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2007年11月

2007年11月21日 (水)

酒販と酒造

 地元で酒販組合と酒造組合の会合に相次いで出席した。
酒販とはいわゆる「酒屋さん」。酒造は文字通り「造り酒屋さ
ん」。

もともと奈良は清酒発祥の地でもある。

伊丹市も同様の主張をしているが由来は戦国時代の天正6年
(1578年)。
一方、奈良市の菩提山(ぼだいせん)町にある正暦寺(しょう
りゃくじ)は当地の菩提仙川の清流と「菩提もと」と言われる
酒母によって「菩提泉」という銘酒を造ったとされるが、この
ことは1435年(永享7)~1493年(明応2)に四代将
軍義持が鹿院内に建てた蔭涼軒(おんりょうけん)を管理する
歴代の軒主が書いた日記「蔭涼軒日録」にも記されている。

だから、奈良の酒はうまい、と誇りに思っているのだが残念な
がらあまり奈良の酒は知られていない。

そこへ来て、ここのところの飲酒抑制風潮と飲酒規制の波。
もちろん飲酒運転は厳罰をもって取り締まらねばならないし、
また青少年の身体・精神への飲酒の影響も十分考慮しなければ
いけないが、酒販・酒造産業を取り巻く環境がどうも歪んでい
るように思えてならないのである。

そもそも、酒にまつわる法整備の基本は「酒税」である。
だから、酒の産業界も「税の保全」が重要な目的となっている。
酒販組合も税務署単位で設置され、所管は国税庁となる。

確かに税は重要であるが、酒類の製造や販売が「税の保全」を
大上段に構えることが業界の健全な育成発展につながるんだろ
うか?。

確かにアルコールの致酔性(飲むと酔う性質)、慢性影響によ
る臓器障害、発育途上にある未成年者の心身に対しての悪影響
、酒税が課されていること等の特性があるため、酒類を取り扱
う業者には様々な社会的要請に関する取組が求められる。

ならばむしろ厚生部門や文教部門の観点からのあり方が求めら
れるのではないか。

アメリカをはじめとする諸外国でのアルコール規制はそもそも
「健康・安全」や「節酒の促進」、「道徳秩序維持」あるいは
「違法販売阻止」などが規制の主な目的にあげられている。
しかし、わが国は「税の保全」。

自ずと業界が消費者に目を向けることから離れてしまいやすい
環境がある。酒販業の設置基準も緩和され続け、今日において
は量販店やコンビニの台頭で大きく酒販業界が揺れている。需
要調整要件が特に定められていないのはイギリスやフランスも
同様だがどうも日本の場合は独禁法違反に近い状況も見られ、
野放しに近い。

業界が、国税庁の「税を守れ!」の掛け声に従ってきたらいつ
の間にかジリ貧になっていた、というのが実態ではないか。

もともと商売人である僕だけに、今の小売のあり方にもいろい
ろ想いはあるが、まずはこの国税主管というのは問題があるよ
うに思えてならない。

酒好きなだけに、おいしいお酒を造り流通させる皆さんと、こ
こはひとつ新たな法体系を考えてみたい。

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道路無料公開原則

 来年の通常国会での大きな議論になると思われる道路特定財
源の問題について検討を進めている。
もちろん、党内的にはそれなりの責任者の判断が下されるので
あろうが、僕は僕なりに精査を重ねている。

いわゆる道路特定財源の一般財源化が今後与野党と共に論点と
なっていくと思われるが、僕のアプローチは「道路公団民営化
の検証」だ。
一昨年前に民営化された日本道路公団の現状を明らかにしつつ
その上で、道路特定財源がどう扱われるべきかを論じたいと思っ
ている。

既に召し上げられている財源を、やれアッチだ、コッチだと言っ
ても始まらない。
そもそも、「道路」とは何か。
道路を規定する「道路法」、および昭和28年7月9日成立の
実に100日にも及ぶ審議を果たした「道路整備費の財源等に
関する臨時措置法」についてまで遡って考えなければならない。
当時の議員立法提出者である建設委員会での田中角榮代議士の
答弁は実に瑞々しいし今日の問題に対しても、示唆に富んでい
る。

さて、道路公団民営化の結果が如何に欺瞞に満ちたものになっ
たかは来年の予算委員会で徹底的にやりたいと思っているのだ
がまずは現状認識をしなければならない。

 道路公団は分割民営化に伴い、施設の管理運営や建設は東日
本・中日本・西日本の各高速道路株式会社に、保有施設及び債
務は独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構に分割・譲
渡された。つまり、国民の財産である高速道路を保有し巨大な
借金を公団から肩代わりしているのは「機構」という一独立行
政法人。
他方、高速道路を建設する民間の各高速道路会社は借金を背負っ
てないといういびつな構図がある。

 政府は機構が「民営化から45年後に債務を確実に返済し、
高速道路を無料化する」としているが、少なくとも45年間は
高い通行料を払い続けることになる。また、45年返済スケジュー
ルは、平成33年以降に新規着工を一切しないことが前提だ。

しかし各高速道路会社が新規着工をしないという保障は全くな
いし、新規着工を行えばこの債務返済計画は破綻することを意
味する。つまり、現在のように向こう15年間毎年1兆円前後
(平均値9千4百億円)の新規着工をしている間は、金利が4
%程度(政府推定)の場合にはほとんど元本償還には回らない。

国民はずーっと、利払いのための高速道路料金を払い続ける仕
組みになっているのである。

しかも現在は低金利だが、将来金利上昇は確実視されており4
%を上回れば、現在の料金収入だけでは利払いすらできなくな
る。

つまり政府案では将来の高速道路料金が値上がりする可能性す
らある。

現在の機構の資金調達は政府保証債が中心(平成18年度で8
0.5%)だが、政府保証債は事実上の「国の借金」であり民
営化は単に国の債務を簿外に移し替えたに過ぎない。
いつものパターンで、独立行政法人である機構を作ることで国
民負担を見えにくくしている、「離れの地下室化」に過ぎない
のである。

 このように民営化は通行料金を永遠に払い続けるシステムの
確立を意味し、当時民営化を行った政府側もそのことを重々承
知しながら結局は公団など「道路族」に都合の良い制度が出来
上がったに過ぎない。さらに民営化によりファミリー企業の独
占に拍車が掛かっているのが実態。

 米英独など先進国の高速道路は無料が常識だ。
高速道路計画がスタートした当初はあくまで路線ごとの建設費
用を路線ごとの利用者の料金で返せば無料にするというのが国
民への約束であった。

高速道路の無料開放は、道路特定財源暫定税率分の約2兆5千
億円のうち2兆円を毎年の負債の返済に回せば可能である。
つまり、高速道路は「タダ」になるのである。

 旧道路4公団の負債について金利の低い今、国が借換債を国
債として発行し肩代わりし、高速道路を一般の国道と同様に国
の資産として無料化は実現可能だ。

このことで金利リスクも極小化でき、国債償還の財源は道路特
定財源の上乗せ分で充当できる。
上乗せ分の約2兆5千億のうち、仮に年2兆円を債務の返済に
回せば、30年あれば償還できる計算になる。
高速道路の補修・修繕費は首都高などの大都市圏の高速道路を
ロードプライシングなどの一部従量有料化にすれば、毎年4千
億円程度が財源として賄えることになる。
また、新たな高速道路の建設は道路特定財源の債務返済を除い
た余剰分の年5千億円で新直轄方式の導入等により総合的な交
通体系の整備の中で実施すればよい。

旧道路公団の債務の返済方法を変え、国が責任を持って返済す
るという本来のあり方に改善するだけで、高速道路の無料開放
と既存債務の返済の両立が可能となる。

そのためには、道路特定財源の活用が不可欠だ。
土地代が安い上に輸送コスト減により企業の地方進出が進むと
ともに、公共事業依存体質からも脱却でき、地方が活性化する
など高速道路無料開放は、最大の課題である地方を疲弊から救
うという解決の手立てになるのである。

「道路の無料公開原則」は、今日の道路特定財源の創設者でも
ある田中角榮元総理が昭和27年の立法審議でも度々語ってき
た。
55年経って今、あらためてこの大原則を国民に向けて声高ら
かに訴えねばならない。

「道路は無料公開が原則!」。

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2007年11月20日 (火)

市井の反応

 愛機レッツノートR5の機嫌が悪いのと、不精が重なってし
ばらくぶりの日記となる。

先週は週初めは森本哲生代議士のパーティーで三重、そして上
京してテロ特採決に道路特定財源についての検討や秋田の新直
轄方式高速道路建設についての知事ヒアリングなどで追われ、
週後半は安保委開会であったが大阪市長選挙の応援要請で急遽
差し替え対応と、バタバタだった。
週末は、香川の植松恵美子参議院議員をゲストにシビックミー
ティングに天下国家を語る会、さらにはミニ集会で地元を飛び
回る。

地元の反応は、なかなか興味深いものがあった。

やはり、テロ特への関心は低い。
それぞれの立場でものを言われているので、一概には言えない
かも知れないが、多くは政局マターだと思われているようだ。

安部総理辞任の直接の引き鉄は自衛隊による「給油」だとされ
た。
そして、党首会談設定の議題も「給油継続新法」だった。
さらに小沢代表の辞意表明も、政策協議とされる「自衛隊派遣」
に対する政府との合意と連立が原因だった。

つまり、このテロ特に対しては政局が絡(んだ)むために国民
からは、「政治家同士の権力闘争」にしか見えないようだ。
重要な外交問題が「政争の具」に化してしまう状況というのは
不幸な話である。

守屋前防衛次官問題も、額賀財務相や久間前防衛相の問題も同
様に見られてしまっている。
マスコミの反応と市井の反応の違いを敏感に感じ取らねばなら
ない。

一方、市井の反応がそのまま結果に結びついたのは大阪市長選
挙だった。
応援に入った段階で、勝利を確信した。
平松候補の訴える政策は抽象論過ぎるきらいはあったが、何よ
りも大阪市民の現職市長への不満圧力は相当に高まっているこ
とがすぐさま実感できた。

その意味では、44年間助役出身市長が続いてきた大阪市政を
変えるには、しがらみのない民間出身の平松候補という受け皿
がピタリとはまった。

ただでさえ反権力、反中央の気質が強い「なにわ」の街。
僕自身10年近く大阪で暮らしたが、もともと政治とは一線を
画す、お上に頼らない土地柄だと思っている。まさに「財布」
の話が中心となるある意味「正直」な「建前」のない、「人間
味のあふれた」街なのだ。その大阪で、現市政に対して「ええ
加減にせぇ!」という怒りが溢れているのを実感した。
街宣車の中で、歩いて辻々で、店から飛び出してこられる人の
顔に切実なるものを感じた。

「選挙?、そんなもん、いらん!いらん!」と言うてたオッチャ
ンが、「あいつだけは、代えんならん!」とはばからない状況
が起きていた。

平松候補圧勝の土壌は既にあった。
民主党推薦ということで、月曜日の朝立ちでは「良かったねぇ」
と声掛けいただいたが、僕としての捉え方はいたって単純。

「勝った選挙」は「今後に大きな弾み」、「負けた選挙」はオッ
パッピー風に「そんなの関係ねぇ!」

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2007年11月 9日 (金)

「財布」の話

 解散総選挙が年内にもあるかもしれないとの緊張感が漂い始
めた永田町。候補者擁立と選挙準備が急がれる。
その中でも肝心なのはやはり争点だ。

年内のシナリオを考えると、やはりテロ特新法の参院否決を受
けての衆院再議決、それに対しての参院での総理問責決議案可
決、とって返して衆院解散。
て、とこだろうがそうなると争点はテロ特新法というのもなぁ...。
国民生活の実感とはかけ離れている。
ちょっと違う気がするなぁ。

争点は、やはり国民が一大関心事でなければならない。
それはどう考えても、「メシ」の話、つまり「財布」の話だろ
う。
年金は3月の結論待ちになる可能性もあり、再燃とはいかない
かもしれない。
今、必死に頭をひねらせ知恵を絞らねばならないのは、庶民の
財布の話につながる争点設定だ。

振り返れば二年前の郵政解散選挙。
民主党は当初、郵政民営化の土俵には上がらなかった。しかし、
一方でそれに代わる争点も提示しきれなかった。
僕は1期目に取り組んだ「特別会計改革」による「無駄遣い」
の一掃を訴えた。
結局は本当に改革しなければならないことは何か、を自分なり
に絞って訴えたことが功を奏したと思う。

今回も、各候補者が自らの地域の特色を勘案しながら、イシュー
セッティングを行わねばならなくなるかもしれない。
自分の感覚を信じ、腹を据えて取り掛かるしかない。

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2007年11月 7日 (水)

連立と政策協議

 小沢代表の辞任表明騒動で、たちまちメディアは民主党内政
局の報道一辺倒になってしまったが、そもそも「連立」、「政
策協議」とはいかなるものであるかの共通認識がなければ議論
にならない。

小沢代表の辞意撤回で再スタートを切る民主党としては、この
点は明確なコンセンサスが必要であることはいうまでもない。

「政策協議」は今日も行われている。
そのひとつが国会審議であり、審議に上がる前の理事懇あるい
は筆頭間協議など非公式な場での政策協議は日常的に行われて
いる。それを、ねじれ国会で、政策協議が必要だ、法律が一本
も通らないなどというのはまったくの為にする話でしかない。
政策協議は常に行っており既に本国会でも閣法8本、議員立法
2本の計10本の法案が衆院を通っている。17年度決算3本
の決議もされている。中には全会一致のものもあり民主党が何
でも反対しているかのごとき報道は事実無根だ。

そして「連立」。
連立とは二つ以上の政党からなる連合政権の一形態。当然なが
ら一般的には連立は連立内閣を示し、二つ以上の政党で内閣を
構成することすなわち大臣を出すということになる。
このことと政策協議は別の話である。
連立となると異なる政党が協力して内閣を構成していくわけだ
から選挙についても協力というところに踏み込まざるを得ない。
そこで選挙調整などが求められる。
すなわち、「連立」とは「選挙調整」もしくは「選挙制度見直
し」にまで自動的に進んでいく危険性をはらむスイッチを押す
ことになるのである。

したがって当然ながら、二大政党制で非自民政権を目指す民主
党の選択肢に「連立」はない。

いろいろな可能性を否定する気はない。しかし、政策協議の一
環として連立などというところに踏み込んだとき、選挙調整な
どあらぬ方向に進むことを肝に銘じておかねばなるまい。

小沢代表のお詫びに始まる両院議員懇談会は30分で終わった。

さ、持ち場に帰って仕事仕事。

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2007年11月 5日 (月)

小沢代表の辞任表明

 9月にブッ飛んで以来、ま、たいていのことは驚かなくなっ
たと思っていたが、またまたブッ飛ぶ。

小沢代表の辞任表明。

日曜日の昼下がり。
4時から会見が行われる、そのときに辞意を表明されるとの話
が飛び込んできたのは1時57分。
選挙も近いと、それこそ歩き回っていたのだが思わずドブ板踏
み外しそうになる。

何がなんだかわからない中で、携帯の着信が鳴り止まない。
イヤー、こりゃ大変だ。

事態はまったくつかめない。
4時から会見ということでこりゃ見にゃならんと、山から下り
てくる。
テレビの見れる環境で固唾を飲んで画面に食い入る。

何や、始まらんやんか!?
待つこと30分、4時半、生中継となる。

ウーン、小沢代表の辞任の意志の固さだけは伝わる。
エライこっちゃ。

あらゆる意味で、政治の大きな転換点なんだと思う。
福田総理との党首会談についてもあまりにもさまざまな情報を
得過ぎて、外向けに呑気な発信などできないナとこの日記も自
粛気味だったが、さすがに今回はだんまりではすまない。

言えることは、「連立」はあり得ないということだけ。
そして、福田総理との連立構想をめぐる会談の一連のけじめを
つけるとされる小沢代表の出処進退についての決意は厳粛に受
け止めるだけだ。

僕の直面する課題として、職責でいえば奈良県連代表としての
発信。
県連として、全国会議員ならびに地方議員がさらに一丸となっ
て民主党政策の現場での検証と総選挙の準備を行っていく以外
にない。

もはや二大政党制への収斂という後戻りできない状況の中で、
戦い抜くしかない。

小沢代表が今日まで示してこられた選挙へのすさまじいまでの
闘争心と執念を燃やす以外にないと思っている。

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一音一会(いちおんいちえ)

 週末の3日、奈良出身のピアニスト成尾亜矢子さんをお招き
しての第4回「一語一会」。
「一語一会」は薬師寺の大谷徹奘師にお越しいただいて以来、
今回で4回目を数える。政治を離れて、人との出会いの喜びと
感謝を伝えてみたいと企画して年二回開催してきた。
徹奘さんの後も作家の井形慶子さん、社会医学者の谷康平さん
など多彩な顔ぶれのゲストだったのだが、一度音楽家の方にお
越しいただきたいと思っていたところに、成尾さんとの出会い
があった。

宝塚を目指していた成尾さんは、足の故障で踊りを断念すると
共に宝塚をあきらめてピアノに専念するようになる。音大卒業
後、中学で音楽を教えながら、ミス日本出場の機会を得て見事
準ミス日本となる。宝塚の舞台に立つという夢はついえたが一
方でピアノとの出会いによってまた違う華やかな世界への復帰。
そんな成尾さんを癌が襲う。23歳で乳がんに侵されすべてが
灰色の世界に映ったという失意のどん底から手術を経て、ピア
ノが彼女に生きる希望を与えた。
「ピアノは決して裏切らない」、と語る彼女は音に託して「命」
の大切さを伝えようとしている。成尾さんの「音」には、パッ
ションがあふれている。

ショパンの「幻想即興曲」、「革命」と続けて弾いていただい
たピアノの調べは聴衆を魅了した。

そして二人の対談、成尾さんの経験を語っていただきながら、
かつて僕の公設秘書募集に応募しようとしたなどのエピソード
を聞いてドキドキ。
最後に、成尾さんにとっての大事な「一語」はなんでしょう?
の問いかけに「一音」ときっぱり。

想いを込めた「音」がすべて。

来月に予定されている秋篠音楽堂でのコンサートのご紹介もし
ながら、最後に会場の皆さんとの「赤とんぼ」の大合唱で閉会。
ご来場の皆さんに本当に喜んでいただけた、と心から感謝。

一音に託す想いは、一語に魂の叫びを込める僕との共通項を感
じる一瞬だった。

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