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2007年7月

2007年7月31日 (火)

正念場を迎える

 心静かに待った開票から、怒涛の日々となってしまった。
てつじ当選の瞬間から、バタバタ状態。

全国では60議席獲得と未曾有の結果。
もちろん、奈良は「圧勝」かつ「完勝」。
選挙戦は、事前調査から最終の出口調査まで含めて常に優勢を
保っての戦いであった。

正直、こんな選挙は経験したことがなかったので「このままで
は、すまんやろ...、何かおこるはずや...」とずっと疑
心暗鬼になっていたのだが、実際、何も起こらなかった。
4区で徹底的に運動するという戦略は、ものの見事に当たり橿
原市では1万票の差がついた。

県連代表として戦った初の国政選挙ではあるが、県下全域をく
まなく歩き、県民の民意をしっかりと受け止めることができた
と確信する。

結局、この国に蔓延(はびこ)る無責任の連鎖を止めることが
できるのは政治しかない、という真っ当な判断を国民が下した
ということ。

そして、少なくとも現時点において政府・与党に対しては、そ
の責任遂行能力について認めていないし、まだまだ不信感が高
まっている。

しかし、まだ民主党に対してその問題解決能力を評価し一任す
るというところまでには達していない。朝の街頭演説の時にも
道いく人から「次の衆院選まで、じっくり政権担当能力を見極
めさせてもらう。それで次は決める」と言われた。
これが大方の見方ではなかろうか。

ここからが、正念場。
夏休みは、当然ながらあきらめて、突っ走る。

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2007年7月29日 (日)

心静かに見届ける

 どうでもいいようなことでお茶を濁すのはイヤだったし、か
と言って本部長の立場で選挙のあれこれ書くのはマズイしと、何
かと難しい本番中ではあったが、やっと終わった。
いや、もう終わったと言うべきか。
本部長として全県の国政選挙を一切取り仕切ると言う意味では
三年前の前田武志比例区候補のとき以来二度目だが、今回は県
連代表として県全体を率いる立場なのでその責任は重いと承知
していた。

午前中に投票を終え、様々な事務連絡を処理する。

肉体には心地よい疲労がまだ残っている。
また、今回は、初めて自らの選挙区(奈良県)を離れて本番中
に全国を飛び回った。1週間前に鉢呂選対委員長が来県され、
選挙終盤は身柄を本部で預かると言われ覚悟をしていたがそれ
でもホント強烈だった。

岡山に連続入って、その後に滋賀、富山、鳥取、石川、福井に
埼玉、東京、高知とグルグル状態。最終日の昨日にやっと奈良
に帰ってこれた。

全国で激しい選挙を展開している同志の戦いを間近に見て、勇
気と闘志をさらにいただき、一層奮い立たせることができた。

心静かに、審判の結果を見届ける。

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2007年7月10日 (火)

週末の「まぶち式」

 週末は、蓮舫参議院議員が応援に駆けつけてくれた。金曜の
夜に奈良入りで、翌朝から2区、1区と精力的に桃太郎や街頭
演説。

とりわけ、1区では近鉄奈良駅前に大勢の人が集まり大変な盛
り上がり。

僕の選挙区では動員はしない。

演説によって立ち止まってもらうことで人の輪ができ集会にな
る、というスタイルを心がけて8年間。もう、徹底してやって
きた。

蓮舫議員を一目見ようと、どんどん輪が膨らんでいく。

その後の桃太郎も、事務所スタッフたちではなく集まった方々
がぞろぞろと一緒についてきてくれる。文字通り、桃太郎の行
進のようだが、キビ団子はダメ。
東向き通りからもちいどの通り、三条通りに小西通りと街角マ
ニフェスト講座も道往く人が立ち止まる。

汗だくになり、やっと終えて駅地下のスタバで、20分ほどの
休憩。
蓮舫議員も、「まぶち式応援」で「すっかり一日の仕事が終わっ
た感じ」と語りながら、自らに「ムチ打ってもうひと頑張りし
てきます」と京都に向かっていった。

お疲れ様。

街宣中、近鉄奈良駅周辺で、鹿いないの?、と言っていた蓮舫
議員だったが、さくらパパにもらった白のテンガロンハットを
かぶっていた僕をしげしげと見て、やっぱり街宣車の代わりに
馬にまたがって演説じゃない?、と目で要請された。
ウーン、確かに環境にはやさしいが...。

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2007年7月 5日 (木)

巣立ち

 国会事務所の面々が、相次いで巣立っていく。

政策秘書のオニケンは、新たな道を歩み始める。
政策秘書としての公設登録は今月末までだ。
まだ詳細は記せないが、またあらためてご報告することになる
だろう。心から、がんばって欲しいと願う。
一緒に過ごせる時間は、あとわずかとなった。

そして、チョロは突然の結婚(!)退職。
こちらは、チト予想外(失礼!)ではあったが、おめでたいこ
とである。
ヒロコと二人で、相手の方の紹介も受けた。
新しい人生を、しっかり築いていって欲しいと切に願う。

ほとんど同時期に連続して公設秘書の二人が抜けることになっ
て大変には大変だが、二人には、心配するな、大丈夫だから、
と伝えた。

ここは、人が出会いやがて巣立っていく場所。
変わらない、永遠不滅の真理を求めて、変わり続けていく場所。
「不易流行」の精神は、まぶちすみおが一貫して主張し続けて
きたもの。

二人の巣立ちを心から祝福し、そして頑張れと見守っていく。

疲れたとき、打ちひしがれたとき、翼を休めに戻るも良い。
迷いも、時には失敗もある。

オニケン、がんばれ!、チョロ、幸せになって!

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2007年7月 4日 (水)

泥舟

 安倍総理就任に当たり、「まぶちNews」に「安倍内閣の3つ
の強みと弱み」という記事を載せた。
ここでは、記述していなかったかもしれないがまさにそこで指
摘してきた弱さが今、露呈している。

安倍総理の強みは、言わずと知れた「若さ」であった。戦後初
の戦後生まれの50代前半の総理の登場は、国民に若さの象徴
である「新鮮さと力強さ」を印象付けるものであった。しかし
ながらこの強みは一方で弱みともなる。「若さ」ゆえの危うさ
が弱みとしてつきまとう。その危うさは発言の「ブレ」となっ
て顕わになる。とりわけ安倍総理の発言のブレは、「靖国参拝」
問題や「河野談話」や「村山談話」など総理になる前と後で顕
著であった。こうした、トップの発言のブレ幅が広いだけに閣
内での緊張感が失われてしまいがちではないか、と指摘したの
である。

そして、その後閣僚の問題発言だけでも柳沢厚生労働大臣に久
間防衛大臣とたびたび厳しい批判にさらされる場面が続いた。
久間大臣は、イラク戦争やブッシュ政権についてはなかば確信
犯的に発言されているとさえ感じていた。

そして、とうとう今回の長崎の原爆についての発言。
それでも辞任はしないのではないか、総理がかばって守ってし
まうのではないか、と思っていただけに少々驚いた。
安倍政権内部で、閣僚たちにとってでさえ「不安」と「焦り」
が高まっているのを感じる。

泥舟から、逃げ出そうとする閣僚も出てくるだろう。まさに人
間が試されるときでもある。

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