« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

2008年12月31日 (水)

行く年来る年、国会で

 国会の会館に午後から、来客が続く。
差し入れと激励をいただき、恐縮しながらも元気に仕事に専念
する。

合間を縫いながら、スタッフとブレーンストーミング。
来週からの国会は、今年の常会のように「ガソリン国会」や
「道路国会」などのようにわかりやすいテーマがあるわけでは
ない。
むしろ、本質論である「税金の使い方」が問われ、その先に信
を問う解散を控える「解散追い込み国会」だ。

昨日、今年最後のご挨拶をしに野田さんを訪ねた。
船橋で一献かたむけながら、数々のアドバイスをいただいた。
よく、その言葉を噛みしめ、がんばる。

紅白歌合戦が始まったころから、インターンが集まりだした。

また、あちこちからあたたかい励ましの電話やメールを続々と
いただく。

もうまもなく2008年も過ぎ行く。
今年一年間、ご支援いただいた皆さん、本当にありがとうござ
いました。

僕たちは新たに飛翔の年とする新年を、仕事をしながらここ会
館の437号室で迎えることになります。

それでは皆さん、よいお年を!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

深夜の訪問者

 大晦日の会館。
相変わらず、僕たちの作業は続く。

東京で同居の長女は、冬休みに入って早々に奈良へ帰った。
年末年始も帰らないからと宣言して、会館にこもって予算の準
備と覚悟を決めたけど家族バラバラの正月は結婚以来初めて。

ま、おじいちゃん、おばあちゃんと皆で楽しく過ごしてね!と
言ってはいたのだが家族から「お父さん、なんかクラーイ」と
からかわれてた。
それでも、帰郷して家族となごむしほりの穏やかな表情を眺め
ると、あらためて「家が一番だよね」とつぶやきながら「仕事、
仕事!」と自らを追い立てて上京してきた。

「お父さん、一人じゃ嫌なんでしょ?!」、電話の向こうで笑
いながら語るヒロコの言葉に「いや、仕事だもん!、ぜんぜん
平気!」と応えていた。

そして休日返上の連日の準備作業にも、気持ちが乗って慣れて
きたところ。

と、そこへ深夜、眠りを打ち破って携帯が鳴る。

誰?

プッチ!。

「今、下にいるから荷物取りに来てって!ママが言ってる!」
げぇっ、何時だよ!?、3時半!?、どしたん!?

夜中奈良から車飛ばして、ヒロコとチビ二人と長男の錦之介が
やってきた。

「奈良から5時間よ。スゴイでしょ!」って、お前事故するぞ。
「だって、お父さん、寂しがり屋だから。」

結局、奈良にはお姉ちゃんたち三人が残って、おじいちゃんお
ばあちゃん、義母の三人とで静かに正月を迎えることになった。

正月三日まで、赤坂宿舎にチビッ子タイフーンとヒロコに息子
がなだれ込んできた。

初めてのバラバラの正月は、奈良に6人、東京に5人のバラン
スを取る形となった。

眠い目をこすりながら、「お前たち、まったく何時だと思って
るんだ!、起こすなよ!」と車から荷物を運びながらプッチと
ヒナコに声かける。

プッチが、思わずニコニコしてる僕を仰ぎ見ながら言った。

「パパ、怒ってるの?、うれしいの?」
「うん、うれしい...」

すこしだけ、あたたかい正月を迎えられそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月29日 (月)

あと11日

 年初の予算委員会質疑日程もおおよそ見当がつく中で、ほぼ
質疑の日が定まった。
と、書くと予算委理事から「まだ日程もバッターも、何も決まっ
てないよ!」と怒られそうだが、自分の中で決まった。
いや、ま、勝手に決めた。

なんせ、目標日程が決まらないと調整・仕上げに支障を来たす。
だから、僕はいつも勝手に質疑日程や時には選挙日程も決めて
計画を立てる。

登板予定は、ズバリ1月8日(勝手にだよ!)。
あと今日を含めて11日。
「あと11日」と書いた日めくりを事務所に掲げる。
受験か試合みたいだナ。

論点を絞り込み、資料を漁る。

役所は閉まっているし、レクも資料要求もできないのでひたす
らすでにかき集めた資料をひっくり返し、ネットで検索し、国
会議事録検索を繰り返す。

また、昨年の議事録も丁寧に読み返す。
とりわけ、自分の議事録を何度も見直す。

言葉に贅肉はないか?、表現が回りくどくなってはいないか?、
大臣の論点すり替えに対抗できているか?などなど。
正直言って自分の議事録を点検するのは精神的にしんどいけど、
これが実は重要。

タケとシズちゃんとで調査の分担を割り振り、パソコンと資料
を行ったり来たり。

さすがに、永田町界隈開いてる店がほとんどなくて食事には苦
労するが奈良事務所から陣中見舞いのカップヌードル二ケース
が届いた。山口の高邑からもらったミカンあり、ラーメンあり、
年越しそばのどん兵衛ありで、ま、食いものはある。

大晦日は、なにやら物珍しさかわからんがインターンの連中も
来るというし、ブレーンの皆さんも励まし(?)に来られると
いうし、けっこうにぎやかに暮れそうだ。

国会事務所の年の瀬は、今日も僕らだけか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月28日 (日)

チョット早いが、一年をふり返って

 臨時国会最後の本会議を終え会期末。山口、和歌山の候補者
応援と地元での年末の行事をこなして昨日、奈良事務所の納会。
事務所はこれで年明けまで閉鎖となる。

僕はすぐに上京。
年末年始、予算委員会の準備で国会事務所に缶詰状態に入る。
事務所の外交チームも、事務所は閉まってはいるが本人不在の
分の年末の挨拶回りに不休で臨む。

毎年、年末年始は地元のお世話になった地域を回っていたのに
「今年はどうした?」となるだろうなぁ、と気にはなるが仕方
がない。
イケちゃんに、大晦日、携帯のテレビ電話でかけてこいよ!、
ホントに国会事務所でみんなでがんばってるところから挨拶す
るから!と伝える。

自分の事に関してになるけど、今年一年を少しふり返る。

ホントに大きなステップとなる一年だったと思う。

年明けから、ねじれ国会下での国会改革を超党派で研究し中央
公論誌上に発表。すぐに予算委員会に入ると「道路」に特化し
た質疑で59兆円の中期計画を突き崩し、とうとう道路特定財
源の一般財源化を政府に踏み込ませた。
そして、その後は官僚主導から政治主導に大転換を図る公務員
制度改革に取り組み、天下り根絶法案の策定作業に入ると同時
に与党を追い込まない、廃案に追い込まない寸止め質問を繰り
返して修正協議でほぼ民主案丸呑みの法案成立にこぎつけた。

閉会中は、選挙準備を推進し地域での新たな後援会組織の構築
と全国の候補者応援に走る。奈良事務所スタッフ全員が候補者
事務所に入って活動をする「移動事務所」応援など候補者の支
援も徹底してやった。

党の代表選挙では野田さんの出馬の意思をいち早く受け止めこ
れも必死で支えた。
代表選は、結果として候補者一人で選挙なしとなったがあのギ
リギリの状況の中で、どういう人が何を考え、どんな行動する
かがよくわかった点で政局感を磨く意味のある時間だったと思っ
ている。

党運営という点では県連代表として三年目に臨んだ。新人県議
を幹事長に抜擢し、円滑な県連運営が行われた。4区候補者擁
立を果たし、地方議員補欠選挙などでの自・民激突選挙も制し
県内における民主党のプレゼンスを高めることができた。
県連代表も丸3年勤めてきたが、来年には政権交代選挙を総仕
上げとしたい。

臨時国会半ばからは、早々に選挙は延びたと判断し地元張り付
きをやめて国会常駐。
来年の争点、選挙争点の策定のための政策調査活動に没頭。
金融危機、経済危機に対しての政策提言を行うべく、有識者と
の連携を図りながらマクロ経済研究会などを立ち上げる。

一方、道路問題はこの国の背骨を型作る社会資本整備の根幹だ
との想いで、雑誌や新聞各方面に発信を続けると共に、個人的
に新政権による21世紀の新たな社会資本整備計画の草案策定
の準備に入る。

そして、公務員制度を含む行革はいよいよ政権移行を具体的に
イメージしながらその工程表作成に取り掛かる。これも個人的
に。

年末、来年の予算委員会での勝負の瞬間まで全速力で走る。

今年前半政策に集中し、折り返して政局をにらみ、そして選挙
戦準備で戦略戦術を磨きあげ、後半あらためて政策特化し政権
交代へ向けて突破を図る。

丸五年の議員生活で、ようやくいろんなことが見えてきた。
スタッフや同僚議員や支持者に支えられて何とかやってこれた
が、5年の中で、もっとも自分独自の色が出せた。
ある意味、自分のスタイルが確立できた一年だと思う。

今日含めても今年もあと4日。
国会事務所で、シコシコと予算委員会準備の調査活動を続ける。

今現在、さすがに会館には誰もいない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年12月20日 (土)

最後の予算委員会?

 新年冒頭からの通常国会は早ければ、7日にも予算委員会が
開かれることになる。
年末年始は、休みなしの国会詰めで質疑準備に専念する。つら
いが、地元には帰らない。

大晦日も新年も国会ですか?、それ撮らせてもらえませんか?
とテレビ局が言って来るが、ちょっとなぁ、そういうのなぁ...。

予算委員会のメンバーが発表された。

筆頭理事 菅  直人
理  事 枝野 幸男
委  員 渡部 恒三
 同   仙谷 由人
 同   前原 誠司
 同   筒井 信隆
 同   中川 正春
 同   川内 博史
 同   大島  敦
 同   細野 豪志
 同   馬淵 澄夫
 同   逢坂 誠二

これで4年連続予算委員となり、それは僕だけとなった。
差し替えでの初めての予算委員会での質問も含めれば、5年連
続で予算委員会の舞台に立つことになる。

選挙が終われば政権政党だ!との想いで、タケやシズちゃんと
「野党として政府を追及するのはこれで最後だ。最後の予算委
員会だぞ!」と気合入れて取り組む。

予算委員会でのテーマはいろいろあるが、今年の2月12日の
あの「需要推計」質疑で59兆円を突き崩して以来、一般財源
化も含めて迷走を続けている道路問題は、まさに「予算配分」
という根幹にかかわる問題なので引き続きメインテーマとする
つもりだ。

考えれば、59兆円もの巨費を投じ続けるという中期計画を撤
回させさらに需要推計の下げを国交省自ら発表させるにいたっ
ては、牙城崩壊まであと一歩まで迫っているということだ。

先輩議員から、「すごいことやったもんだよ!」と言われ、
「あれで、道路局長辞めちゃったろう。本来なら次官コースで
あり得ない話だよな」との言葉に思わず息を飲む。

大変な舞台に向かう。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

0.1と天下り推進

 案の定、0.2ポイント下げの中途半端な利下げに終わった
日銀政策決定会合。
FRBバーナンキの本気度などと比べるまでもなく、お話にな
らない。笑われてるぞ、日本は。

0.1%など、もう一度、利下げを可能とする金利の維持を図っ
ただけで、日銀の面子を保つためのものでしかない。
エコラバさん(Economics Lovers)の言うとおり、ストローク
保つこと自体に意味を見出してる人たちばかりということか。

金融政策のタイミングの悪さと思い切りのなさは致命的だ。

このような状況をもはや想定して(?)、行動を始めた。

政権交代を実現した暁には、党内でまともな経済政策を語れる
政治家を一人でも増やさねばならないとマクロ経済の勉強会を
立ち上げた。旧知のエコノミストや学者の皆さんにご協力いた
だいてのスタート。精力的にすすめていくつもりだ。

一方、閣議決定によって年末の大晦日に官民人材交流センター
の設置政令が発出された。同時に再就職等監視委員会も設置。
注目されていた、天下りの各省あっせんの権限がどうなるかに
ついては、政府はとうとう総理権限で行うことにしたようだ。

同意人事が不同意となって、委員が定まっていない再就職等監
視委員会が機能しないために総理自らが権限行使を行うという
ことになる。

これはすごいことだ。
向こう三年間、総理自らが役人の天下りを推進していくと宣言
することになる。
天下りこそ、税金のムダ遣いの温床と言われ国民の大きな批判
に晒されているにもかかわらず、とうとう政権は総理自らが進
めることに舵を切った。
官僚主導の打破など、もはやまったくできないことをさらけ出
しているに等しい。

政権末期の状況は、もはやなりふり構わない「何でもあり」状
態に突っ込んでいくことになる。

| | コメント (9) | トラックバック (1)

2008年12月18日 (木)

予算委員に決定

 先週末、本年最後の「シビックミーティング」を終えて拡大
版「天下国家を語る会」大忘年会も無事盛会に終わる。

ミーティングは会場満杯、場所を移しての大忘年会も満杯。
事務所スタッフによるギター漫談あり、ピンクレディーあり、
人形劇あり、浪曲ありとイベントが徐々に盛りだくさんになり
つつある。

スタッフ全員から「かくし芸登録」を僕が受け付けるのだが、
つまらなそうなものは却下。
「ギター演奏」で登録申請してきたタケには「芋洗い坂係長」
を、「浪曲」で申請してきたチューには「オッパッピー」をと
指示しといたけど逃げおったな。

笑いを取りたい僕としては、インパクトあるやつやりたいとこ
なんだけど会合が重なってて1時間で退席。
ウーン、残念。

しばらくは忘年会が続くが、来週の24日で国会が実質終了と
いうことで明けて新年5日からの国会、そして翌週からは予算
委員会が始まることになる。

麻生総理が先週発表した追加の対策と併せて二次補正が冒頭処
理され、次いで本予算審議。とにもかくにも予算委員会が最大
の舞台となることは間違いない。

朝、山岡国対委員長から直接連絡が入り、来年の通常国会予算
委員会のメンバーに決まったとの報を受ける。

筆頭理事が菅さん、次席理事が枝野さんという超重量級の理事
による予算委員会が解散総選挙、政権交代への剣が峰となるこ
とは間違いない。
あとは全力で臨むだけ。

早速、タケやシズちゃんにも、「国会事務所年末年始不休」を
宣言した。
奈良事務所にも、年末年始はいないからその分、頼むと連絡を
入れる。

歴史の転換点となるその年に、命運を握る予算委員会に名を連
ね冒頭から臨むとなればその直前の年末年始にやれ地元行事だ、
正月だ、などとは言ってはいられない。
怒涛の新年を迎えることになる。

家族にも伝え、自身の中でも整理と覚悟はついた。

文字通り、年末年始の休みなし状態で平成21年に突っ込んで
いく。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年12月12日 (金)

ダブルヘッダー

 チンタラした延長後の国会で、眠気を覚ますダブルヘッダー
の質疑。
安全保障委員会と内閣委員会。

質疑を終えて、今度は給油法と金融機能強化法の再議決で休憩
はさんで本会議が4時半まで。
少々くたびれた感あり。

道路と行革の二本の柱も、来週までにやらなければならない宿
題もあり、忘年会シーズンでもあるため時間の捻出に四苦八苦。

どうやら、国会は24日までらしい。
25日の会期末を前に終わっているということ。
未曾有の危機にもかかわらず、のんびりしているとのお叱りを
受けそうだ。

あちこちから、年末までに空いている日ある?と聞かれるが、
24日の晩だけ!と答えると、かわいそうに...という空気
と共にチョットその日は...と遠慮される。

だから、ニッコリ笑って答えることにしている。

「仏教徒ですから!」

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月10日 (水)

師走の仕事

 師走に入ってあっという間に時が過ぎる。
内閣支持率20パーセントの衝撃で、民主党の予算集中での詰
めの甘さも取り立てて批判もされずに過ぎた。
そこへ、与党内部からの政権批判や政界再編を声高に発するも
のの登場などで、ますます混乱の様相を呈し後退していくあり
さま。

だいたい沈み行く船からあわてて逃げ出そうとして、その大義
名分を政界再編論などに置き換えること自体がチャンチャラお
かしい。
さらに民心は離れる。
敵失が続く。

そして民主党は、ただただ政権への準備を着実に進めていくの
みである。

地元の街頭演説でも、道行く人の期待が日に日に強くなってい
くのを実感する。
あせらずに、しっかりと地に足つけて準備を行うことだ。

国対から、通常国会での委員会希望の用紙が送られてきた。
例年だと、秋の臨時国会前に希望を取っていわゆるNCや理事
などの「人事」と同時に委員会の配置換えを行っている。

今年は、もう選挙だからということで秋に配置換えがなかった
のだが、来年の通常国会に向けて臨戦態勢を組むということで
異例の年末での人事ということになる。

見ると、んっ、予算委員会は希望を取らないとある。
闘う集団は、執行部指名ということだ。

年末年始に向けて、民主党の道路政策を取りまとめていくとい
う大役もおおせつかった。
与えられた仕事をしっかりとやるのみ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »