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2007年1月

2007年1月31日 (水)

予算委「経読み」開始

 柳沢発言問題で大混乱の様相は、とうとう国会の現場に波及
してきた。
「予算審議に入る前に」「柳沢大臣が辞任するよう要求」した
ので、予算審議入りは認められないとのことで予算委メンバー
は全員国対役員室で待機。

そこへ、自民党の森英介代議士が予算委の理事に委員会出席の
要請に民主党国対の部屋にやってくる。執行部は、審議に応じ
られるように早く柳沢さんに辞めてもらってください、と対応。

森理事も、それでは説得交渉不調ということで、と退室される。

いわゆる、様式美の世界。セレモニーだ。
与党は野党に説得を試みたがダメであった、とのかたちを残し
にきた。

そして、定刻より遅れて予算委では平成19年度の予算案の趣
旨説明が始まる。いわゆる「お経読み」。
一通りの説明が終わって委員会は散会。

明日のNHK中継が中止という連絡が入る。
午後3時20分から予定されていた民主党の2時間40分枠は、
菅代表代行1時間20分、まぶち1時間20分のバッターだっ
たのだが、幻に終わるか。

柳沢大臣の辞任要求の一方で、野党側のスキャンダルがリーク
されたとの情報が入る。
記者に聞くと民主党ではないという。
与党も、つぶしあいに来たか...。
永田町模様は続く。今日は、夜なべだ。

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「女性は機械」の波紋

 柳沢厚労大臣の「女性は子ども生む機械」発言の波紋は、相
当な広がりを見せている。
野党3党首は、昨日官邸に安倍総理を訪ね「申し入れ」書を手
交しに行った。

安倍総理は、執務室におられたそうだが「多忙」を理由に面会
を断り塩崎官房長官が代わりに受け取られた。
「申し入れ」は次の文面。

「柳沢厚生労働大臣の女性は子どもを生む機械であるとの発言
は、女性の人権を否定した女性蔑視の発言であり、閣僚、政治
家はおろか人間として許されない暴言であり、到底容認できな
い。われわれ三党は、予算審議に入る前に、安倍総理が任命責
任を明確にするとともに、柳沢大臣が辞任するよう要求する。」
とある。

本日、午後3時20分より予算委員会で平成19年度の予算の
趣旨説明が行われる。
この時間前までに、政府がなんらかの判断を示すことを求めた
ものである。

安倍総理は罷免要求は退ける発言を繰り返しているが、世論の
高まりは相当なものであると感じる。

少子化担当の高市大臣も、柳沢発言に対しては苦言を呈してい
るようである。
報道によると、
『「(発言の)脈絡や正確な文言を確認していなかったので聞
いた」と述べ、「率直に言うと、機械や装置という言葉は不適
切だと思う」と不快感を示した。続けて「私自身、過去に病気
をして、子供を授かりにくい、というより授かれない。私は機
械なら不良品かな、ということになる。同じ事情を抱える人、
健康でも授かれない人もいる。女性が頑張っても少子化はなく
ならない」。プライベートな事情を交えながら苦言を呈し、
「不適切」と繰り返した。』とある。

与党内の若手からも、「これでは選挙に向けて闘えない」との
声が聞こえる。不適切発言で最近、政治家の責任が問われなく
なりつつあるが、政治家の言葉は重い。
どのように、安倍政権が判断するか?、岐路だ。

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2007年1月30日 (火)

藤田さんからの電話

 イーホームズの藤田東吾氏から電話があった。
ご無沙汰してます、との挨拶からこのところの一連の問題につ
いての対応についてお話をする。

藤田さんからも今後どのような国会での対応を行うかを問われ
たが、大騒ぎになっているアパグループにまつわる耐震偽装の
問題も含めて、かねてより「悪もの探し」をするのが国会では
ない、という姿勢に変わりはないことをお伝えする。

国会は立法の場であり、行政の監視の場でもある。
再発防止の立法と被害者救済や監督責任の行政の措置を監視す
るのが役割である。

一連の問題に対しての私の姿勢は一貫してきたつもりである。
藤田さんが釈放されてからは、連絡いただきお会いもしてきた。
田村水落の件やアパの件も、事実を明らかにしていくべきだと
の役割もお話してきた。

国会で議論すべきこと、ジャーナリスティックに取り上げるこ
と、とは違う。その意味では自身でその時々に判断してきた。

藤田さんに、「国会で質すべきことについては、やります。」
とお伝えした。
電話の向こうから「期待しています」との晴れ晴れとした声が、
印象的だった。

人々は、勧善懲悪のようなわかりやすさとか、ドラマ的構図を
期待する。
しかし、あくまで「事実」を明らかにすることが大事だという
ことをど真ん中にすえて取り組んでいく。

予算委理事からは、今国会の政治課題についても取り上げるよ
う指示を受ける。
政治とカネ、重い課題だ。

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2007年1月29日 (月)

代表質問始まる!

 代表質問が始まる。
小沢代表と松本政調会長。
小沢代表は淡々としかし、ハッキリと意思を示す質問だ。
松本政調会長は、いつもながらの論理的な鋭い指摘を繰り返す。

安倍総理は小泉前総理ほどひどくはないが、それでも聞かれて
ることに真正面からは答えない。
いや、松本政調会長の再質問、再々質問には答えられない状態
ではなかったか。

それでも比較的混乱もなく、代表質問は所要3時間半の予定を
30分短めで終えた。

踏み込んだ発言もなかったし、マスコミ的には見栄えのする場
面はあまりなかったのではないか。
唯一、柳沢厚労大臣の「女性は子ども生む機械、装置」発言に
ついて質されたところは、さすがに与党席も心なしか言葉を失っ
ていた。
誰だか、大臣のことを「マシン柳沢!」と叫ぶ声があり、失笑
が漏れた。
大臣の発言はとんでもない発言であることは間違いないがな...。

閣僚の問題発言が続く中、総理もフラフラだろうな、などと思
いながら議場を出る。

木曜日から始まる予算委員会基本的質疑は菅代行が決まってい
ると聞いていたが、予算委理事と鳩山幹事長、高木国対委員長
から「君にいってもらう!」と告げられる。
ワッ、責任重大だ!。

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1月開催のまぶち会総会

 後援会の「まぶち会」総会。「新春の集い」のよそおいで0
6年度の年次総会。
昨年の9月に開いているが、今後は新年明けて1月に総会を開
催することにした。
1月に昨年の活動のご報告と共に一年の想い、常会への決意を
語る。さらには選挙のある年には、そのことのお願いもする。
総会という形で開くには良い時期である。

今回の企画は、事務所スタッフのエンジェル・エバによるもの。
持ち回りで、企画を担当してもらっているが相当の苦労があっ
たと思う。
それでも、おもてなしと感謝の気持ちを会全体で表すことがで
きた。エンジェル・エバに感謝の一言である。
参加の皆様の表情からも、それがうかがい知れた。
心から参加の皆様への御礼と共に、公設秘書陣も初めて三人そ
ろい踏みし、地元スタッフ、国会スタッフの一体化も図られる
ようになり事務所がようやく機能し始めたことに喜びを感じる。
これも、今日まで支えていただいた後援会の皆様のおかげであ
る。

思えば、企業献金を一切受けず、また企業献金の受け皿となる
政治資金パーティーも開かず、個人献金のみによる寄付で政治
活動を行ってきた。
06年度の個人献金総額は839万円だったが、お一人お一人
の浄財の成果であり胸をはれるものだと自負している。
他の政治家と比べると資金は些少かもしれないが、それでも毎
週三万枚まいているビラは、事務所で印刷して折機にかけ、ボ
ランティアによるポスティングで経費は一枚当たり79銭であ
げている。
工夫すれば、お金のかからない政治活動は可能である。
もちろん、「政治にお金がかからない」などときれいごとは言
わないが、「ムダを削る」ことは実は可能なのである。

それもこれも、コストダウン○○銭、などというレベルの生産
コントロールを実社会で行ってきたメーカー出身の強みだと思っ
ている。

安倍総理の政治献金総額が約2億9千万円ほどでそのうち個人
献金が2900万円ほどという報道があった(と記憶している
が...)、おそらく現時点で日本一有名な政治家である安倍
総理の個人献金額の3割程度というのは現段階では自分なりに
一定の成果だと思っている。
こうして、個人に支えられる政治姿勢を貫き通すとの決意は変
わらない。

そして、総会は政治家などのゲストは一切なし。
政治家はあくまで私だけ。後援会の総会は基本的には政治家は
まぶちすみお以外になし、というスタイルが定着しつつある。
もちろん、各種選挙で候補者になる方なられた方、お呼びする
場面はあるが、それはたとえばシビックミーティングであった
りミニ集会であったりと、それぞれのTPOを考えてやってい
こうという事務所と後援会の総意である。

遠く広島や岐阜からお越しいただいた後援会員の方と最年長、
最年少(2歳?!)の参加者との鏡割りでスタートしたが、そ
の後はゲームや歌やと大いに盛り上がった。私自身、ヒロコか
ら私が夜寝るときに欠かせない必需品をバラされたりと汗噴出
しモードであったが、無事終了でホッ。

これから、毎年新春の集いで皆さんとひと時共有できるのはう
れしい限りである。

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2007年1月28日 (日)

ナノバブル

 ナノバブルというのをご存知か。
実は、私はまったく知らなかった。
たまたま、昨年暮れに宮城県牡鹿郡女川町を訪れ、そこでナノ
バブル水による牡蠣(カキ)の洗浄を加工時に行うということ
を知った。

ちょうど折りしも、ノロウィルスによる二枚貝の汚染が巷間噂
されているときであったが、社長さんからナノバブル水の効能
をお聞きし、ウーンとうなったものである。
ナノバブル水の洗浄により、ウイルスの脅威を取り除くという
工程を組み込まれている。
そして、何よりこうした地域に根ざす加工業者がたゆまぬ努力
をしていることに驚いた。

実は、何を隠そう(隠してないが)、この宮城県の水産加工業
者はわが事務所の第二秘書のチョロの実家なのである。
チョロの実家を訪ね、あわびやカキやウニやと海の幸をたらふ
く食った。
また、これがうなりまくるおいしさ!。

と、そのときにノロウイルスの話題になったのである。
ノロウイルスがカキに棲息するという証拠や根拠もないままに
まさに「風説の流布」で甚大なる被害をこうむっている状況に
あった。カキの水産加工業者がマスコミにクレームを唱えてい
たのは皆様も記憶にあるかと思う。
チョロの実家の水産加工会社の社長(お兄さん)は、半ば怒り
を通り越して達観したご様子で水産業の窮状を訴えられた。

そして、地域に根ざした企業がナノバブル水生成装置も含めて
多大な設備投資を行って品質の競争的優位を保とうと努力され
ていることを見るにつけ、地域の生き残りにかけた想いという
のは相当のものであるということをまざまざと見た。

ナノバブルと女川町の水産業の実態というのは、それぞれにご
確認いただきたいが、地域の持つ潜在力を私たちは忘れてはな
らない。

チョロの実家の皆さんには、今度はぜひ家族を連れて来たい旨
をお伝えした。

帰りにチョロ松に、おまえいいとこで育ってんな!と振ると、
「アワビなんかおやつでした!」という答えが返ってきた。
ウーン、お前と寿司行くときは「玉子とタコ」ぐらいにしとこ。

【参照】
(株)三好屋
〒986-2261
宮城県牡鹿郡女川町女川浜字伊勢19-3      
TEL(0225)54-3831 FAX(0225)54-3832      
URL:http://www.miyoshi8.co.jp/      
メールアドレス: info@miyoshi8.co.jp

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2007年1月27日 (土)

あゆちの風

 あゆちの風が吹く。
いや、吹かせなければならない!とばかりに愛知県知事選挙の
応援に朝から名古屋入り。

地元県連では政治スクールが行われ、講師に小宮山洋子代議士
をお招きしているのだが県連会長不在となってしまった。
洋子さんには事前にお伝えし、「あー、そんなのぜんぜん心配
しないで、大丈夫よ!」と明るく私の不在の失礼を受け止めて
いただいたが、お言葉に甘えて申し訳ない思いを持ちながら気
持ちを切り替えて名古屋入りする。

愛知県知事候補は元気だ。
公職選挙法上、顔も名前もビラやポスターで出せないだけに苦
労している様子が伺えるが、知恵をしぼって頑張っている陣営
に頭が下がる。

栄の三越前から街頭演説は、鳩山幹事長、候補者本人、そして
私へとつながる。その後を鈴木寛参議院議員、北神圭朗代議士、
前原前代表へとリレー演説。

熱ーく、演説してその後は候補者と一緒に桃太郎。
予定時間をだいぶオーバーしたが、候補者の熱気に後押しされ
て一緒に練り歩いた。

しかし、地方選の行方というのはわからないが、確実に宮崎の
「そのまんま東」効果が働いているような気がする。
流れに期待したい。

選挙応援終わって、急いで地元に帰って多分今年最後の新年会
に参加。
政治家の新年は、1月超えて2月初旬まで続くことに改めてウー
ンとうなる。

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2007年1月26日 (金)

予算委質疑の検討会

 予算委員会の面々が集って、事前打合せを行う。
早ければ、来週の木曜日から補正予算の審議が始まる。本予算
もその翌週からと考えると、あっという間にあの激流のような
日々に身を投じることになる。
それぞれが、質問準備を進めるテーマを語る。
「格差是正国会」のイシューセッティングはよしとして、格差
の要因を分析しその対策とあわせて夢のある未来を語らなけれ
ばならない。もちろん、民主党こそが徹底的な行財政改革をや
るのだということを示すことも重要だ。
安倍政権は改革政党ではない、われわれこそがしがらみにとら
われず改革を実行する!のメッセージは極めて重要だ。

さらに、事務所でも質疑のフレームを検討。
補正予算に立つ場合もあるので、残る時間は1週間しかない。
昨年の予算委では、補正予算、本予算と2回続けて全閣僚出席、
テレビ入りの場面の基本的質疑に立たせていただいた。

今年はどうなるかわからないが、菅さんがトップバッターで行
くことだけは決まっているようだ。

そんな中、通常国会に向けての若手(二期生)の会話を取材し
たいと日本テレビのニュースZEROからの依頼。
同僚の高山智、泉健太、高井美穂、田村謙治代議士らと会館の
部屋で取材を受ける。
小沢さんのインタビューとあわせての企画だという。
皆、カメラが回っていることも忘れて自由に話す。
こんなんで良かったのかな。

今晩の放映と聞いていたのだが、その後今日の放送は小沢代表
のインタビューのみとなったと日テレから連絡入る。
お蔵入りしたら、同僚の皆さんゴメンナサイ。

ついでのような、自身の予算委員会の質問準備の取材もあった
が、ホワイトボードに「格差」を「拡差」と書いたままで映さ
れてたのは、ご愛嬌。「格差の拡大」と頭の中で呪文のように
唱えてたものでつい間違ってしまった。

いずれにしても、新聞、テレビ、週刊誌、雑誌共に予算委員会
の取材に動き出したようだ。
しかし、ネタはそんなもん出せないしあっても言えない。

いつもそう言っているのだが、マスコミはあきらめずにやって
来る。
さすがの、プロ根性。

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2007年1月25日 (木)

「しっかり対応」と言って8ヶ月

 「偽装」:他人の目をごまかすための装いや行動。
これが、また明らかになった。

京都のアパグループのホテルで耐震強度偽装が確認された。

国交省は、偽装を「設計者本人が偽装を認め、その事実が確認
された場合」、「本人が認めていない場合でも、計算過程で明
らかに意図的な差し替えを行っていることが確認された場合」、
「本人が認めていない場合でも、意図的な差し替えを行わなけ
れば得られないような出力結果が確認された場合」と定義して
いる。

そして、いずれの場合も確認するのは「特定行政庁」すなわち
都道府県や市町村である。

アパグループの建物の耐震偽装は、既に私は昨年の6月7日に
国土交通委員会で指摘している。埼玉のマンション物件にて構
造設計担当の田村水落設計が、計算書の差し替えを行ったこと
について、住宅局長に「適法か?、適切か?」と質したところ、
局長からは「言語道断で、法律に違反するもの」との答弁を、
北側大臣からも「あってはならないこと」との答弁を得ている。
さらに「偽装か?」との問いには、局長は「明らかになった時
点で判断すべきもの」と明言を避けたが、田村水落設計の違法
行為はこの時点で国会で明らかとなった。

ところがである。
ここからが問題なのである。

国交省は、「偽装」は「特定行政庁」が判断するものとして、
その後は6月23日に田村水落設計の物件のサンプリングを抽
出を行いその調査を特定行政庁に命じているに留まるのである。

局長や大臣の答弁にあるように、差し替え等を行う行為は明ら
かに建築士法違反の行為である。このことについては行政処分
は行わずに、まず特定行政庁に調査を命じた。

いわく、「建築士法違反だと行政処分はせいぜい1ヶ月程度の
業務停止命令でしかない。偽装となればもっと重い処分を課す
ことができるが「一つの設計行為」には二度の処分はできない
という行政手続きの制約があるため、偽装の有無の調査を待っ
ていたと言うのである。

そして、私が指摘してからまもなく8ヶ月になろうとしている。
ようやく、京都市が判断したから国交省も発表した、とのこと。

これって、あまりに国民感覚からずれてはいまいか!?。
違法行為者であるが、もっと罰則の重い違法行為があるかもし
れないのでそれを明らかにしてから処分する。だから、指摘さ
れてから8ヶ月近く、いや発覚したのは去年の3月だからもう
一年近くの時間を費やさせた。
この間、新たな設計行為がなされていないから被害が拡大する
心配はない、との言い分もあるようだがこれでは所管官庁とし
ての責任や大臣のリーダーシップというものは皆無との批判に
耐えられるだろうか。

正直、あまりの時間のかかり方に唖然としている。
国会で質し、実態解明についても当時の北側大臣より「この問
題にしっかり対応するようにさせていただきたいと思います。」
の答弁を得ても、ダラダラとやっていると言っても過言ではな
い状況を見ると、もはや役所には当事者意識がないと言わざる
を得ない。

アパグループについても、記者会見を見て驚いた。
私が6月7日の質問を行おうとしたときに、突然、元谷会長か
ら呼び出され6月3日にアパ本社へ向かった。
1時間半にわたって語る元谷会長の言葉ははっきり覚えている。
会見との食い違いは何なんだろう。

またしても、国会で詰めていかねばなるまい。

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インフルエンザ

 召集前日のギリギリまで、地元活動は続く。
いわゆるミニ集会を各所で行う。

相手は会社帰りのサラリーマンであったり、昼下がりのお茶時
の主婦であったりと様々だ。

やはり感じるのは、党の元気のなさへの叱咤激励である。
期待感は決して消失しているわけではない。
本当にここを先途と頑張らねばならない。

同級生のお医者さんからインフルエンザの予防接種は受けとい
たほうが良いとのアドバイスから、遅ればせながら行く。
接種から2〜3週間で抗体ができるので、1月後半からの流行
には間に合わんかも知れんけど、との説明を受けるが、やらん
よりはエエやろということに。

注射は実は苦手なんだけどなぁ...。
予防接種を受ける前に問診表に記入。
そして、体温を測る。
すると、7度1分の微熱アリ。トシから「代議士、絶対風邪ひ
いてまっせ!」と言われていたのだが、気にせずにいた。
そっかー!、やはりそうだったかー!。
どうりで、チョットしんどかったはずだ。
いつも、しんどいのは過密スケジュールのせいと思っていた。
自分の身体が具合悪くなっているかどうかすら、わからないと
いうのは異常だなと、反省。

しかし、そうは言ってもインフルエンザの予防接種を受ける機
会はもう取れそうにない。
とりあえず、注射をしてもらう。

事務所に帰ると、それで本当にインフルエンザにかかった人も
いますよ!と脅されるが、打った後はしょうがないもんな。

しかし、同じインフルエンザでも危惧するのはもう一つの「鳥
インフルエンザ」。
単に鳥に蔓延するという問題だけでなく、人への感染リスクや
その危機管理まで課題は多い。
国会で議論すべきところの整理をしている。

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2007年1月24日 (水)

明るく、夢を!

 かつて財務金融委員会でご一緒した島聡(しまさとし)前代
議士は一昨年の選挙後、ビジネス界へと華麗に転進された。

当時まだ一期生だった私は、筆頭理事の島さんに「闘う財金」
との号令をかけられ、一生懸命に質問に立ったものだった。
とにかく、機会さえいただければ何でもかんでも質問やる!み
たいな取り組みだったが、そんな時に労いの言葉を何度もかけ
ていただいた。

そしてその島さんは、いまや孫さん率いるソフトバンクの社長
室長だ。

国会議員やってるときよりも、ずっと清々しい顔をされている
島さん(失礼だったらゴメンナサイ!)と昼食を共にした。

「10年近く国会議員をやってきて、自分の役割は終わったと
感じた。」と話されながら、「今振り返ってみると、民主党の
メッセージには明るさがかけていたかもしれない」などの冷静
な分析は、距離を置いて第三者的に政治を見る側の正直な言葉
のように聞こえた。
「土日が休みっていうのが最大の違いだよ。」と言われるとお
り政治家には土日などの休みがない。
リフレッシュどころか、考えも発想も隘路に陥りやすい。

確かに、「夢」を感じさせ、与えなければならない仕事なのに
そのことが十分打ち出せていない、というのは強く感じる。

明るさが、最大の武器になるような政党でなければならないと
思う。

どうも、「危ない!」のメッセージに偏りがちなのは気をつけ
ねばならないと思う。

心なしか、ビジネスで活躍する島さん自身も、明るくなったよ
うな気がする。
もともと、明るい方だったので、磨きがかかったと言うべきか!

闘う民主党!、も大事だが、明るい民主党!!!も大事だ。

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2007年1月23日 (火)

地方政治と国政の狭間で

 そのまんま東氏の知事選勝利は、永田町にも衝撃を与えた。
昨日より、知事選の話を進めている中でも微妙に影響している
ような気がする。
いわく、県民党としての流れが期待されているということ。
言い換えれば、国政とは違って地方政治では政党政治からの脱
却が求められているということになる。
自民党も民主党も、既存政党の政治に対しての不満圧力という
ものは相当に高い。
与野党併せての支持率の低下は、如実にそれを物語っている。

昨年お会いした北川教授(前三重県知事)も「マニフェスト選
挙を突き詰めていくと、地域政党という新たな政治体制の姿が
見えてくる」とおっしゃっていた。まさに、これこそ地方分権、
いや地域主権のあるべき姿ではないだろうか。

そのまんま東氏、いや東国原知事はこれから組織のマネジメン
トという現実が求められる。
成果を見ないと何とも言えないが、国民の中には今もって政治
に対して「清新」で「真摯」な姿を求める心があることを忘れ
てはならない。

朝から菅代行の下へ呼ばれる。
官製談合の対策本部が昨年立ち上がったが、通常国会立ち上が
りから前半のヤマ場に向けて、準備のハッパがかかる。
一方で、国政は紛れもなく政党政治。

国論と同時に政局を睨んだ政争が展開されてきたのも歴史的事
実である。

地方政治と国政の狭間で、もがき続ける日々だ。

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特命係長

 月曜の朝立ちをしないで宿舎で目覚めるのは、どうも調子で
ないんだけど、スギちゃんから主はいなくともみんなで頑張っ
てる「朝立ち」ならぬ「朝ビラ」のモーニングコールが入る。
こっちは、自主トレの朝メニュー、ランニング中。

俺も頑張ってるよ!、走りながら伝えるが頑張り方がチョット
間違っていそうな...。

そんな朝を迎えて、午前9時に国会事務所の面々そろって靖国
神社に崇敬神社参拝。一様、国会事務所の神社参拝は今年初め
て。
学生スタッフのサトミンも、オニケン、チョロも昇殿参拝はし
たことないというので初体験。
地元の崇敬神社は春日さんなのだが、国会事務所ではどこだろ?、
という話になりやっぱり、九段宿舎なんだから靖国神社だろう
ということになった。
個人的には、毎日散歩のたびに参拝しているので氏神さんと言っ
てもいいぐらいだけど。

今国会の健闘を期して皆で手を合わせ、その後宿舎の部屋にス
タッフをご招待。
殺風景な部屋だが、コーヒーぐらいはお出しできる。

一息ついて国会に戻り国対役員会。
国対方針を聞かされる。

えっ、俺って、それ担当!?。
と、みんなそれぞれの役割を聞いて一様に引き締まる。
フーン、そっか、そういう担当か、私は。
平野代理からも、繰り返し「特命」を言われ、国対職員Oちゃ
んからは「特命係長」ですか!、と声をかけられる。ん?、そ
んなマンガあったな。でも、あれは主人公はモテたぞ、ずいぶ
ん違うぞ。

夜は予算委の準備とマスコミとの懇親会。
記者さんから「今度はどんなネタですか?」と聞かれるが、
「何も、ナイヨー!」と受けて続けて、「本当にあるときは、
ナイとしか答えないから!」と笑い飛ばす。

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2007年1月21日 (日)

国会の行方

 朝9時からの県連常任幹事会。地元マスコミが情報をキャッ
チして駆けつける。
玄関ホールで、「何もないよー!」と話すが会議後のブリーフィ
ングを約束。
常任幹事会は、国会開会前の連絡事項を報告し意見交換などを
含めて小一時間で終了。
記者さんたちへも、一通りお話しするが記事になる内容はない。

知事選への期待は、もちろん理解しているが発表できる段階の
ものはない。

そして、午後はシビックミーティング。
今度は東京の政治部記者さんが登場される。

国会開会前の情報収集だそうだが、ヒラ議員のとこなんかに来
てて良いの?、と尋ねると、良いんです!との答え。
国会で「今度地元に行きますよ!」とは聞いていたが、本当に
来られるとは思わなかった。わざわざ来ていただいて恐縮だが、
せっかくなのでどうぞとご参加いただく。

今日のシビックミーティングのテーマは「国会の行方」という
ことで、予算委員会のテーマや選挙の争点を自分なりに挙げて
みた。ビラには「国会の行方を占う」となっていたが、占って
ちゃイカンわな、と現場で修正、自分なりの国会運営を語って
みた。

もちろん、これから国対などでも議論されるのだろうがそれに
しても遅い。もう、今週の木曜日に国会が始まるというのに明
日の月曜日にようやく国対役員会が開かれるとは。

年末に国対副委員長に任命されたので、国対役員会には出席す
る。
こんなにノンビリしてていいのか、いったいどういう戦略なの
か聞いてみよう。
それとも、見えないところで慎重に検討されているのだろうか。
どうも、サクサクとものごとが進む気配がないのが心配だ。

明日の国対と予算委の準備で久しぶりに日曜日のうちに上京す
る。

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2007年1月20日 (土)

遠出のステーキ

 二期目となって応援や何やかやと遠方に出かけることが多い。

そんな時にふと思い出すことがある。
浪人時代、応援など頼まれるはずもなかったころ、毎日毎日選
挙区内をぐるぐる回ってばかりの日々、訪ねる度に「次もしん
どいな!」などと、励ましか揶揄かわからない言葉をかけ続け
られる中、「あーっ!、イヤだっ!」と選挙区を離れたい衝動
に駆られる瞬間がある。

もちろん、それは自分の弱さの何ものでもないのだが、人は弱
いものである。
いっとき、耐えられなくなる。

でも歯を食いしばって、頑張るしかないんだと自らに言い聞か
せながらも、フラフラだったのが浪人の時代であった。

当時、元部下のヤスとヒロコと三人しか外に出る人間がいない
中、どれほどまでにそのストレスに苛まれたか、といまだに新
たな事務所員に語ってしまう。
それほど、そのときの経験は強烈であった。

地元を離れる機会など皆無と言ってよかった。

今のように「来てくれ」との依頼などあろうはずがない。
ましてや誰も来てももらえない。
そんな時に、たまたま遠方に出かける機会があるとホッとした
ものだった。
ヤスと二人で、愛車のワゴンRで遠方に車を走らせながらも、
唯一、選挙区を離れられる息抜きのひと時でもあった。

そして、車を三時間近く走らせる遠出の行程の時にはヤスに
「チョット、贅沢しょーかーっ!」とばかりに、ファミレスの
ステーキ屋で「肉」を食べるのが唯一の楽しみであった。

運転するヤスから、「肉、食わせろー!」と騒がれながら、
「わかった、わかった!、よっしゃー、肉食うかー!」とファ
ミレスのステーキ屋(当時はフォルクスだったかな?)に駆け
込んだものである。

一日の食費は、朝から夜食までも含めて千円以内と決めていた
二人にとって、思い切った贅沢であったが、遠出までした一日
の仕事の自分へのご褒美とばかりに、肉をほお張った日が懐か
しい。

そんな話をトシに伝えながら、ふと当時を思い出して「肉、食
うかぁー!?」と同じくステーキ専門(かな?、「ステーキど
ん」って!?)のファミレスに入る。

「うまいっすねぇー!」とパクつくトシを見て、浪人当時がよ
みがえりヤスと一緒にサーロインステーキを食べた瞬間がフラッ
シュバックする。
「ウン!ウン!」とうなずきながらも今日に感謝と共に、胸が
詰まる。

「どうしたんすか?、もう食えへんのですか?」とたずねるト
シに、おう、食うてくれと皿から分けとる。

人は、ささやかな喜びにこれほどまでに幸せを感じる。

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元OSK日本歌劇団スターのショータイム

 かつて、あやめ池遊園地の円形大劇場を常打ち小屋としてい
たOSK。
あやめ池遊園地の閉園を前に既に解散してしまったが、当時の
トップスター涼風うらら、奈ツ城有貴、高帆未来、毬紗みのり、
大咲せり花の5名のディナーショーが奈良ゾンタクラブの新春
チャリティーショーとして催された。

大正11年(1922)4月に松竹劇楽部として誕生したOS
Kは、人気の面では宝塚歌劇団に大きな差をつけられてはしまっ
たが、実力ある団員のレビュー中心の興行は根強いファンを創っ
ていった。

幼きころ、あやめ池遊園地で初めて見たOSKのレビューは子
ども心にも鮮烈だった。ド派手な衣装と化粧と歌と踊りは、非
現実的な世界を見せるに十分だった。団地の上の階に住むオバ
ちゃんに、友達だからと楽屋にまで連れて行ってもらってバサ
バサと音を立てそうなつけまつげに驚いたことがあった。

そんなOSKもその後は存続活動の結果、ニューOSKとして
活動を再開している。
そして、今回の新春チャリティーショーは、ニューOSKに参
加しなかった面々だそうだが、見事な歌と踊りは会場の万雷の
拍手を得ていた。

お義母さんと、「山のお母さん・お父さん」と共に楽しませて
もらった。

主催者側としてお手伝いに入っているヒロコから、「逃げずに
来たわね!」と厳しい言葉が来る。

「逃げないよー、そんなもん...。」と答えるが、女性ばか
りの会合が苦手だというのを、読まれている。

でも、山のお父さんも、「こんなん、ご婦人ばかりやないかぁ。」
とビビッていた。
やはり男の気分は、いつも同じだ。

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京都への応援

 知事選の話題も大詰めである。
相変わらず、「まぶちが出る」の話が出回り、閉口しているが
周辺はようやく「絶対ない」が伝わりだしたので後援会の中は
落ち着いている。
むしろ、かなり遠いところから出ている話だとすると、出処も
限られてくるが。

地方選、知事選、参院選、と表には見えにくい仕事を重ねてい
るがとにかく進めるしかない。

そんな中、京都の亀岡市議選と相楽郡の府議さんの応援に向か
う。

亀岡は、一期生の北神圭朗代議士の地元選挙区内。
「自力会」の仲間でもある「改革のゴジラ」こと北神さんから
のご依頼とあればと駆けつける。
そういえば北神さん、選挙のときに「改革のゴジラ」を「平成
のゴリラ」とウグイスさんに連呼され続けて参ったと言う話を
聞いたことがあるが、それってどこだっけ?、と思いながらも
到着。

亀岡の市議候補者二名の応援演説を駅頭とホールで行う。

そして、相楽郡は木津町の松岡府議会議員の新春の集いに参加。
府連会長の福山参議院議員や松井参議院議員を前に、30分の
講演という事で痛く恐縮するが、奈良にご縁の深い松岡さんの
お役に立てるならと一席。

本当に地道な努力を重ねている松岡さんは、なんとしても二期
目に当選していただきたい府議さんでもある。
必勝を祈願して、お話をさせていただき次の新年会に向かう。

予算委員会の準備も忙しさを増す。
疲れたなどとは、言ってられない。

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テッチャンとの二連

   テッチャンとのポスター撮影。
参議院選挙向けの二連ポスターを一緒に撮るということで、朱
雀門前に向かう。

平城宮跡は自身の通称「豆粒」ポスターでも使った、奈良で大
好きな場所の一つ。

テッチャンとツーショットで写真を撮ってもらう。立ったり座っ
たりで、しかし、小気味よくテキパキと仕事が進む。
いつも、テッチャンのポスターを作っているデザイナーの熊ちゃ
んの頭の中には既にイメージが出来上がっているようだ。

今、貼り出しているテッチャンのピンのポスターは選挙半年前
でまもなく貼れなくなる。そのときに二連ポスターに切り替わ
る予定である。

今年に入って、選挙区内の広報版にはまぶちのポスターの替わ
りにテッチャンのポスターを鋭意貼っている。とりあえず全総
支部長にも自身のポスターの替わりにテッチャンのを貼るよう
に指示を出している。
それぞれの事情を聞いているところもあるが、しかし、これが
ほとんど貼っていない現状なのである。

これはチョットな。
イカンよな。
いわゆる報道などでよく使われる表現ぽく言えば、「不快感を
示した。」だな。

こういうときの行動と言うのは、有権者はよ〜く見ているんだ
けど。

月明けには、テッチャンとの二連ポスターをご披露できるはず
である。

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2007年1月17日 (水)

「ご安全に!」

 党大会は、日本青年館で行われたのだが例年だとホテルを利
用していた。
聞くところによると、会場をホテルから日本青年館に変更した
ことで相当の経費削減が可能となったのだそうだ。
選挙の年に向けて、お金の使い方を選対シフトにする方針だそ
うで、これもその一環ということか。

ま、会場はホテルである必要もなく正直どこでもかまわない。
しかし、無駄遣いを排して選挙に重点配分というのに、あのC
Mはなぁ...。
作ってる側の苦労も理解するし、万民に受けるというのはなか
なか難しいと思うが、CM製作と放映はモノスゴイ金額だと聞
くだけに、気にもなる。

2時間で大会を終えて、会館事務所にて諸件の打合せを終えて、
羽田から空路で北九州市へ。
北九州市長選、北橋予定候補者の応援に駆けつける。
なんと、相手候補の選対本部長は麻生外務大臣がつとめている
と言う。選挙区ではないのに、麻生さん、気合入っているらし
い。ポスト安倍として地元九州を固めておくということか。

北橋さんも気合十分。一ヶ月前に応援に入ったときよりずいぶ
ん、スリムになられた。精悍な面差しに、背水の陣で臨む気迫
を感じる。
八幡の新日鉄の皆さんとお話しする機会があったが、皆さんの
挨拶は、「こんばんわ!」でも「こんにちわ!」でもなく、
「ご安全に!」なのだ。
鉄鋼業の皆さんは、常に「安全」を意識しているという現われ
だ。基幹産業、素材産業として溶鉱炉含めて常に危険と隣り合
わせでもあったであろう工場の現場では、「ご安全に」との掛
け声は心からの言葉でもある。
「ご安全に!」と私も、繰り返した。

大集会での応援演説を終えて、小倉から新幹線で帰省。
奈良にたどり着いたら深夜だった。

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2007年1月16日 (火)

党大会前夜

 党大会が明日の朝からということで、上京する。
朝から奈良市の消防出初式に出席していると、県会議員から
「党大会ちゃうん!?」と聞かれて、はて?、と思っていると
県連の関係者は皆朝から上京している模様。
こっちは夜の懇親会からなので午後発の予定だったが、県連会
長が地元にいて他のメンバーが朝から大会に向けて上京してい
るというのはちぐはぐに見えるか、と納得。

上京して党大会の前夜祭ならぬ懇親会。
その前に開かれた代議員会議では、例のCMについての批判が
噴出したと聞いたが現場の声には耳を傾けていただきたいと思
う。懇親会では、今年初めて会う議員の皆さんに新年のご挨拶。

そして、県連の関係者と懇親会。
来る常会への意気込みや党の状況を大いに語る。

明日は、党大会に出てその後は北九州市長選挙で小倉へ北橋前
衆議院議員の応援に入る。そしてその日のうちに帰奈。
明後日は、朝から地元。

平野国対代理から、常会での国会対策の打合せの日程を耳打ち
されるが、常会前の地元活動も大事。何事もバランスだ。

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2007年1月14日 (日)

自主トレ開始

 新年会もそろそろ佳境を越えたところだが、さすがに「飲み
疲れ」でへばってくる。
朝から、昼からずーっとだもんな。
年末の忘年会から続いているから、相当に内臓を痛めつけた感
がある。
いつも、飲まなきゃいいだろう!?、と言われるがそうもいか
ないしまた、いやしいものだから出されるとついつい食べてし
まうし飲んでしまう(おいしいんだもん!)。

いくつかの新年会で、少々ゲンナリ気味だったと反省はしてい
るが、たびたび「何や、しんどそうやのぉ!」と声をかけてこ
られた。しかしそこには必ず「知事選、苦労しとんのけぇ?」
の顔色がありあり。
違うんだけど。
それはそれでやってますが、とにかく飲みすぎ、食べすぎ。

とあれ、元気でないといけないと大いに反省し、自主トレ開始。
朝のランニングとトレーニングを再開。
長丁場の予算委員会と選挙に備える。

同行のトシに、「自主トレやって、キャンプでもやるか?」と
言うと、「ぞっとします。勘弁してください!」と返事。
おまえ、地獄の特訓じゃあるまいし、大丈夫よ!と返すが相当
恐れられているようだ。

じゃぁ、夏に選挙終わったらみんなで合宿でもするか?と言う
と、「温泉でお願いします。」

それって、合宿じゃなくて遊びだろ。ま、それでもいいか。全
勝できたら。

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2007年1月11日 (木)

うまざけ

 奈良味酒フェスティバルのオープニングパーティーに駆けつ
ける。
奈良の造り酒屋がこぞって自慢の銘酒を提供し、奈良の方のみ
ならず全国へと奈良の味酒(うまざけ)を広めていただこうと
のフェスティバル。
今年で3回目ということだが、県市の観光部局や観光協会、ホ
テル、旅館業の方はじめ多くの関係者方が集まって奈良の酒を
楽しみ、発信をしていこうという趣旨(だと、思う)。

県内から集まったそれぞれの銘酒をいただく。

大吟醸から、金賞受賞のお酒やら、仕込み水まで試飲できる。
あまりにおいしいもので、ついつい各ブースをまわり、相当に
酔いが回ってくる。

お酒を振舞う商売をする側の、魚佐旅館のカネやんこと金田社
長や、会議所の先輩の白鹿荘の舟戸さんらと「こんなに旨い酒
があんねんから、もっと全国に知って欲しいなぁ!」と語りな
がら奈良の潜在力の大きさを改めて実感。

確かに、八木酒造の八木会長も会の冒頭乾杯のときに、「日本
酒と言うと灘や伏見やと、とかく言われがちやが日本酒の原点
は奈良。奈良にはこんなに素晴らしい酒がある!」とのお話が
あったがホントにそのとおり。

かつて、奈良へ応援に来ていただいた折、我らが横綱、日本酒
通の野田元国対委員長が絶賛されたのも奈良の銘酒だった。
ぜひとも、日本酒愛好家の方々にはこの奈良のお酒を知ってい
ただきたい。

もちろん、お酒には好みがあるだろうと思うが、私の好きなの
は豊澤酒造の豊祝大吟醸や、梅の宿、談山正宗など。

談山正宗の仕込み水のおいしさはこれまた素晴らしい。
何でも峰の分水嶺が3つに分かれているところの水で、これは
全国でも珍しい。奈良の自然と、歴史から名水と銘酒が造られ
ているのである。

奈良の酒は、「うまざけ」。
歴史資産と共に、味わっていただきたい。

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目標は全勝

 今年も恒例の、事務所一同そろっての今年の目標宣言。
しかし、まずは冒頭に昨年一年間の目標達成の確認を行う。
まずは、外交チームのスギちゃん。達成率83.2%。
続いてウガさん、同じく90.5%。そしてチュー、64.0
%。トシは、エーっと、まだ昨年度はゴマメだわな。
続いて、事務チームの皆さん。定量把握が困難な内容であるが
概ね達成。めでたしめでたし。
全体評価として外交チームもそれなりに頑張ったと思うが、奈
良事務所筆頭秘書のスギちゃんが先頭切って目標達成をできな
かったことは大いに反省が必要と、事務所全員に対して目標未
達のお詫び。

すっくと立ち上がって、頭を下げるスギちゃんの姿に一同気が
引き締まる。(さすがだ、スギちゃん!)

「やっだー!、スギちゃん急に立ち上がってびっくりするじゃ
ない!」とヒロコが場を和ます。
しかし、続けての言葉がいけない。

「反省して、頭丸めるとでも言うのかと思ったー!」
「ウッ、...勘弁..してください...。」

お、お前、軽口が過ぎるゾ!

ま、でもとりあえず場が和んで、今年の目標をそれぞれ自己申
告。昨年の2割増し以上の目標設定数値が本人たちの口から宣
言される。

こうして、今年一年間のまぶち事務所の大方針が確認される。

エッ、今年の本人の目標?、そりゃ選挙全勝に決まってる!

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2007年1月 8日 (月)

日々、成人の日

 恒例の朝からの成人の日の街頭演説。
1区総支部の面々と、前川参議院議員も参加しての高天交差点
で小一時間ほど新成人へのエールを送って、鴻池の体育館での
奈良市の成人式に向かう。

統一選で三選目指す岩城県議のお嬢さんも成人式に出席と聞い
て、そーか、まだ中学生だった上のお姉ちゃんも、もう成人式
かぁ、と驚く。この世界に入って自分が8年目なのだからまぁ、
そうだわな。

そろそろ、子どもたちが成人する年代に我々も突入してきたっ
てことだな、などと皆さんと語りながら受付を終えて成人式の
来賓席へ着く。
開式までの間、かつてはそれほど振袖は多くなかったのではな
いか?という話になり、そう言えばそうだった!、と大きくう
なずいた。
確か、同級生の女の子は晴れ着の子もいたがいわゆる洋装の子
もいたような気がするが、今はほぼ95%が振袖だ。
またもや、娘が5時に起きて振袖を着て行ったという岩城県議
から「これは、レンタル着物の業態が定着したからやで!」と
いう分析を聞き、フムフムとうなずく。
確かに、皆ほとんどが貸衣装で晴れ着を着るようなのだが、多
数の業者によりたくさんの種類が取り揃えられているようだ。
4307人の奈良市の新成人の何割が集っているかはわからな
いが、ざっと、2000人ぐらいはいたか。そのうちの半数の
女性がいたとしても、誰一人同じ着物はいなかったように見え
る。

岩城県議の言うとおりかもしれんな。
費用も大変そうだしな。

「娘5人は大変やで!」と言われるが、身の丈にあった成人の
装いをしてもらうしかない。

マスコミ報道のような、乱痴気騒ぎもなくおとなしく新成人た
ちは式を終え、町に散っていった。

伝えたいことは山ほどあるが、成人の日の今日にいきなり大人
になれとばかりに言われても抵抗あることだろう。
いずれ、イヤと言うほどわかる社会の厳しさを、今は気にせず
ご両親と今日の日を喜んでくれればと思う。
社会に出れば、毎日、成人としての、社会人としての、心構え
と言動が求められる。
それこそ、日々、成人の日である。

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2007年1月 7日 (日)

荒天中止の山焼き

 何とも激しい荒天となり期待していた、奈良の風物詩の一つ
である「若草山の山焼き」が中止となった。
13日への延期だそうである。本当に残念。

今日は、特別な想いでこの日を迎えたのに...、残念!、の
一言。

奈良の行事は数あれど、子どものころに最も好きだったのがこ
の若草山の山焼きだった。
もちろん、物心ついてから、そして成人してから、また40代
になってからと、また奈良のその他の一つ一つの行事に対して
は想いが深まってはいるが幼心のドキドキワクワク感というの
は、今もしっかりと記憶に残っているのである。

まだ、大人の腰あたりまでしか背丈がなかったとき、見物客で
ごった返す中を母に手を引かれながら歩いて見上げた若草山の
ふもとの空は、大人の頭の間にわずかに見える狭い漆黒の空間
であった。それが、見る見るうちに真っ赤に染まりやがて、闇
夜は高野山の夜店の絵本で見た閻魔地獄のように燃えたぎるよ
うな炎の空と化す。

そんな中を、振袖姿のお姉さんやお兄さんが、なにやら妖しげ
な雰囲気を漂わせながら、歩いているのを子どもながらも艶か
しく感じた。
それは、祭りの夜だけ許される、情念を燃やす夜空のようにも
見えた気がした。

そんな、子どものときの印象の強さや、人ごみの喧騒のお祭気
分の想い出がこの山焼きをいつも楽しみにさせる要因となって
いるのだろうと、自分のことを分析しながらみぞれ混じりの荒
天を見上げる。

延期となった13日は、予定がいっぱいで参加できそうにない。
去年から楽しみにしていたのに。
ウーン、残念だな。

それとも、やっぱりホッとした?!(団長さん?)。

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参院選の闘いに向けて

 テッチャンを候補者として闘う参院選。
自民党は本命の若手官僚が公認申請の辞退を申し出たと報道さ
れた。
テッチャンと同窓なので闘いにくいなぁという感じは若干あっ
たが、それも消えた。
しかし、まだ服部元参議院議員、森岡前衆議院議員、松井県会
議員の三名が公認申請をしているということで、今後はこの三
人の中から選ばれるだろうとの報道。
いずれにしても、相手が誰であろうと闘いは変わらない。
そんな想いをテッチャンとも確認し、今後の選挙戦略を考えて
いかねばならない。

参院選は、全県区の闘い。
これをどのように進めるかが重要だ。
当然ながらに、衆院の各選挙区にある総支部単位で選挙を取り
仕切ることになる。
県連は、調整を中心に行うことになるだろう。
しかし、参院選前には統一地方選があり各総支部でも選挙区内
の統一地方選候補の応援が中心となる。
参院選はその後から、となりかねないのでその点は注意が必要
だ。

いろいろと思案しながら、戦略を立てていく。
実は、こうした裏方のような仕事というのが大変得意な私なの
だが、そればかりに甘んじてはいられない。
全体の指揮を執らねばならないのは言うまでもない。
自民党候補が決まる前の、立ち上がりの早さが勝負となる。

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2007年1月 5日 (金)

若人に語る

 奈良も国会も事務所は平常状態に入り、奈良では新年のあい
さつ回りやら後援会の方々への連絡準備やらであわただしい。
国会事務所も、通常国会の予算委員会に向けての下調べなどで
フル回転状態。
やっぱり、新年明けるとあっという間にいつもの状態に戻る。

一方、子どもたちはまだ冬休みということで家でゴロゴロしが
ちだが、そろそろ3学期の準備をしなさい!、と発破がかかる。

やはり、新年はあわただしい。

そんな中、今日も朝立ちと称する駅頭での演説を朝からやって
ると記者さんが駆けつけている。
どーしたの?、と聞くと知事選に向けての大事な発表が今日当
たりあると聞いてとのこと。
ハァ?。
いったい誰やねん!?、そんなガセネタ流してんのんは???。
記者さんには、ご迷惑なことだったと詫びてしばし話をする。

いずれにしても、とにかく県連としては候補者擁立も含めて全
力で取り組んでいる、とのコメントは変わらない。
一方、自民党筋からは参院選での候補者として最有力といわれ
ていた若手官僚から今日正式にお断りの報が入った、との連絡
が入る。

選挙状況というのは、刻一刻と変化しかつ混沌とするものであ
る。

もろもろを抱えながら、事務所に一瞬戻って、学生さんとの懇
談。

政治のみならず社会のあり方に興味を持っていただける若い方
が増えることを心から望む。
そんな学生さんに、今最も関心のあることはという話の中で、
「マス=大衆、あるいは国民」をどう捉えるかということを語っ
た。

今、私自身、もっとも興味を持っていることでもある。

政治家の言葉は、大衆を大きく動かす力を持っている。

しかし、大衆の行動はマスメディアを通じてしか個人に伝わら
ない場合が多い。そして、そのマスメディアはあくまで「結果
としての行動」しか伝えない。あるいは、「結果としての行動」
に対しての要因の分析は、平面的に捉えられがちでもある。

こうした報道に接したときに、政治家たちは大衆の行動に対し
て表面的な要因をそのまま受け止めるのではなく、「個の要因」
を鋭く感じ取るチカラが求められていることに気がつかねばな
らない。

しかし、残念ながら多くの政治家たちはこのことに腐心するこ
となく、一方的に垂れ流されている「要因」をあげつらうこと
しかしない。あるいはその対症療法を考えるに過ぎない。

このことに、今、私は大きな危惧を抱く。

大衆が右に動いたとき、それをマスメディアは「大衆は右に動
いた」と結果を報道し、「右に動く理由」を個を見ずにもっと
もらしく語る。そして、それはあくまで大きな集団としてのく
くりの中で語られる。
しかし、右に動いた人たちの動機は本当に何だったのだろうか?、
個々の理由は何だったのだろうか?。

中には、日差しがまぶしいと思って動いた人もいただろう。
足元の草むらから虫が飛び出して動いた人もいたかもしれない。
目立つ、大きな声の人が「アッ!」と指差して走り出したのを
見て思わず一緒に動いてしまった人もいただろう。
立ち上がったときに、ふらついて右によろけてしまった人もい
るかもしれない。
そして、実はその地面が傾いているからおのずと右へと動いて
しまう条件となっていたのかもしれない。

それぞれに個々の要因があり、結果として「右に動いた」行動
はあるけれど、その個別の中の要因に潜む「本質」を見極める
ことを失ってはならない。

第四の権力と言われ、あるいは最大の権力と言われるマスメディ
アに対して、今こそ政治家は、そのチカラをもって「こと」の
本質を、「個」を見極めることによって把握し、ぶれることな
く発信し続けなければならない。

衆愚政治ならぬ偉大なる大衆政治、と言う言葉が適当かどうか
はわからないが、大衆=国民を理解する政治家でありたいと願
う。

こんなことを小一時間ばかり話すと、不思議に再度元気がわい
てきて、学生さんにお礼を言って事務所を飛び出した。

政治家のエネルギーの源は、発信する場だと痛感する。

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2007年1月 4日 (木)

仕事始めと新年祈願祭

 今日から、いわゆる仕事始めで事務所は新年スタート。
まずは6時半からの朝立ちから始まるのだが、事務所の始業時
間からは事務所総出での新年祈願祭、初詣となる。

わが事務所の神棚には、お伊勢さんの「天照大御神」、氏神神
社の「添御縣坐神社(そふみあがたますじんじゃ)」のお神札、
崇敬神社の「春日大社」のお神札が、祀られている。

仕事始めは、まず事務所で、神棚に向かって参拝。そして、皆
で事務所内でお神酒をいただき新年互礼会。
その後、地域の氏神神社、添御縣坐神社での新年祈願祭へと向
かう。全員でお祓いを受け、玉串奉奠し、一年の無事と称栄
(いやさか)を願う。
そして、その後は崇敬神社の春日大社へ。地元奈良ではおなじ
みの、春日さん。
ここでも、昇殿参拝させていただく。
新年のご祈祷いただく神官は、同級生のI君。目が合うと、ニッ
コリ。

こうして、朝から半日は神事で終わる。

皆で、恒例のうどんの昼食をとって帰ってきてから、事務所で
のスタッフミーティング。

今年の目標を確認しあう。
これも恒例である。

結局、昨年掲げた目標数値すべてにおいて、最高で9割達成、
均しても8割程度となった。
これは大いに反省。

努力が足りなかったと大いに反省しなければならない。
神頼み、ばかりではダメなのである。

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明恵上人のふるさとへ

 平成12年の総選挙に初挑戦のときの、キャッチコピーが
「”あるべき姿”の実現」だった。

この「あるべき姿」という言葉は、小泉総理の所信表明にも用
いられたりし、メディアにもたびたび踊った。
しかし、私自身は、そのずっと以前にビジネスの世界でこの言
葉に出会い、さらにその後、語源となる「あるべきようわ」の
教えを明恵上人にまでさかのぼって出会うことになる。

明恵上人は、紀州有田の出、鎌倉時代初期の高僧である。
4歳にして両親を失い、その後出家して奈良の東大寺で華厳経
を修める。将来を嘱望されたが、俗世を絶ち故郷紀州の地に戻
り修行を行う。

明恵上人が故郷である紀州の地で修行をしていたのは、23歳
からの3年間であった。上人は、厳しい戒律を守りながらひた
すら釈迦に憧れ、一人静かに修行していたが、一方で煩悩を絶
つために自らの耳をそぎ落とすという行動にまで及ぶ激しさも
持ち合わせていた。

そんな明恵上人が、弟子への教えとして残した言葉が、「ある
べきようわ」である。
「阿留辺幾夜宇和」と表記されたその教えは、表面的には一日
の所業、道具の使い方などを事細かに指示したものであったが、
その本質的な意味は「人は人としてそれぞれの立場、職業、境
遇で、あるべき姿を求めるのが人の道であり、仏の道である」
と説いたものだった。

私自身、この国の「あるべきよう」を求め精進する、の想いで
政治の道へと踏み出したのであった。

そんな明恵上人のふるさと、紀州和歌山を訪ねる機会を得た。
紀州の地は、温暖な中にも大洋に面したその自然の厳しさに耐
える力強さを、湛えているようでもあった。
みかん畑の中の道を歩きながら、800年以上前に生きた上人
は何を想い、座禅を組んでいたのだろうかと考える。

京都、奈良での仏教界の論争を避け、釈迦の宗派を超えた気高
く尊い教えを一筋に極めるために故郷に帰ってきた明恵上人。

上人が修業の後、京都に開いた高山寺には上人の修行のさまが
描かれた「明恵上人樹上坐禅像」が所蔵されている。

松林の中で坐禅を組んでいる明恵上人の姿は気迫にみち、樹上
で人樹一体となり、松にからんだ藤蔓(ふじづる)の先まで力が
こもっている。

今、多くの国民が「あるべき姿」を見失っている。
この国の「あるべきよう」を探す「行」を、求められていると
感じる。

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2007年1月 1日 (月)

「子育て元年」の決意

 明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

さて、昨日の午後11時45分から朝の8時半まではぶっ続け
で元旦祭、元旦参り、元朝祭。
都合、9箇所ほどを回ったのだが毎度のことながらフラフラに
なる。
しかし、今年はそれほど酒をすすめられることがなく、この世
界に入って8年目になるが多分今年が一番楽だったかもしれな
い。

9時前に自宅に戻り倒れるように仮眠を取って、昼前に元旦の
ご挨拶。
新年早々、体力勝負は変わらない。

早速、読売新聞朝刊に一面掲載された「どうする少子化」国会
議員座談会の記事への反応が返ってくる。

標題にもなっていた、子育ては楽しい!、とのメッセージは私
がもっとも伝えたいことでもあるのだが座談会の記事はずいぶ
ん発言が端折られているので真意が伝わるかなぁ、などと思い
ながら紙面に目を通す。

「子どもを生んだ夫婦とそうでない夫婦で年金の保険料率を変
えるのは、一つのインセンティブ(動機付け)になるかもしれ
ません。」との私の発言は、正確には「ドイツなどではこのよ
うな制度を採っている」ということを示した上で、料率を変え
るなり、ディスカウントを図るなりの制度設計にインセンティ
ブを与えるのも一つの考え方として検討の価値があると語った
ものである。

いずれにしても、「カネを配ること」で終わりではない。
あらゆる叡智を結集して、取り組むべき課題であることに違い
はない。

そして、紙面では十分伝わらなかったかもしれないがもっとも
私が語りたかったことは6人の子育て中ということだけではな
い。

子育てと同時に、ヒロコと私の、双方の両親と共に暮らすこと
を選択したことである。

もちろん世の中には様々な事情があると思う。しかし、長男長
女の結婚が多くを占めるようになる中、お互いの両親と共に、
「○○家」という「家」の概念を超えて暮らす知恵を出すこと
の重要さを伝えたかった。
実は、子育ての問題の解決もその暮らしの中にそのヒントがあっ
たりするのである。

まぁ、前にも書いたが、ほとんど「女の中に男が一人」状態で
結構、汗をかきかきの座談会だったので思うことの半分も伝え
られなかったが、じっくり腰をすえて現在執筆中の書籍には、
盛り込みたいと思っている。
また、ご期待いただきたいと思う。

しかし、ヒロコから「子どもも生んだことないのに、お父さんっ
たら、子育て語ってぇー!」と、笑いながら指摘されると、一
言もない。

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