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2006年11月

2006年11月26日 (日)

子どもに伝えたいこと

 子どもの「いじめ問題」の本質について、私たち大人の問題
でもあると前号書いた。

私たち大人が、自己と向き合うことを恐れ、他者と向き合うこ
とを拒絶し、立場や肩書きでしか人に接していない現状こそが、
社会の中で大人が担うべき他者に対する慈愛に満ちた「見守り
の目」そのものを失いつつあることの根本原因であると述べた。

そして、自らは自分と向き合って子どもに向き合ってきたとも
述べた。
しかし、それでも、自身を振り返ってみると、子育ての中で子
どもたちにどのように接すべきかか?という課題については、
悩みながら、のた打ち回りながらだ、と実感する。

子どもと向き合うときに親自身が自己を見詰めなす。では、そ
の上で親は子どもに根本、ど真ん中にどんなメッセージを持っ
て言葉を発するべきなのか?。

様々な聖人君子の言葉や、ありきたりの常識を語っても彼らの
胸には届かない。

親が最終的に子どもに何を望んでいるか?、の一点が伝わる想
いというのは何かを考えなければならない。

そんな時、私自身はいつも、たった一つ。

「自分の力で生きていけるようになって欲しい。」

こう心の中で願い、つぶやいている。

子どもがわがままや怠惰の結果の言い訳を並べ立てているとき
もある。そのこと一つ一つを丁寧に聞き、諭しながらも心の中
でつぶやく。
「おまえ、そんなんでは、社会では生きていかれへんぞ!、お
父さんやお母さんは先に死ぬんやから、ひとりで生きていかん
ならんのに、そんなことを言うてたら社会から取り残されてし
まうぞ!」と。

だから、時には厳しく接する。
社会に出てからの厳しさは大変なものである。
誰も助けてはくれない。
自らが自らを助く、の強い意志を持たなければあっという間に
流されてしまう。
だから、子どもが親の庇護の下にいる間私たちにできることは
社会の厳しい荒波を疑似体験させてやることしかない。
親のすべきは、子どもに負のハードルを示すことだ、と。

どんな、子どもたちもやがて巣立っていく。
翼を羽ばたかせて巣立っていく。しかし巣立った後に待ち受け
ているのは餌を得ることの困難さや厳しい雷雨や敵の襲撃だ。
そんなときに本当にひとりで立ち向かうことができるのか。
巣立った後は、自らが切り開くしかない。
巣立った子どもへは、もはや親は何をしてやることもできない。

だから、巣にいる間、親の庇護の下にいる間に厳しい体験を与
えてやらなければならない。どんなにつらくても約束は守る。
与えられるだけはあり得ない。自らの責任を果たしてこそその
成果を得られるのだと。
そして、仮に打ちひしがれることがあるときは、温かい巣で親
の下で羽を休めることができる。
それが、家庭のあり方ではないか。

と自らに言い聞かせながら子どもと接してきたつもりである。

長女、次女と高校生になると難しい年代になったと感じる。そ
れでも、ここが子どもが巣立つときのためのもっとも大事なと
きだと自覚している。

ヒロコは、「上二人は難しいわぁ...。」と嘆くが、いつも
言っている。
「6人とも難しいんだよ。」と。

子どもが、大人になるときに越えなければならない壁の高さや
厚さは、人ぞれぞれかも知れないけれど、必ずそこにぶち当た
る瞬間がある。
そのときこそ、われわれ大人が経験してきたことを伝える最大
のチャンスじゃないか、簡単に大人になっていける人など、こ
の世にひとりもいないんだから。
まだ、これから難しくなる子どもたちが、あと4人いるから、
二人で頑張ろうね!、と伝える。

「学校に行きたくない」と言い出して、夏休み明けの始業式に
夫婦で学校まで着いて行った次女は、その後私たち夫婦の部屋
で一緒に「合宿中」である。
夜、電気を消して布団の中から、ポツリ、ポツリと問わず語り
に次女が、自分の想いを口にする。
真っ暗な中、夫婦は静かにその言葉を聞き入る。

交わした言葉は少なくとも、心が触れ合える瞬間がそこにはあ
る。

厳しすぎる父かもしれないな、と時々自身でつらくなるときも
あるのだが、そんな私に、ヒロコから次女が夜中に語ったとい
う言葉を伝えてくれた。。

「お母さんは、おじいちゃんにやさしかったでしょう...。
私も、もう少し大人になったら...お父さんにそんな気持ち
になれる時が来るのかな...。」

子どもも、親同様に悩みながら、必死にもがいている。
心の中で、抱きしめるしかない。

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2006年11月24日 (金)

「いじめ」問題の本質

 起き上がりの条件は、衆議院の教育特別委における総理入り
質疑だった。

「国会、22日正常化=教基法、実質審議入りへ−参院 与野党
は21日午後、国会内で国対委員長会談を開き、22日からの国会
正常化で合意した。教育基本法改正案は同日の参院特別委員会
で実質審議入りする。会談では、野党の審議復帰の条件として、
衆院特別委員会で安倍晋三首相も出席して早期に質疑を行うこ
とを確認した。(時事通信) - 11月21日21時1分更新」

前号の記述は間違い。私の勘違いでした。申し訳ありません。
でも、採決終わった後の「総理入り質疑」というのもなぁ...。

さて、参院での教育特の審議が連日行われるようだが、いじめ
の問題やいじめにまつわる子どもたちの自殺など連鎖を断ち切
ることができないままである。

特に子どもたちの「いじめ」については、今に始まった話では
ない。
それこそ、どの時代にも「いじめ」や「仲間はずれ」というの
はあった。
しかし、そこには必ずある一定の線を越えない、「節度」が組
み込まれるようになっていた。その最大の要素は「他人の目」
である。
大人の見守りもさることながら、子どもたち同志の中でも「い
じめ」=「弱いものいじめ」として、「恥ずかしいこと」とい
う価値観も相当にあったのではないか。
幼きころ、いじめを同年代の子どもから窘められることのバツ
の悪さを経験している人も少なくないと思う。

もちろん、幼少期においては自我の強さが勝り「恥」なる価値
観は薄い。しかし集団生活を重ねる中で、他者との違いが個性
によるものではなく自らの感情に任せた幼児性であることに気
がつかされる場面が増えていくと、おのずと恥ずべきことのひ
とつに「いじめ」が挙げられるようになっていく。

この「周囲の目」がいまや相当部分、欠如しだしている気がす
る。

この原因は何か?。
私は、実は私たち大人の側に問題があると考えている。

本当に、真正面から人と向き合って生きているだろうか?。

これは大命題である。
人と向き合うことを恐れ、面倒くさがった結果、他者への意識
は希薄化しもはや役割でしか言葉を発さない人が増え続けてき
た。

役割や立場で語ることは簡単である。
親が子に、夫が妻に、先生が生徒に、上司が部下に、発注会社
が下請け会社に、といたるところでこの役割や立場でモノを発
しいてる。しかも、ある種権限を持って。

そこには、自らを見つめなおした上での人間対人間のぶつかり
あいなどは、およそ介在しないことが多い。
無論、仕事上などは立場でしか語れない場面も多いかもしれな
いが、それでも本当に自らを振り返って、その上で一人の人間
と対峙する覚悟で語らなければならないときは必ずある。

しかし現実は、多くの人が向き合おうとしない。

私が見るにつけ、夫婦間でまず向き合っていない。当然、そう
なると親子間でも同様のことが発生する。さらに夫は、会社で
の人間関係で部下や同僚、上司と向き合うことなど手のかかる
ことはおよそしないだろう。妻も地域での暮らしで同じことが
おきる。こうして、ドンドン「他者に対する目」が社会から失
われていくのである。

向き合うことの難しさは、自らに向き合わなければならないこ
とによる。
人は、自分の弱さやずるさや醜さを実は誰よりも知っている。
だからこそ、それを認めずに今日ある立場をもって自身を語り
たがる。他者を論じたがる。
しかし、本当に必要なことはこうした自らの弱さを認めたうえ
で他人に向き合うことなのだ。

そのときに初めて、人の痛みや苦しみを理解し、そして共に考
え悩み、行動することの手助けができるようになるのである。

今の世の大人たちが、自らに向き合い、夫婦、親子、地域の隣
人、会社の仲間、取り巻く環境の人々と、面倒くさいかもしれ
ないが、困難かもしれないが、真摯に向き合うことをはじめた
ときにこそ初めて、社会に真の「見守る目」が生まれると思う。

自分自身、まだまだ足りない。
しかしいつも、政治家としてよりも何よりも、家族を営むひと
りの夫として妻と向き合い、そして親として子どもたちと向き
合い、まだ達者な親には息子として向き合い生きていくときに、
初めて人々に対して慈愛に満ちたあたたかな眼差しを持つこと
ができると思っている。

6人の子どもとはいつもどんなときでも、きちんと話し合って
きたつもりだ。忙しいなどは、理由にならない。どんなに時間
がかかろうと、お互いがつらくても、齢を重ねているものとし
て伝えなければならないことは臆せず、逃げずに伝えていきた
い。親子の年齢差や立場の違いは、お互いが直ぐに完全に理解
しあえるものではないことも十分承知している。
しかし、それでも「あなたに伝えたいことがある」の想いは決
して消えない。向き合うことの重要性を、今も子育ての中で学
ばせてもらっていると思っている。

いじめの問題は、対症療法では決して解決しない。

本質的に、子どもたちの問題ではなく、私たち大人の問題であ
ることを忘れてはならない。

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2006年11月23日 (木)

起き上がり

 起き上がって、ジャブを繰り出すが当たらない。
そりゃそうだ。
パンチが当たってダウンし(寝て)たのではなく、自ら倒れて
いたから。
闘志満々の強力なパンチなど繰り出せるはずがない。
恥ずかしくって。

と、行くところ先々でお叱りをいただく。
ウーン、厳しい。仰せのとおり、とひたすら受ける。

しかし、何度も国会の対応というのを見ているが本当に難しい。

水曜日から起き上がり=正常化ということで、条件は参院での
教育特委に総理入りでテレビ入りの質疑。
でも、重要法案の特別委の基本的質疑は通常そうなんじゃない
の?、これって勝ち取ったもんなの?。

沖縄知事選の結果が影響したとマスコミははやし立てるが、関
連付ける必要は何もない。
それよりも、なんとなく「戦う空気」になっていないまま対決
に臨むことこそ戒めなければならない。

そんなわけで、ものすごーく気の抜けたビール状態が続いてい
る気がする。何とかしなければ、と気をもむのだが今の自分の
立場でできることは限られている。

与党も安堵の状態なのか、金曜日の委員会も本会議もなさそう
だ。
これって、この木曜日から月曜日までの5日間は地元ってこと
かぁと、活動に力点を置く。

今日も、各種会合に顔出し。
奈良公園の紅葉も、気がつけば今が盛りだ。

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2006年11月21日 (火)

審議拒否の苦悩

 今日も、街頭や集会等で審議拒否についての厳しいご意見を
たくさんいただいた。

わかってます。

理由を述べても国民の同意を得にくい「絵柄」となっているこ
とは。

しかし、国会に来て2年11ヶ月(まだ、3年経ってない!)
だが、会期制を取る現行法での国会審議では、野党の抵抗とい
うのは「審議日程を如何に延ばすか」にしかない。

粛々と審議して採決をすれば、絶対多数の与党で決まり。
野党のとりうる方法は、ありとあらゆる手立てをもって世論を
喚起し、審議日程を引き伸ばして会期中での成立を阻むことし
かないのも事実。

そのためにかつて行ってきた物理的抵抗手段の一つである牛歩
戦術などというのはもはや滑稽にすら写るが、それしかなかっ
たという過去の経緯もあるのかもしれない。

さて、21世紀に入り世の動きは変わりつつある。
人々は情報の氾濫の中で、ある一定程度の尺度を持って取捨選
択を行うようになってきた。
すべてをお上からありがたく押し戴くのではなく、自立的な選
択者として行動をし始めている。

このような状況にある今こそ、「抵抗」のアピールがいるので
はないか。
それも、徹底審議を求めた上での抵抗を示すことが求められて
いるのではないか。

今回の教育基本法特別委では、野党欠席によって与党による単
独採決がなされたが、国民には野党の反対の意図が十分伝わら
なかった。

いじめや未履修問題に始まり、その後はやらせタウンミーティ
ングなどもはや「だまし」と「責任逃れ」の実態のオンパレー
ドに、そもそも「教育の基本」を論じる前提条件すら整ってい
ないのではないか?、の議論が十分に国民に伝わっていたのだ
ろうか。

むしろ、「なぜ、民主党は教育基本法の改正に反対するのか?」
といった声を聞く。
反対ではなく、対案を提出してきた経緯すら多くの人々に一顧
だにされていない状況を深く反省しなければならない。

タラレバを言っても仕方ないが、「教育を論じる場だから」の
配慮によって強行採決阻止の「強硬手段」がなされなかったこ
とは、果たして国民へのアピールを考えたときに良かったのか?。

結果については、誰でも後に論じることができる。
従って、私も一評論家でいるつもりはないが、今回の場面は強
行に採決を急ぐ与党をあぶりだす意味においても物理的抵抗も
あったのかもしれない。
果たして、どうだったのか?、の自らへの問いかけは続く。

2年前、年金問題を小泉内閣に強行採決させた場面は、それま
でのわが党執行部の年金未納問題を吹き飛ばすほどのインパク
トを国民に与えた。

今回はどうだったのかと重ねて考えてみる。

「国会対策」という、「人の対策」を軸にすえる仕事の果てな
い難しさを改めて思う。

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国政と地方政治

 福岡市長選挙は吉と出た。しかし沖縄は厳しい結果となった。
選挙で一喜一憂するのではないが、必ずこれらの結果に対して
世間から論評されるのであろう。

政治の難しさは、各種選挙との関連付けである。
いつも思うのだが、果たして国政がどれほど首長選挙と関連性
があるのだろうか。
中央では、いまだかつて選挙による政権交代がなされたことは
ない。
議院内閣制という制度の中で、総理を選出し内閣を支える与党
と、政権を伺う野党が議会を通して対立的に法案の策定の是非
を巡っての論議を交わしたり、内閣の措置を監視するのは当然
である。

しかし、地方政治は決定的に違う。
首長は直接選挙によって選ばれ、理事者として全面的に議会の
監視を受ける。そこには国政にいわれるような議院内閣制の下
の与党は存在しない。
議会のあり方が根本的に違う。

しかし、世は首長選挙を「二大政党制を担おうとする政党の責
任」とする。マスコミもそれに同調する。

本当に、そうなんだろうか。

いまだかつて、選挙による政権交代を経験したことのないこの
国の国民が、政党に地方自治においては「当然の責務」のよう
に首長を担うことを求めているのだろうか。

もちろん、そういった声があることを否定しているのではない。
しかし、根本的な疑問を感じる。

国政と地方政治を一義的に結びつけて、この国の政治を語って
いいのだろうか。

結果を踏まえていうのではなく、あり方から考えての議論を必
要とするのではないか。

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2006年11月20日 (月)

貸し金業者側の参考人質疑

 先週の金曜日、国会が「不正常」となっているが、現地視察
や参考人質疑は相手のあることだからと、委員会が例外的に開
かれることになった。
もちろん、国対的にはいまだ全面ストップである。

朝9時半から財務金融委員会で神田への現地視察。
もう先週にオニケンと入念にチェックしているのであらためて
見るものは何もない。
無人機も、見学ではなくてやんなきゃねぇ、と眺めているとマ
スコミの取材が殺到し周りは黒山の人だかりとなる。

逃げるように、三井住友銀行本店へ。
都銀と貸金業との提携について話を伺う。
12時に会館に戻って、すぐに参考人質疑の中身のチェック。

理事会での要求事項を中心に取り上げて欲しいとの理事からの
要請で、質疑の大半を振り向けることにする。

貸金業法での今まで議論されていない論点については、金融庁
への質疑にするとするか。

国対方針での質疑を振られることが、相当多い。
もちろん、それはそれで取り組まなければならないことと理解
しているが、なかなか今回のも難しい。

引けていてはいけないので、気持ちを切り替えて思い切ってい
く。
そういう意味では、ある程度腹も据わってきた。

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2006年11月17日 (金)

山形県長井市長選挙応援

 山形の長井市長選挙。
同期の近藤洋介代議士の地元の市長選ということで応援に駆け
つける。

近ちゃんの後援会長が立候補ということで、お役に立てるなら
ばと引き受けた。夕方に新幹線に飛び乗って夜の街宣と個人演
説会3箇所。

もう相当に山形は寒い。
さすが、東北の空気だ。
長井市は有権者2万5千ほどの小さな市だが、財政が逼迫して
おり合併を選択しなかったことが今後の市政にどのように影響
を及ぼすのかが問われることになるのだろう。

応援候補は、市長の退職金ゼロ、市議会議員定数半減を掲げて
戦う。

4人の候補者で混戦気味のようだが、近ちゃんの熱気が伝わっ
てきてこちらもヒートアップ。まだまだ、言いたいことはいっ
ぱいあったが最終の新幹線に乗るため、最後の個人演説会場を
飛び出す。

駅までの車中、運転手の近ちゃんの後援会の方が、「郷土のお
いしいものでも食べてもらっていただけたら、いいんだがぁ。」
と気遣いいただいたが、なんせ選挙だし国会あるし。
米沢牛肉弁当を近ちゃんの分まで二つもらって新幹線の中で食
べることに。

新幹線駅では、自民党の加藤紘一代議士と、遠藤武彦代議士と
バッタリ。
お二方とも、長井市長選挙か。

どうやらここも総力戦のようだ。

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2006年11月15日 (水)

今国会のヤマ場

 昨日は、月曜日の夜遅くに急遽委員会が開かれるからという
ことで古本理事からの連絡を受けて、朝早くの電車で上京して
きた。夜行や名神・東名を走るなどの事態ではなかったが、そ
れにしてもやはり速くても4時間の道のりがあるというのはな
かなかにハンデだ。

さて、国会に到着して委員会の部屋に行くのだが一向に始まる
様子がない。理事会で協議中とのこと。結局午前中、まるまる
委員会室で待機となってしまった。

先週末、安保委で防衛庁省昇格法案の日程を巡って攻防があっ
た。さらに教育基本法を審議する教育特委でも出口を定めたい
与党との綱引きが続いている中、福島知事選の前民主党参議院
議員の佐藤雄平候補の勝利などが微妙に影響を及ぼし、国対の
対応に作用した模様である。

補選二勝で沸いていたはずの自民党だが、アメリカ中間選挙の
結果や教育特委で明らかとなった「やらせタウンミーティング」
などが、政権に影響を及ぼしだしたとメディアもささやきだし
た。
そこでの知事選の結果。

なるほど、一転してわが方は強気の交渉に立ち、むこうは守勢
に転じているのかな?、などと推測してみるが、いずれにせよ
日程が定まらないというのはこちらとしても取り組みが難しい。

結局、遅れ遅れて午後5時に委員会が開き、財金委では今日水
曜日から審議が始まる。

貸金業法の審議が始まったと思ったら、午後に入り教育特委が
与党が強行して締めくくり総括質疑に入った模様。
俄然緊張が高まる。

結局、すべての審議がストップ。
そして、午後5時過ぎ、教育特委で与党のみにより採決。
国会は完全に「不正常」に突入だ。

明日からの審議は見えない。
とりあえずの金曜日の参考人質疑もあるかどうかわからない状
態になった。

さぁ、明日から国会は止まるのか、それとも粛々と審議が再開
されるのか。
残念ながら、国対の一員でもなんでもないのでただただ状況を
見守る以外にない。

今国会一番のヤマ場だ。

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2006年11月12日 (日)

サラ金現地調査

 サラ金にカネを借りに行った。

というと、まぶちも相当に困っているのか?、と言われてしま
いそうだが、サラ金の実態を体験しに行ったのであった。

まもなく、貸金業法の改正案が審議される。
閉会中にも話題になった、グレーゾーン金利撤廃に向けての法
案改正である。

来週にも出番があるかも知れないということで、準備に入ろう
とまずは全体の方針を決めて、フィールドワークへ。

新橋、神田を歩く。
オニケンと二人で、まずはサラ金の無人機へ。

画面のメニューに従ってボタンを押していくのだが、すぐに機
械に取り付けてある受話器をとるように指示される。
受話器の向こうからは、明るい女性の声で様々な質問が繰り返
される。それに応えて、受話器を置く。

すると、また受話器を取れとの指示。
ボタンを押しては、受話器。

目の前に人はいないが、実質、対面とあまり変わらない。

後ろで、写真を撮っているオニケンのことを聞かれる。
「えーっと、仕事の同僚です。」と、これは間違ってないよネ?、
とオニケンと確認しながら返答する。
誰か、そばにいて無理やり借りさせられている状況を想定した
のだろうか?。

30分で借りられる、という話は実際はずいぶん違った。
結局、東京での宿舎住まいを証明するのに必要とされる証憑を
提示できないということで、スピードキャッシングのうたい文
句通りに借りることはできなかった。

ウーン、やってみないとわからないことが結構あるな。
自動機での借り入れはうまくいかなかったが、新橋や神田の駅
周辺に400軒はあるというマチ金、ヤミ金を調べる。

と、新手のヤミ金商法を発見。
巧妙な手口に思わずうなる。

貸金業法の問題もさることながら、こうしたヤミ金の取り締ま
りそのものに問題はないのか!?。

現場での実態を、わずかの時間ではあったが知ることができた。

続いて、大手サラ金の元役員や部長クラスからのヒアリング。
多重債務者や被害者も含めて、表面に出ている問題だけではな
く、本質に迫りたい。

新たな問題提起につながればと思っている。

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2006年11月10日 (金)

氷川分館と石神井グランド

 日銀の保有資産についてもひとつ。
日銀の保有資産の処分や有効活用は99年1月の方針決定によ
り鋭意進められている。

いわゆる豪華な支店長宅など槍玉に挙げられたものについて、
自ら処分を進めているという。

その中で、赤坂にある「氷川分館」という迎賓施設は処分対象
にはならずに現在も維持運営されている。
いわく、業務上機密を要する会合を行う施設だそうである。

固定資産税評価額は76億円。週刊現代が報ずるところの時価
は250億円。この施設の維持には建物修繕費、設備保守料、
水道光熱費、警備関係費、公租公課などで年間約1億2千万円
がかかっている。

機密を要する会合とは何か?、機密を保持する施設の要件とは
何か?、機密を保持する機能はどのようなものが備えられてい
るのか?、など何一つまともな答弁は返ってこない。

ホテルを利用しての会合などはないのか?、と問うと、あると
の答え。
本当に、必要なのか?、氷川分館?。

贅沢な施設を維持するがための抗弁にしか聞こえない。

一方で、「処分します、都と交渉中です」と言っている石神井
公園隣地の石神井グランドなどは実態として交渉などまったく
進んでいないことが明らかになった。

目黒区選出の民主党の若き都議会議員の伊藤ゆう議員にお願い
したところ、すぐさま都に要求していただき、手にした資料を
見るとなんと、都のすべての公園用地取得予算は年間18億円。
石神井グランドは固定資産税評価額だけでも58億円、報じら
れている時価は110億円にもなる。
しかも公園事業認可すらされてもいない。

さらに同公園内の事業認可済みで取得の必要な土地だけでもグ
ランドの1.3倍もある。
要は「交渉中でなかなか進まない」のではなく、進む要素がな
いということである。

これで、頑張ってる!処分しようとしている!というのはアリ
バイ作りではないか?。一方で氷川分館は、なぜ機密上重要で
あり必要か、を明らかにしないまま処分対象から外す。
国民感情からすると、呆れられるゾ!
村上ファンドの件で、福井総裁は相当信用を失っている。
そのことを、肝に銘じるべきではないのか。

与党の理事が廊下で、「日銀は金持ちだねぇ!」と私にささや
いてきたが、このように思われてしまうこと自体が問題なのだ。

中央銀行の信頼を自ら損ねるようなことをしてはならない。

氷川分館は、視察に行く。

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日銀の独立性

 久しぶりの日銀総裁への質疑の機会。
デフレ脱却宣言、利上げのタイミングやインフレターゲッティ
ングなど金融政策について聞きたいことは山ほどあるが今回は、
改めて日銀の独立性を脅かすような与党の発言について質疑。

10月13日に行われた安倍政権としては初の「経済財政諮問
会議」。
ここで、民間委員も含めて安倍政権の掲げる「成長路線」につ
いての議論がなされたのであるがその場での日銀福井総裁の発
言に、中川秀直自民党幹事長が噛み付いた。

福井総裁は、諮問会議民間議員の提言にある「成長なくして未
来なし」という理念に「私も基本的に賛成である」と述べた上
で、成長戦略が「耳障りに良すぎないか?」と語った。
イノベーション、オープン化によって実行されるプログラムは
決して甘い課題ではないとした上で「成長の実現までにまず時
間がかかる」と指摘した。
また、さらにイノベーションを進める上で、「イノベーション
を身につけた人と、イノベーションをなかなか身につけられな
い人との間の所得の差はむしろ、さらに広がる」と警鐘を鳴ら
したのである。

この福井総裁の発言に中川幹事長は「成長のメインエンジンに
ブレーキが組み込まれていることはあってはならない」として
福井総裁の発言に対して「単なる経済政策議論を超えた政治的
意味合いを含んでいる可能性があるのか。ないのか。」と唱え
ている。さらに「安倍首相との意見の相違があるのか。ないの
か。」とも重ねる。
その上で、成長戦略や格差問題について「管轄外の日銀側から
忌憚のない意見が出た。次は政府と日銀の間で名目成長率につ
いて忌憚のない意見交換が行われるべき」と言及した。

これは、完全に与党の中枢にいる幹部からの日銀へのけん制に
他ならないのではないか。

福井総裁は、インフレターゲッティングに慎重姿勢を崩さない。
一方、中川幹事長は自著の「上げ潮の時代」にも、世界で「物
価安定目標」を明確にしているのは日本とアメリカだけで、そ
のアメリカもFRBバーナンキ議長はインフレターゲッティン
グ推進論者だから、早晩日本だけになってしまうかもしれない、
金融政策は極めて重要で政府と目標を共有できる中央銀行が必
要だと論じる。そして「日本では、この原則が必ずしも理解さ
れていない」、「どうも理解が進まない」と指摘している。

誰の理解が進まないのか?。
この文脈からは、日銀以外にない。つまり、福井総裁に対して
厳しく「理解せよ」と発信しているのである。

このような考え方があるのはかまわないが、与党の幹事長の立
場で、極めて政治的に重い立場にいる方が、経済財政諮問会議
での自由闊達な意見に楔をさすような発言はいかがなものだろ
うか。

もちろん、福井総裁はこのような中川幹事長の発信に対しても、
幅広い議論を重ねたいと応えている。

しかし、福井総裁が忸怩たる思いでいるのは間違いないだろう。
事実、福井総裁はこの火曜日の都内の講演で政府と日銀の役割
について「明確に分かれている」と述べ、経済財政諮問会議の
位置づけと日銀の金融政策決定会合の位置づけも「両者のコミュ
ニケーションが円滑に行われるように出来上がっている」と述
べられている。

決して総裁の発言は、「ブレーキ」とはなりえないしコミュニ
ケーションの場の経済財政諮問会議の位置づけはなんら問題な
い。

むしろ、このようなかたちで圧力をかけているかのような幹事
長の発言の方がむしろ問題である。

日銀の独立性をしっかり守り、そして福井総裁も自身の襟を正
していただきたいと思う。

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2006年11月 7日 (火)

インテリジェンス研究

 インテリジェンス研究を行う勉強会。

ここでいうインテリジェンスとは、いわゆる諜報活動のこと。
今年の通常国会予算委員会でも取り上げられた「上海総領事電
信官自殺事件」などでも、麻生外務大臣答弁は「インテリジェ
ンスにかかわる」との一言で、質疑には一切まともに取り合わ
なかったことが記憶に新しい。

そう、外交安全保障問題でもこの、「インテリジェンス」の一
言で片付けられてしまう場面が多々ある。

じゃぁ、わが国の「インテリジェンス」ってどうなってるの?!、
の素朴な疑問から研究会の立ち上げに賛同し参画した。
そして、質問主意書を10月2日に議長に対して提出した。
題して、「インテリジェンス・諜報業務に従事する政府職員の
研修・教育体制に関する質問主意書」。

内容は、外務省、警察庁、公安調査庁、防衛庁及び自衛隊、海
上保安庁における諜報業務に従事する職員の研修・教育内容の
実態把握の明示と情報機能強化に対する内閣の見解を問うた。

当然ながら、諜報業務の性質上、明らかにすることができない
部分があることも理解しながら一方で、民主的コントロール下
に置くことが必要であることは言うまでもない。

果たして、その回答は言うと、いわゆる木で鼻をくくったよう
なものしか返ってこなかった。

いわく、「外務省」では「外務省研修施設等」において職員に
対し国際情勢についての情報の収集及び分析等に関する研修、
「警察庁」では「警察大学校」においてテロ対策及び対日有害
活動対策の中核となる幹部警察官等に対し情報の収集及び分析
等に関する研修、「公安調査庁」では「公安調査庁研修所等」
において公安調査官に対し情報の収集及び分析等に関する研修、
「防衛庁」では「情報本部等」において職員に対し国際軍事情
勢等についての情報の収集及び分析等に関する研修、「海上保
安庁」では「本庁等」において海上保安官に対し警備情報の収
集及び分析等に関する研修を行っている、である。

さらに情報機能強化に対する政府見解は、「具体的な強化策に
ついては、今後、政府において、様々な観点から検討していく」
である(!)。

ウーン、やっぱりわけわからんよな、こんなんでは...とい
うことで、研究会なのである(前フリ長いな)。

で、研究会では出席者は立場も含めて一切明かせないのだが
(エー、われわれのインテリジェンスの関係で...)、活発
な議論が繰り返された。

わが国における各機関の情報収集及び分析に対する考え方など
興味深い。
とりわけ、分析に関しては競合的な議論がなされるほうが良い
との意見は、納得いく指摘でもあった。

収集については同レベルの知見を持つものがお互いに協力しな
がら、一方で分析は多角的な意見によって全体像を浮かび上が
らせることができる。

なるほど、でもこういうのって実は企業の事業調査やマーケティ
ングでは日常的に行われてたりするような気がするが、企業と
国家機密を扱う機関と同レベルで論じると怒られるかなぁ...、
と恐る恐る発言する。

さっ、インテリジェンスを勉強して、インテリになろう!

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信託法改正

 もうだいぶ日が経ってしまったのだが、先週の水曜日に信託
法の抜本改正に関する財務金融委員会と法務委員会の連合審査
が行われた。

信託業法の改正が2年前に行われ、遅れて基本法となる信託法
が改正されることになるのだが、実に85年ぶりの改正である。

2年前にも、業法改正よりも基本法改正が先だろうと指摘した
のだが今回やっとの改正だ。

同期の財金委の古本理事から、「財金代表で、頼んます!」と
言われちゃぁ、断れない。
まぁ、対決姿勢になるような法案審議ではないと思うが、それ
でも問題点の指摘だけはしておこうと40分の質疑を行う。

信託の歴史は古い。明治38年に制定された「担保附社債信託
法」を最初の信託関連法案として持ったわが国は、事業が先ん
じて「信託」が広まっていったのである。これは当時、国策と
して外資獲得の意図の下、信託事業が導入されたのだが、十分
な法整備がなされていないがために高利貸しや不動産仲介など
およそ「信託」とは呼べない事業まで「信託」の名を冠する状
況が発生してしまった。
大正10年には、「信託業者」が514社、「信託会社」が4
87社と、まさに乱立状態になったのである。
この、信託制度の乱用を是正するために大正11年につくられ
たのが、「信託法」と「信託業法」であった。

本来なら、一般法である民法と特別法である商法の関係のよう
に、信託法が定められたうえで信託業法が規定されるべきなの
だが、そうではなかった歴史がある。

信託とは何ぞや?、との規定を行って業法の改正を行うべきが
本筋であることは間違いない。
今回も、このことに関しての問題意識を質した。

その上で、今回の法案審議の論点としてさらに指摘したのは
「福祉信託」に関してである。

そもそも信託の概念は、英米において発展してきた。それは、
未成年者や障害を持つ家族構成員のための信託など、家族の文
脈での財産の承継や財産管理、扶養のために展開してきた。
こうした法理形成の下、信託がやがて金融・投資、事業、流動
化・証券化などの商事目的に活用されるに至る。
この変遷を考えると、福祉信託として配偶者や障害を持つ子に
自己の死後を考えて弁護士などに信託依頼することが行われる
ことは想像に難くない。

しかし、上記のような場合でも弁護士等が反復継続を行えば
「業を行っている」として信託業法の適用の可能性が生まれる
ことになる。すなわち弁護士では担い手になることが許されな
くなるのである。
福祉信託の充実を図ることが、二年前にも附帯決議となったこ
とを考えると、あまりにも金融庁の杓子定規な対応は目に余る。

山本大臣にも、どうか信託の立法精神にのっとって対応をお願
いしたいと訴えた。

その前の、自主共済では踏み込んだ発言をいただいたのだが、
今回は慎重答弁で終わった。

ウーン、残念!。
金融庁の官僚たちに、押さえ込まれたか...、大臣?。

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