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2006年9月

2006年9月29日 (金)

予算委員会と財務金融委員会所属

 小沢新体制の下での仕事が決まった。
希望通り、予算委員会委員となった。

2期生では、ただ一人の委員。
枝野幸男さんを筆頭に、岡田克也さん、前原誠司さん、原口一
博さん、玄葉光一郎さんと党の元代表や元執行部がずらっと居
並ぶ。
論客中の論客が勢ぞろいの中、末席を汚さぬように必死につい
ていかねばならない。

とにかく、「その日暮らし」と呼ばれる予算委員会は日程すら
前日まで決まらないことが多い。
与野党激突の大舞台であるだけに、委員会を開くか否かからの
戦いなのである。

来週の代表質問以降、早速委員会が立つ可能性もあり心して準
備をしなければならない。

加えて、財務金融委員会にも入ることとなった。
グレーゾーン金利の問題がある貸し金業法改正が俎上に上る。
これも国民の注目の的となる法案だ。

この二つは、ちょっと、キツイかなぁーとは思うが、まっ、そ
れだけ頑張れということだと受け止めている。

とにかく、予算委員として国会の論戦のど真ん中に、また立た
せていただける栄を胸にがんばる。

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安倍新内閣と高市大臣

 安倍総理誕生とともに、組閣が為されその感想を方々から問
われる。

感想と言っても、まだ何もその内閣の方針も具体策も示されて
いないのにコメントしようがない。
「何も、コメントすることはございません。」というコメント
でも出しとくか?、とも事務所で話していたが、それもマスコ
ミ軽視とお叱りをいただいてしまうのか。

しかし、顔ぶれを見て「感想」を政治家に求めるのはいかがな
ものか。問われるのはその内閣の施政方針でありその実行力で
ある。布陣に対して論評するのは、評論家の方々に任せておけ
ば良いと思う。
マスコミは、その意味では今日においてもなんら変わらない。
むしろ、国民の側のほうが「つまらないこと聞くな!」と思っ
ているのではないかとさえ感じるのだが、どうだろう。

さて、さらにマスコミからの取材の焦点はかつて2003年の
選挙で戦い、その後2区に移られた高市代議士に及ぶ。

2区ではわが党は議席を失った。党および応援してくださって
いる皆様方にはさまざまな思いが渦巻いているかもしれないが、
私としては奈良から選出された代議士が国のため、地域のため
立派に重責を果たして欲しいという以外にない。

こう言うとすぐに、「民主党奈良県連会長としてそんなこと言っ
てて良いのか?」とのご批判は飛んでくるかとは思うが、同じ
政治家として敬意を表すべきは何のてらいもなく発するべきだ
と思っている。

それと、選挙は別の話だ。

高市さんには、心からお喜び申し上げるとと共に頑張っていた
だきたいとお伝えした。

ただし、いざ国会となれば論戦の場。
大臣として国を担う発言に、ブレや誤謬は許されない。

堂々と論じ合える日を楽しみにしている。

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韓国の情報通信政策

 韓国のナムグン・ソク元情報通信部長官との懇談。
韓国の情報通信事情を聞く。

ナムグン元長官は、日本の情報通信インフラをはじめとする整
備の立ち遅れを指摘される。そして、その整備の課題は韓国で
言えば、通信とコンテンツとディスプレイだと語る。

通信は、やがて光の速さに収斂されるであろう。
そしてモバイルが主流になりつつある韓国では、PCやTVの
ように家庭やオフィスに据え置かれているものと、携帯電話の
ような移動端末の役割がより一層クロスオーバーしていく。
「出力表示」の機器が今後、どのような役割を担うか?、既成
概念を拭い去らねばならない。
コンテンツも、新たなものと既にあるものが融合しながらも新
たなルールに基づくコンテンツにどんどん置き換わっていく過
渡期を迎えるであろう。
と、語られる。

ナムグン長官には、韓国で強力に推進されているイーラーニン
グの話を興味深く伺う。
失敗例も含めて、いまだ混沌とした状況ではあるが、インター
ネット人口を国民の7割にまで高めた自負が覗く。

先日の大連ソフトウェアパークのBPOといい、わが国の立ち
遅れは目を覆う有様に見える。

この一年間、政府のIT調達に関わる要職の方々が、駆け込み
寺のようにわが事務所に来られては、相も変わらずのなぁなぁ
ぶりを嘆き、窮状を訴えられてきた。
いずれ、国会で取上げるべく準備をしていたつもりだが、国の
取り組みの物足りなさは、もはや問題となるレベルにあるかも
しれない。

懇談に参加した同僚議員から、課題はインフラと著作権と通信
と放送の業際あるいは今後の融合についてではないか?、その
ことに関しての政府の関わり方はかくあるべきか?、との質問
が為されたが、十分なお答えをいただけなかった。
これから、われわれとしても解を求め模索していかねばならな
いであろう。

しかし、ナムグン元長官からは、「日本と韓国の底力の差はま
だまだ10年、20年ある。」と日本の力を評価されながら、
「すでに韓国が勝っている部分がある。」との現実を語られる
と、もっと強く認識しなければならないと改めて思う。

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2006年9月27日 (水)

雨中の本厚木駅

 朝一番で、小田急本厚木駅に向かう。
神奈川16区の応援だ。

土砂降りの雨の中、街宣でスタート。
しゃべり終わりかけるころ、携帯が鳴る。

コ、コ、コーノヤロー!じゃなかった、河野太郎!
太郎ちゃんからの電話にあわてて出ると、「まさか、本厚木駅
前などにいるんじゃないでしょーねー!」の声。

恐るべし、太郎ちゃん。衛星でも使ってんか!?。
副大臣の重責から解き放たれて、縦横無尽に16区内を走り回っ
ておられる様子。
「2時間だけだよー!」と言いながら、その後は必死に駅前商
店街を周る。

うーん、手ごたえでてきたなぁ!。
やりがいあるゾ!

もっとも雨足の強いタイミング、頭のてっぺんからつま先まで、
ずぶぬれになる。

しかし、選挙に天候など関係ない!、とばかりにマイクを握り、
一軒一軒訴える。

小泉さんが退いて、街の皆が、夢から覚めたような顔になって
いる。
そっ、劇場の終演は、自民党政治の終焉だ。

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首班指名選挙

 本会議にて、議席、会期、議運委員長の指名がなされて、内
閣総理大臣の指名(記名投票)が行われた。

われわれは、「小沢一郎」と書く。
もちろん、与党は「安倍晋三」。

自民党票292票プラス公明党票31票で323票。
結果は、339票で安倍晋三氏に決定。16票増で決着。

民主党の衆議院議員は113名。結果の得票は115票。
2票増は、無所属のどなたか?。
会派を離れて中立的立場を守らなければならない院の役職者お
二人はともに投票をされていない。だとすると、離党された議
員のかたがたか?。

無所属が20名(今村雅弘、江田憲司、江藤拓、河野洋平、下
地幹郎、鈴木宗男、武田良太、徳田毅、中村喜四郎、西村真吾、
野田聖子、平沼赳夫、古川禎久、古屋圭司、保坂武、保利耕輔、
堀内光雄、森山裕、山口俊一、横路孝弘)。
この中で、先述の2名を引いて18名。

勝手なことを言えば、わが党離党の1名と、与党離党のどなた
か1名か?。

一方、国民新党・日本・無所属の会などからは6名(糸川正晃、
亀井静香、亀井久興、滝実、野呂田芳成、綿貫民輔)の議員が
いるはずなのに綿貫民輔氏に5票。
この1票はどこに流れたか...?。

無効票というのもあったが、これも誰かわからない。
誰にも投じたくないという議員がいるってことだ。

このように、狭い世界でも多少の票の流れがあるということを
考えると、選挙というのは本当にわからないものだ。

かくして、第90代の安倍晋三内閣総理大臣が誕生した。
とにかく、われわれとしても国会論戦の中で政府を質していく
しかない。
来週からの代表質問で幕開けだが、その前に金曜日に所信表明
が行われる。

どのような所信となるか、大いに楽しみにしている。

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2006年9月26日 (火)

第165国会召集

 本日、国会召集ということで昨日の臨時党大会を受けて、午
前中に両院議員総会が開かれ、党執行部の体制が決まった。

昨日の臨時党大会で、小沢代表の選出が決まりあわせて菅代表
代行、鳩山幹事長の選任も決まった。残余の人事が両院議員総
会で承認された。

マスコミは、党大会直後の小沢代表の検査入院で右往左往して
いるようだ。
国会は粛々と始まりそして国民の代表としての責任を、党内議
員一人一人がしっかり担っていかなければならない。

今、自分がやるべきことは何か?、何ができるか?、を考えて
行動する以外にない。

これで、体制は決まった。
まもなく誕生する安倍内閣の顔ぶれ予想も、飽きられてきたよ
うだ。
政治は、生活に密着したもの。
昨日の党大会での小沢代表の言葉だが、その通り。

演出や目だった行動などで気を引く、劇場はもう終わりだ。

生活を考える、国会にしなければならない。

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2006年9月25日 (月)

数字で見る101日間

 いよいよ明日、国会召集ということで上京する。
今日は、臨時党大会で小沢代表が改めて選出され、新執行部が
スタートする。

6月18日(日)の閉会日を前に金曜日の6月16日に実質的
には国会は閉じた。
そして、明日の召集までの実に101日間の閉会期間があった。

閉会前に予定していた目標の半分も達成できなかったと、再々
お伝えしてきたが振り返るとあっという間。

101日間を数字で振り返ってみる。

完全休養は4日。
梅雨も明けない夏の初めに、子どもたちと海水浴に出かけたが、
結局その4日間が閉会中に取れた唯一の休みとなった。
盆休みとして5日間は事務所を閉めたが本人とヒロコは地元周
りに精出した。

予想外だったのが、地元以外への応援や講演の依頼。
九州の小倉、福岡、長野の上田、静岡は浜松に広島、京都、そ
して神奈川の厚木、伊勢原、大阪の八尾、茨木、池田とこの閉
会中に20日間ほど飛び回ることになった。

視察は控えめにしていたのだがそれでも、観光政策で会津、ソ
フトウェア拠点の中国の大連、併せて4日間。

上京しての東京での講演活動は、さまざまな会にお誘いもいた
だき、10日。
参院選対応での選対との打合せや政調の党務などで、東京での
活動が10日。

それ以外は、地元での活動だったが、大阪まぶち会の設立準備
会や、第二回まぶち会総会など後援会の会合の準備に追われも
した。

閉会中にはお盆の期間も含めて68日間の「平日」があったが、
その間の駅頭や街頭での演説は47日。地元を離れている時も
結構多かったので、逆に言えば奈良にいる間は、常にマイクを
持ってどこかに立っていた。
いつもどこかで見かけていただけたのではないかと、思う。

ポスターの掲示枚数は、この間に約300枚。
シビックミーティングなどのタウンミーティングは月イチで3
回、ミニ集会は延べ100時間、ビラのポスティングも強化し
て、30万枚。

以上、数字で見るとよーく見えてくるものがある。
そしてなんと言っても、閉会前に大工程として掲げていた目標
には達していない現実もある。

なんとも悔しい思いなのだが、みんな頑張ったし、ずーっと頑
張り続けることができないのも人間の実際だし、まっ、いっかー
という想いもふとよぎる。

国会が始まるとあってはこの後の地元は、事務所に委ねるしか
ない。

事務所スタッフは数字に追いかけられた101日間だったかも
しれないが、数字には現れてこないけど、もっともっとよく見
えてきたこともたくさんある。

変わらぬ人の温かさ、迷いながらも一歩ずつ前に進んでいる人
の努力の姿、そしてそれを支えようとする周りの気遣い。

掲げた結果の数値よりも、かけがえのない多くのことを得た、
としみじみ思っている。

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2006年9月24日 (日)

春日山練成会

 昨年、参加予定にしていた春日山練成会。
春日大社が主催する、丸一日かけて大社の大宮から本宮はじめ
末社まで巡拝する練成会は、普段は立ち入り禁止となっている
「御蓋山(みかさやま)」に入山できることにおいても貴重な
機会である。

かねてより、ぜひとも参加したいと思っていたのだが閉会中の
この最後の日しかないと一年前より、予定してきた。

朝早く、春日大社の景雲殿に向かう。
ヒロコと二人参加だ。

御蓋山に入山するということは、神域に立ち入るということな
ので肉類などを口にしてはならないということ。
支給された弁当以外は、口にできない。

神域で、本宮から末社まで参拝を繰り返し、その春日の神々の
ご守護に心からの感謝をお伝えすることが目的であり、春日原
生林に踏み入るハイキングではない、と大先達(だいせんだつ)
の神官からご教示を受ける。

そっ、遊びではないのだ!、と自らに言い聞かせる。
しかし、大先達の神官はなんと小学校の同級生のI君(!)。

思わず、笑顔で「ユージ!」とヤァヤァ!モードになってしま
う。

しかし、そこは気を引き締めて全国から集まった参加者数十名
と共に、大社内の摂社水谷(みずや)神社から巡拝開始。

神妙な面持ちで、大祓之詞(おおはらいのことば)を捧げる。

そして、大宮に参っていよいよ本宮へ。
立ち入り禁止の区域へと踏み入るのだが、当然ながら人が踏み
入れる場所ではないので、山道すらない険しい斜面。

奉行(ぶぎょう)と呼ばれる神官の「さーんげ、さーんげー!」、
「ろっこーん、しょーじょー!」との言葉に合わせて杖を頼り
にゆっくりと足場を確認しながら山を登る。

さんげは「散華」。ろっこんしょうじょうは「六根清浄」。
修行僧などが山にこもるときにも発するこの言葉を、同じよう
に神域に立ち入るとき神職も発するという。

さんげは懺悔にも通じるとのこと。五感と心を六根と言い、そ
れらが清め改められることを願いながら登るのだという。

生まれて初めて分け入った御蓋山の山頂は、霊気に満ち溢れて
いた。
本宮で、奉告祭を行い、そして末社を巡って春日原生林をひた
すら歩く。

神々が宿るこのご神域の山には、人の心を落ち着かせる大きな
力がみなぎっているようだ。

と、突然、はいていた登山靴の底がはがれ出した。しかも両足
共に。

見る見るうちに底がベロベロとなって、剥がれ落ちそうになる。
心の落ち着きは吹っ飛んで、ひたすら焦る。

靴の底がはがれて、足がむき出しのままこの山道を丸一日歩け
るか!?。
苦悩の表情を横でヒロコは笑いを必死にこらえている。

「なんで、お父さんってそーなの!?」
と、言われても困る。靴は俺のせいやないやろ。

長いことほったらかしにしてた登山靴は底のゴムが劣化してし
まっていたようだ。
しかし、よりによって練成会の山道で...。

しかし、何とか、もった。無事、全道程を終えることができた。
きっと、これも春日の神々が修行を与えてくださったのだろう
と、納得。

実質、明日の党大会で、国会活動はいよいよ再開だ。
春日の神々のご守護があると、信じている。

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池田市へ

 連日で9区入りした。そして、初めて池田市へ。

街頭演説と、夜の2箇所の池田市選出の井上章府議の府政報告
会へ。
もちろん、大谷さんも一緒だ。

ヒロコと二人で伺うが、大谷さんもご夫妻で来られる。
だんだん、選挙の雰囲気が出てきてるかな、という池田市。

まわってわかるのは、ダイハツの企業城下町。
とにかく、いたるところダイハツに関わる企業やお店や人々。

なるほど、また茨木とは違った感じだ。

私など、1市のみの選挙区なので複数の行政区を持つ選挙とい
うのはあまりなじみがないのだが、大変勉強になる。

ヒロコと、「選挙感を常に持ち続ける意味においても応援は大
事だ。」と議論を交わす。

個人演説会ならぬ、府政報告会での私の15分演説も、厳しく
チェックされ、「あの言い回しは良くない。」と一刀両断にさ
れる。
「さっき、ちょっと集中力に欠けてたでしょ!」と、街頭でも
指摘されてしまい、緊張感を持ってやってたんだけど、もしヒ
ロコの指摘どおりのことがあったら、井上府議や大谷さんに大
変なご迷惑となる、と大いに反省。

勉強になることは、何でも厳しいのである。

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2006年9月22日 (金)

朝はマイクを持って!、昼はザリガニ持って!

 大阪9区での活動は、徹底的な地上戦となる。
とにかく、「まわれ!」の檄が飛ぶ。

しかし、昨日の応援は、朝から久しぶりに街宣。
大谷総支部長と一緒に、9区内の旧村部を歩いてハンドマイク
を持ってまわる。

一戸一戸ガラリと戸が開いて、人が顔を覗かせる。

結構、聞いているんだよね。家の中でも。

NHKの取材も同行して、大谷さんと二人ノリノリで汗をかき
ながら歩いてマイクを握る。

もちろん選挙本番ではないので、あくまで政治活動。
政治の課題を訴える。

午後からは、トシと歩いてまわる。
田んぼのあぜ道を歩きながら、へぇー大谷さんとこ、こんな風
景もあるんだ、とピクニック気分。

頭(こうべ)を垂れた稲穂を見ながら、秋の実りを感じる。
農作業をしていたおじさんに、声をかけると「今年のは、実が
少ない」と嘆いておられた。
たわわに実っているように思えるのだが、実際は違うという。
天候や、さまざまなことに左右されるのだ。

ザリガニの大量発生にも、土を掘って巣を作るために稲床が抜
けてしまったりの被害が起きてしまうこともあるようだ。

イナゴやカエルや、ザリガニを見つけて捕まえて喜んでいると、
「どっから見ても、遊んでいるようにしか見えまへんでぇ、代
議士...」とトシから注意されてしまった。

とにかく、町歩きは楽しいのであった。

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2006年9月21日 (木)

組織の一員

 自分はもともと、組織や団体に馴染むほうではないと思う。
どちらかというと群れるのが嫌いなほうで、悪く言えば「勝手
気ままに」が好きで、束縛や管理されるのが大っ嫌い!ってい
うタイプ(と思ってる)。
しかし一方で生来の単純さ故か、目の前に目標を置かれ、行けっ
と言われると、そのまま突っ走ってしまうところもある。

そっ、目の前に補選というわかりやすい目標を置かれて、今日
も朝イチの新幹線に飛び乗って、東京から大阪へ向かう。

大阪9区補選選対のその仕切りは実にすばらしい。
近畿の各県連に対して、選挙区内の地域を定め訪問軒数目標を
数値で示す。
それも、10日ごとの単位でしっかり管理される。

「この9月21日から30日までの10日間で奈良県連には、
○○地域の△△軒をお願いします。最低、××人・日の動員を
お願いします。」

と、迫りくる。
この単純な目標設定に、すっかり突き動かされている。

今日は、県連単位の行動が難しいとあって「まぶち事務所」を
閉めて(奈良の皆さん、ゴメンナサイ)9区入りだ。

今後、ボランティア軍団を奈良から率いていく案も浮上してい
るが、目先の目標設定にはついつい「負けず嫌い」が顔をのぞ
かせてしまう。

組織になじみにくい...、と言いながらもっとも先鋭的に組
織論で動いている自分がいるのは、管理者が長けているからだ
ろうか?、それとも実は本人が思うほど組織を苦手としていな
いことなのだろうか?。

正直、自分ではわからない...。

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開会準備

 安倍総裁誕生とともに、マスコミからは「どんな追求を考え
ておられるのですかぁ?」との取材が相次ぐ。

そんな、しょっちゅう何かハイエナのように探ってるわけでは
ない。何かあれば、とうにやっとるわな。

「そんな難しいことは、執行部に聞いとくれ!」と言い放って、
とにかくヒラ議員の一兵卒は地道にこつこつとやるべきことを
やるだけだ。

そう思いながら、一つ一つ臨時国会の論点整理を自分なりにも
つめていかねばならない。

松本政調会長を筆頭とする、政調の会議が開かれる。
民主党の政策部門の最高意思決定機関の会議で、臨時国会の党
としての論点が確認される。

相変わらず、てんこ盛りの国会になりそうだなぁ。
前回は訳もわからず突っ走った感じだったが、今回は少しは余
裕もってやれるかというと、これまた自信はない。
また、バタバタするんだろうな。

政調の会議を終えて、とにかく部屋の片付け。
書籍や書類が山のようになっているのだが、結局、本は古本屋
へ、書類は宿舎に持ち込むことになった。モノも何もなかった
宿舎もだんだん埋もれていく...。

しかし、会館の部屋は狭いし、置ける量は限界あるし。

部屋の片づけに飽きたところで、事務所のオーディオ環境整備
のために電気屋へ。

BGMが流れるわが事務所の環境を、もう少し高めようとわず
かながらの投資。

来週の臨時党大会は、国会事務所閉めて全員で行こうというこ
とになった。

やはり、気分を高めて国会に臨まなければネ。

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2006年9月20日 (水)

総裁選挙

 他党の人事のことなので、とやかく言うこともないと思って
いるのだがマスコミ各社から問い合わせが殺到。

自民党総裁選で、安倍晋三官房長官が第21代の総裁に選ばれ
た。これで、26日から開会の臨時国会冒頭で首班指名選挙が
行われ、第90代内閣総理大臣に就かれることが確定した。

総理としての力量はこれからの国の舵取りで試される。
当然ながら、所信表明がまずはその第一歩となる。
どのような所信が示され、方向性が示されることになるのか。

民主党も野党第一党として代表質問に立つことになるだろうが、
この論戦こそがわれわれの戦いの場でもある。

今は、公党の代表となられたことに対しては心から敬意を評す
る。

しかし、総裁候補のそれぞれの方々の主張が十分国民に伝わる
前に、結果が見えてしまっているというのは、なんとも不思議
な感じだ。

大丈夫だと思ってはいるが、傷心でいるかもしれない愛すべき
わが友人に想いをはせる。

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2006年9月19日 (火)

市場を過信するなかれ

 最近考えるのが、市場の問題。

小泉総理は、市場の自由な競争力を伸ばしていくことを重視す
る政策を採ってきた。
このこと自体は、否定するものではない。

今もって、この国の市場というものはさまざまな規制でゆがめ
られている。そしてその規制改革(「緩和」のみならずなのだ!)
こそが、自由社会を創造するための重要なキーワードでもあっ
たはずである。
あるいは、大小さまざまな規制によって、いまだかつて真の意
味での「市場」というものを私たちは持ったことがない、とま
で言い切ることもできるかもしれない。

こう考えてくると、小泉政治が投じた一石というのは非常に意
味のあるものとの評価も一部から出ることに一定の理解を示す
こともできる。

しかし、しかしだ。
最近、私が考えるのは、果たしてこのかく言う「自由で公正な
市場」というのは、現実に存在し得るのか!?、ということで
ある。

ありとあらゆる機会や参加条件を均等にしていくことが可能な
市場とはどういうものなのだろうか。

ひょっとして、私たちはありもしない、理想の「市場」をとて
つもなく無駄な労力と犠牲を払って求め続けてはいないだろう
か?。

こんなことを、考えてしまうのである。

競争の不平等と、セーフティネットの欠如によって生じたこの
国の中でのさまざまな格差。
格差に問題があるのではなく、「格差の固定化」にこそ問題が
あるのだと私自身も発してきたが、ふと、「幻のユートピア」
を求めてはいまいか?、の疑問が最近、特に沸き起こってくる
のである。

おそらく、完全に機会が均等で条件も公正さを担保することが
できる市場というのは、実はITを組み込んだ金融市場でしか
実現できないのではないか。

公正で自由な市場というのは、現実社会では極めて限定的な条
件の下でしか成立し得ないのではないか。

こう考えると、世の多くの政治家が狂奔している「自由と公正」
な社会とは何かをもう一度、考えてみる必要があるのではない
かという思いに駆られる。

社会主義を求めよと言っているのでは断じてない。
あまりにも「完全なる市場」を信じ過ぎたツケを、私たちは今
背負いだしているのではないかと申し上げているのである。

市場とは、一部でしか成立しないもの。
社会の中では本当に、わずかな部分でしかないこと、このこと
に目を向ければ、一方で政治が取りくむべき方向性というもの
がより、はっきりと見えてくるような気がする。

この、提言はまだ、不十分な検証でしかないのだが、私自身の
社会観を確立していく上で、極めて重要な観点を今、得たと思っ
ている。

市場を過信するなかれ。
単に競争主義を否定する輩と同等視されるのはつらいのだが、
新たなテーマとして考えていきたい。

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ベストプラクティス

 大連で見てきたBPOの話の続き。

前にも書いたが、BPOとは結局企業活動のさまざまな業務手
続を、最も高い質でノウハウとして持つことができたIT先端
企業がそうしたスキルやノウハウを持たない企業に提供してい
くというビジネスモデル。

これ自体は、大連のソフトウェアパークで目にしたその開発状
況や実施状況でよく理解できた。
そして、このようなベストプラクティス(最適処理)と呼ばれ
る業務処理を手にすることができるのは、外注が可能な大手企
業でしかなく、ますます中小、零細との力の差は広がるばかり
だとも書いた。

そして、もはやこの差は埋め尽くすことが不可能ではないかと
見まごうばかりにまで達している...というのが正直な感想
なのである。

もちろん、市場競争の現場では、私の発する危惧というのは意
味を為さないこともよく承知している。しかし、なんとも言え
ない寂寥感にさらされたのも事実。

この先のビジネストレンドがどのような方向に行くのかは私が
予見できるものではない。しかし、間違いなくITを用いたB
POなどによって、こうした企業間における競争力の決定的な
差は拡大していくのであろう。
そして日本の強みだったはずの中小企業が、このようなトレン
ドに乗ることができないまま、回周遅れで走っているランナー
のように自らの位置すらわからない状況に陥りはしないか、と
の不安が募る。
最先端との差を、果たしてどの程度経営者たちは把握している
のだろうか。自らも経営者の端くれにいたものとして、とにか
く警鐘を鳴らしたい気分なのである。

そして、一方でこのようなベストプラクティスの蓄積は、制度
設計に極めて重要なものである。政治の世界でベストプラクティ
スが求められているものは何かといえば、社会保障制度である。
国によって、人口も世代構造も一人当たりのGDPも気候風土
や慣習も、すべて違う中で簡単ではないとも思うが、社会保障
制度などという「システム」の世界こそ、現時点におけるベス
トプラクティスが存在しうる。

優れたIT企業たちが、社会保障制度のベストプラクティスを
提供できるならば、それこそ本当の意味での社会貢献ではない
かと思う。

信頼できる経営者の方に、これからのビジネスの方向性として
社会保障制度のベストプラクティスを提示するという領域に踏
み込んでください、とお願いした。
一企業では難しいなら、それこそ最高のスキルやノウハウを持っ
た企業群によって、各国政府に提案できるものを考えていただ
ければと願う。もちろん、政治が判断すべきは当然のことなが
らある。
しかし、一つ一つの最適化を図るだけでなく、全体最適化を図
る作業を、そのノウハウによって示されることの意味は極めて
大きい。

果たして、そのような時が訪れるのか、思い描いてみるのもい
いかもしれない。

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スタッフ見聞録

 太郎ちゃんに、足跡を発見されたようだ!。
しまった!
目くらまし戦法は効かなかったか!?。

などと思案しつつ、今日は県連秘書会がこぞって大阪9区へ。
明後日は奈良のまぶち事務所全員で入るつもり。
西でもやるぞー。

週末は鳩山幹事長夫妻をはじめとする有名議員の皆さんの応援
があり、大阪に貼り付けのわが事務所のトシ君は、幹事長夫人
のお供になったらしい。

トシは、「幹事長夫人と車に乗るときはどこに座ればエエんで
しょうか?」とあわてふためき、スギちゃんから「そんなもん、
助手席に決まっとるやろ!、隣に座ったらアカンぞ!」と指導
されたそうな。

でも、幸さんってそんなの全然気にされないすっごくフランク
な方だけどネ。

さて、わが事務所の「女優魂」ことチカちゃんが今月いっぱい
で退職することになり、新たな女性スタッフ採用のために面接
の予定が入る。

丸二年の歳月で、せっかく看板娘(!?)に育ってくれたと喜
んでいたのもつかの間、家業に入るということでしばらく相談
に乗っていたのだが、気持ちよく送り出してあげようという結
論になった。

小さな所帯だけに、一人抜けるだけで事務所運営もたちまち窮
してしまうのだが、何とかなる!との想いで突き進むしかない。
奈良と国会併せてもわずか10名だが、スタッフが気持ちよく
仕事できる環境を作っていくのが、私の仕事。

まだまだ、零細規模からは抜け出せそうにない。

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2006年9月18日 (月)

過ぎし日の総会

 この、PCぶっ壊れ中に「第2回まぶち会総会」が開かれた。

2002年2月2日の発起会以来、後援会作りを苦慮しながら
昨年の11月、現職となってようやく後援会総会を開くことが
できた。そして今年、発起会から数えて三回目、総会としては
二回目である。

昨年の反省は明確だった。
現職として二期目の当選を勝ち得たという安堵感からか、事務
所全体に大事なものが欠けていた。

それは、「おもてなしの心」である。

ホスピタリティ、このおもてなしの心こそが政治家の事務所に
もっとも必要なものであると口を酸っぱくして言ってきた。

人の営みに敬意を表しながら、一切の見返りなどを考えずに喜
んでもらえること一点を考えて行動する。

集まってもらって、ただとりあえず代議士の話が聞ければ良い。
いや、そんなものではない。
本当に感謝の気持ちで会を企画し、運営できているかが問われ
ているのである。

そして、今回の総会の運営は、スタッフやボランティアの皆さ
んのご協力を得て、すばらしい会となった。
そう自負している。

スタッフのみんなにも感謝と愛情込めて、「100点満点!」
と伝えた。

集まってくださった皆さんにもキット伝わったと信じる。

一切の企業献金を受けず、企業献金の受け皿と化している政治
資金パーティーも開かずに7年間貫いてきた政治活動。

唯一、個人献金の受け皿としてある後援会、「まぶち会」のみ
が私の政治活動の源である。

まだまだヒヨッ子で、何の力もない、野党のヒラ議員が政治献
金を個人のみから集めようと奮闘している実態をどれだけの人
が、どのような理解をもって受け止めていただけるだろうか。

私にとって、本当に心で集っていただける個人の皆様に支えら
れている総会の意味は大きい。

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奈良から始まる新しい政(まつりごと)

 民主党奈良県連主催の政治スクール、「NSP(奈良スクー
ルオブポリシー)」の開校である。
3月の会長就任時に、新たな方針として打ち出した「信頼され
る政治」、を県民の皆さんにお伝えするために計画した政治ス
クール。会長自らが校長となり、政治スクールを「NSP(奈
良スクールオブポリシー)」と命名し、その運営責任を政治ス
クール委員会を設置して山下力県議を委員長として各位にご努
力いただいた。何とか9月開校にこぎつけ、第1回は記念講演
として菅直人代表代行にお越しいただいた。

菅さん、気合入っていました。
戦後の日本の歴史認識を示し、真の国民主権の政治を目指すべ
きだと力説。

記念講演にふさわしい、力のこもった演説をいただいた。
勝手なことを言ってはまた、担当者に怒られてしまうかもしれ
ないが、こうした記念講演も是非県連HPにアップしていきた
いものだ。

続いて、校長である私の講演。
これは、少々気恥ずかしいところもあるので、一切含めて聴衆
にご判断いただくしかない。

さて、民主党奈良県連として始めてこのような取り組みをさせ
ていただいたが、会場いっぱいの方々にご参集いただき、あり
がたく思う。
まだまだ、叱咤も含めてご指導いただかねばならないところで
あるが、少しずつ、前へ前へと進めていければうれしく思う。

何事も、実行することに価値がある。
ああだこうだと、口だけの政治はもう結構。
批判を受け止め、反省を繰り返しながら、じゃぁ、何を行動に
移すのかが問われている。

その意味で、政治スクールは第一歩。
まだまだ、民主党奈良県連の歩みは続く。

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大連訪問(その2)

 大連到着で向かったのは、大連ソフトウェアパーク(DLS
P)。

中国遼寧省の大連市政府は、この地を「中国のシリコンバレー」
にしようと、大変な力を入れている。

日露戦争後、ロシアから租借権を引き受けた日本政府は、大連
の統治を行う。ロシアが創った「ダーリニー」という街を「大
連」と改称して、南満州鉄道株式会社(満鉄)の本社を置き、
人や物資を北進させる政策を推進する。後に関東軍の手によっ
て満州事変が起き、満州国建国へとなるのだが、第二次世界大
戦終結までの、実に40年余りを日本政府が統治していたとい
うこともあって、中国の中でも日本に近い街のひとつとして数
えられる場所でもある。

ここに、市政府の開発によって、広大な敷地をもったソフトウェ
アパークが開発され、日本から、さらに欧米からの企業が進出
していた。

なぜ、大連がシリコンバレーに?、との質問の答えのひとつは
理科系技術者養成の土壌があることがあげられる。大連には社
会人も含めた学生3万9千人を抱える大連理工大学を始め、大
連海事大学、大連交通大学、東軟情報技術大学など数多くの技
術者養成学府がある。そして、40年間の日本統治が大連市民
にどのような心理的影響を与えているかは別として、語学教育
についても日本語が盛んであることも事実である。日本語を読
み、書き、聞き、話すことができる極めて知的レベルの高い若
い中国人技術者の卵が多数輩出されるところで、多くの企業が
何をしようとしているのか?。

まずは、お誘いいただいた信頼できる経営者のいらっしゃる、
「IBM」をたずねた。
ここで、BPO、BPTSのコンセプトをお聞きする。

グローバルIT企業は今、コンピューターやシステムの製造販
売を行うのではなく、事業を進める上での課題の解決をお手伝
いするビジネスソリューションを提供してきた。このソリュー
ションの提供とともにシステムを販売しているのがIBMだっ
たりNECや富士通などの日本のITスーパーゼネコンと呼ば
れる企業群である。

しかし、さらにこうしたソリューションの提供は高度化され、
世界に誇る最高のビジネスプロセス(業務手続)そのものを外
部委託(アウトソーシング)する動きが出てきた。
ITスーパーゼネコンは、ありとあらゆる業種の業務手続の効
率化のお手伝いをしているわけで、おのずと現時点における最
高の処理を把握し提供することができるようになっている。

たとえば、会計処理や人事給与、在庫管理などの業務は現地に
いなくても情報があればその処理そのものを「最高の業務手続
(ベストプラクティス)」によって請け負う(あるいは外注す
る)ことが可能になる。

IBMにおいては、DLSPにその拠点を設けているというこ
とだった。現地の社長からプレゼンを受けた後、視察してまわっ
て驚く。中国人のみならず、オーストラリア、アラブ系まで多
くの技術者たちが日本語で開発業務ならびに業務処理を行って
いるのである。グローバル化もここまで来ているか!?、との
想い。さまざまな企業名の掲げてあるブースは厳重な管理がな
されていて近づけない。つまりそこは顧客企業の「経理部」だっ
たり「人事部」だったりするのである。無論、作業はIBM技
術者たちが「ベストプラクティス」を持ち込んでいるとのこと。

うーん、このように最先端の業務処理で通常業務が外部委託さ
れるようになると、企業の投入すべき資源はひとえに開発競争
などに集約されるんだろうな。

ますます、大企業と中小零細企業の差は開くばかりであり、そ
してその差はもはや埋め尽くせないレベルにまで達しようとし
ている。

そして、続いて大連市政府のDLSPへ訪問。国家発展改革委
員会、情報産業省、商務省、国家科学技術省の大々的サポート
によって、大連から旅順まで続く沿岸部に二期までの計画が予
定されているソフトウェア産業基地の計画概要説明を所長から
受ける。続いて、同敷地内に広大なキャンパスを持つ大連理工
大学へ。副学長にお迎えいただいて、ここでも技術者養成過程
の説明を受ける。多くの企業が大学と連携してインターンなど
を受け入れ、即戦力としての育成に力を入れている。
中国全土で年間400万人の卒業生が生まれてくるわけで、イ
ンドなどが先行してきた情報技術者供給基地の地位も、まもな
く中国に脅かされる状況となるのは明らかである。

産官学の連携は、想像以上に強固でありかつグローバル化が図
られている。

草の根からしっかりとやっている実感がある。

驚愕と焦りと、そしてメガコンペティション=大競争時代にど
のようにわれわれが取りくむかを考えねばならない、と痛感す
る。
この5年5ヶ月で、わが国に格差拡大をもたらした小泉政治。
しかし、問題は格差そのものよりも「格差の固定化」であるこ
とを十分に認識しつつ、「政冷経熱」の一言で終わらせてはな
らない、日中関係があることを肌で感じたのであった。

そして、ご多分に漏れずその後、大連の餃子と東北料理に舌鼓
を打ったのは言うまでもない...。

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大連訪問(その1)

 PCがぶっ壊れてる間、実にさまざまな出来事があったとお
伝えしたが、ひとつは中国、大連に行ってきた。

閉会中のよくある視察は、議員団を組んでの公務での視察とい
うものだが、今回は違った。

6月、閉会のご挨拶に久しぶりに東京でさまざまな企業の経営
者を訪ねているときに、最新のビジネストレンドを伺っている
と聞きなれない言葉を耳にした。

いわく、BPOとかBPTS。

「何ですか?、それ?」と聞くと、「とにかく、現地行って見
てみない?」とのご提言。
「わかりました!」とお返事したのが、今回の大連訪問へとなっ
たのである。

BPO、BPTSとは、ビジネス・プロセス・アウトソーシン
グ、あるいはビジネス・プロセス・トランスファリング・シス
テムの略。
こう書いても何のことかさっぱりわからない。

そ、私もわからない。

と、いうわけで、今回は議員は私一人で赤いパスポートで関空
から大連へと向かったのである。公務で視察などに向かう場合
は公用パスポートを使う。これは緑色。その場合は相手国との
公式行事が組まれており、公務日程も院へ届けなければならな
い。しかし、今回は一私人として閉会中に出かけるので届出の
必要なしというわけで、気楽に出かけた。無論、お誘いいただ
いた「信頼できる経営者」の方とは現地で落ち合う。

大連に何があるのか!?、よくわからないままにまずは、百聞
は一見にしかず!、の精神からの、今閉会中の初の海外視察に
出かけたのであった。

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2006年9月16日 (土)

復旧作業中

 イヤー、参った参った!!!
PCがぶっ壊れて、修復のめどが立たず途方にくれていた状況
だったのだが、なんとか緊急対応だけは済んだ。

しかしこれで全面復旧!とはいかず、まだ不便な状況は続きそ
うである。
国会と宿舎と自宅と事務所のネットワークで、グループウェア
から業務管理、ドキュメント管理、名簿管理と行ってきたのだ
が、自分のPCに肝心の重要データを後生大事に入れて持ち歩
いていたのがいけなかった。
システム担当スタッフからバックアップの重要性を散々訴えら
れていたにもかかわらず、怠ってきた罰が当たった。

そしてわが事務所のサイバー環境は極めて脆弱であることを改
めて露呈したのであった。

最初はなんとかなるだろうと呑気に構えていたのだが、さすが
に焦ったここ数日。

とりあえずのデータ保存はできたが、何とも落ち着かない気分
だ。

そして、この二週間、あまりにもたくさんの出来事があって、
「あっ、これ日記に書いとこう!」というネタも盛りだくさん
だったはずなのに、もう忘れてしまいだしている。

読者の皆さんには、空白の半月間となり申し訳ない思いでいっ
ぱいなのだが、お許しください。

さて、こうして、書けることだけで今日は満足して、終わる。

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2006年9月 1日 (金)

始業式

 今日は、子どもたちは始業式。
長い夏休みが明けて、二学期が始まる。
夏休み中に、楽しい経験、苦い経験、いろいろあったかもしれ
ないが、それもまた人生のひとコマ。きっとイイ思い出になる
よ!、などといつも9月1日には駅頭でマイク握って話してい
た。

しかし、今日は次女の始業式にヒロコとついて行くことになっ
た。
朝の街頭演説は取り止めて、7時半に三人で学校に向かう。

高校の始業式というのは、久しぶりだ。
高校生の時って、どんなだったかなぁ...、などとヒロコと
話しながら、次女の通う学校への通学経路を同じように電車に
乗り、そして歩く。

突然の、高校の始業式へのお父さん、お母さんの来校に、学校
側も大慌ての様子。
連絡もしないで、まずかったかな?、とも思ったが、もう遅い。

別に、国会議員の視察じゃなくて、一保護者として来ただけだ
から、と説明するが先生方からのご挨拶などを受けて、かえっ
て恐縮だ。

体育館での始業式。校長先生の挨拶に、生徒指導部長の訓話。
夏休みの間の高校総体などの結果の表彰。まだまだ蒸し暑い体
育館で、生徒の緊張が途切れないように腐心されている先生方
に頭が下がる。

その後は、課題テストと称して夏休みの間の勉強の成果のテス
トを行う。
昔は、こういうのなかったよな。

廊下からクラスの子どもたちを見ていると、いまどきの高校生
の姿がよくわかる。
次女も、こうしてみると普通の女子高生の生活を送っているの
だな、と妙に納得もする。

夏休み中、家族や学校や、ひょっとして恋愛だって関わってる
かもしれないさまざまな想いで迷っている娘と、帰りの通学路
を一緒に歩きながら、子どもからも学ばせてもらってることを
感じる。

担任の先生には、「私は、何があっても子どもと正面から向き
合っていきます。」とだけ、伝えた。

まだまだ、多感な時期の子どもの心をつかみきれずに、苦しま
せてしまっている自分の足りなさを、悔いる。

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8月最終日

 大阪9区の応援に入る。
朝立ちから始まる補選の応援だが、基本は地上戦。
1時間の街頭演説を終えると、大谷事務所に戻って出かける準
備。
今日は、茨木でポスター掲示のお願いだ。
住宅地図をもらって、囲ってある場所に向かう。「この辺、お
願いします!。今まで最高は大串さんの12枚です!。」と、
元気に選対のSさんから見送りを受ける。

「いや、俺、どぶ板得意中の得意だから!。」と言って出てき
たが、もらった地図は駅前の商店街。

これは、キツイな。
飲み屋やスーパーやチェーン店・・・。

元来、お店というのは不特定多数のお客さんを相手にしている
だけに、政治家のポスターというのは難しい場合が多い。

おまけに、旧来型の自民党「職域支部」の息がかかっていると
ころもあり、野党の応援を前面に掲げることに抵抗感はありあ
り。

予想通り、行く先々で「応援しているけど、ポスターはチョッ
ト...。」の声にぶち当たる。

同行のトシが、「いや、キツイッスね。」とねぎらってくれる
が、「得意!」と大見得きった以上、やらねばネ!。

結局、食い下がって食い下がって、予定の時間は2時間しかなっ
たのだが、9枚。

くそー、大串代議士を抜けなかった!、と悔しがっていたのだ
が、Sさんから「さっすがー!。時間当たり最高記録ですよ!」
とお褒めいただいた。
少々、満足して帰奈。

奈良では、常任幹事会。

参院選候補者の選定期日を8月末としていたため、常幹では選
対委からの報告を受けたが「鋭意、選定中」ということで、候
補者決定には至らなかった。
地元紙には、「候補者選定難航」と報じられてしまったが、選
対委で多くの情報を整理しながら取り組んでいるのを見ている
限り、焦りは禁物と思っている。

しっかりと、勝てる候補者を出す。

党本部、県連、そして地元と、うまくバランスして活動せねば。

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