る。
生きることの意味を、そこにこそ、見出す。

明日から、ほとんどの世の中が動き始める。

新年に感じた、人々の想いを、忘れずに取組みたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年1月 1日 (金)

謹賀新年2010

 新年明けましておめでとうございます。
政権交代後の、真価が問われる年として一年間、全力でがんば
りたいと思います。

さて、昨夜は氏神の添御縣坐(そふみあがたます)神社での
初詣に始まってご縁の深い寺社仏閣を朝まで参詣。
朝9時に終わって、徹夜、お神酒漬け、食い詰めの元旦参りが
幕を下ろす。

フラフラになって、家にたどり着き一瞬仮眠。
11時に家族そろっての正月膳を囲む。

3日までは、それなりにプライベートな時間が取れそうなので
家族との過ごし方について子どもたちに意見を問う。

さー、明日の午後は家族で過ごせるからどうする?
運動不足になるから、ハイキングにでも行くか。
に、誰からも反応なし。
小さいころは、何でも「行クーッ!」って合唱してくれてたの
に。
結局、あっけなく却下された。

家でゴロゴロ、ってふだんお前らしてるやろ!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »