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2006年7月

2006年7月31日 (月)

梅雨明けを歩く

 久しぶりに、地元をテクテク歩く。

これが、何とも快適。暑い日に照らされながらフーフー言いもっ
て汗を拭き吹き支持者を訪ね歩く野次喜多珍道中。事務所スタッ
フとあーでもない、こーでもないと言い合いながら歩く奈良の
まちは、青臭い稲の匂いも混ざって何とものどかな風景だ。
暑さよりも、楽しさが勝る。

自販機の前に立ち止まってジュースをグビ飲み。
幸せな気分に浸る。

すると、向こうの玄関の中から手招きいただいて、「まぁ、上
がってけ!」と、麦茶をご馳走になる。

ふと訊ねた老夫婦の言葉に、こうして世の中にひっそりと暮ら
す生活の表面に現れる事象に、大きな問題の本質が潜んでいる
ことに何度も気づかされてきた。

その日も、また新たな発見に出会う。

政治の原点は辻立ち。
こう語ってきたが、辻立ちはすなわち個人の門口に立ち続ける
ことを意味する。

今日も、托鉢僧ならぬ辻立ち政治家が門口を訪ね、ひとかけら
の言葉をいただいて帰る。

延々と続く歩きに、同行したスタッフに「一緒に歩くと楽しい
やろ?。」と、聞くと「ワハハハハ!」と笑ってごまかされる。

おい、嘘でもいいから「楽しい!」って言えるぐらいの知恵つ
けてくれよ。

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2006年7月27日 (木)

三泊四日

 先週末の活動を終えたところで、久しぶりの完全休暇をとっ
た。昨日の水曜日までの4日間。

家族と約束していた、海水浴へと出かけた。

しかし、出発の日曜日はあいにくの雨。
とても海どころではない空模様。これも、日ごろの精進の足り
なさからかと、あきらめて車に乗り込む。

おじいちゃんと二人のおばあちゃんたちはお留守番。
「海は、ネー...。」と、無理もない。
今度休めるときは、静かな温泉地でも選ぶよ、ゴメンね!と一
台に乗りこめる限界の8人で窮屈ながらも、走り出す。

目指すは、南知多。
人も少ないしノンビリできるところということで紹介された。
奈良から近場だし、まだ小さい子どもがいる家庭には海水浴場
が目の前というのはありがたかった。

名阪道から伊勢湾岸道路、南知多道路と乗り継ぐと、あっとい
う間に到着。
近い。これなら便利だ。

しかし、南知多もあいにくの雨模様。
仕方ないね、とまずは昼食をとりに出かける。
「まるは食堂」がおいしいと、宿で聞いて向かう。

「まるは食堂」は新鮮な魚や貝やでおお賑わいのお店。お客さ
んが並んでいる。いや、これは期待できるな。待つこと数分で
二階に通されると、「今日のおすすめ」を片っ端から注文。
オイオイ。
そして、食うわ食うわ。
オイオイ
プッチは「カニー!」しか言わない。
まだ昼だぞー!という父の言葉も聞かずにとにかく、皆無言で
ほおばる。

しかし、さすが愛知。こんな漁港脇の魚介料理店での名物が、
「エビフライ」(!)。

しかし、これがうまかった。
食いすぎて動けないほどになり、かつ雨だと言うことで部屋で
ごろごろすることに。

すると、恐ろしいまでの睡魔に襲われる。
気がつくと、子どもたちもヒロコも、ガーガーと寝ている。

海辺にやってきて家族全員昼寝になるのが我が家のすごいとこ
ろか。

こんなあんばいで始まった夏休みではあったが、翌日の午後か
らは晴れ、そして昨日帰るまでの二日半は晴天だった。
ある意味、初日の雨模様はからだの休息にもなった。

ウーン、やっぱりこれは精進の賜物か〜!?。

しかし、さすがに今年46歳となる私にとって、海水浴はキツ
イ。下から三人の小学生の子どもたちは、大はしゃぎで水につ
かりっぱなし。中・高の上三人に「チビ、見といて!」と言っ
ても「焼けるの嫌だ。」などと言って当てにならんし...。

結局、オールラウンド海に入り続けたのはチビ三人と私。
全身の日焼けと、疲労でからだが重い。

「小学生のうちは、やっぱり海」という「法則」からすると、
50まではがんばらねばならぬ。
お姉ちゃんたちに早く、代わりをしてもらえるようにならない
か、と祈る。

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2006年7月26日 (水)

巡業後半

 浜松場所から9日間もサボってしまった。
すみません。

夏休みに入った子どもたちには、「宿題しなさい!」というヒ
ロコの声が家中に響き渡っている。横で聞きながら「早く書い
ちゃいなさい...。」と小声でプッチに日記の指南をしてい
たのに、自分の日記は書かずのまま。

それこそ、怒られたら書くのかなぁ。

それでも、私のこのつたない駄文の垂れ流しを楽しみにしてく
ださる方がいる。反省して、下記溜め。(ダメ!?)

先週は浜松場所を終えて、翌日は東京のあいさつ回りと午後は
耐震偽装ホテルオーナーとの連絡協議会に参加。弁護士会館に
駆けつける。

マンション被害者住民のみならず、ホテルオーナーの皆さんへ
の被害救済はまったくない。
そんな中、被害にめげてばかりはいられないと建替えの取組に
もオーナーの皆さんは余念がない。

地方の特定行政庁や国交省に対しても、「事件」として矮小化
して責任の所在を明確にしようとしないことには憤りを隠せな
い様子ではあるが、何せ建替えをするときに指導するのは特定
行政庁。

お上と喧嘩したらいじめられる、とのいかんともしがたい想い
がめぐる。

一体、私たちに何ができるだろうか?、の問いかけは続く。
そして、ホテルオーナーさんの生の声に耳を傾ける。
「この国のために、稼いで、税金納めてきたけど、もう嫌にな
りました。」とのつぶやきは重くのしかかった。

その後は、「平河サロン」に講演で招かれる。
各界の有名人が集うこのサロンで、私ごときがお話などとは大
変恐縮だったのだが、それでも私なりに「政治家まぶちすみお」
をお伝えできれば、と緊張しながらお話しする。

サロンは熱気であふれ、それこそ私の足らずのところまで参加
の皆さんに補っていただいたような感覚に包まれた。ありがと
うございます。

翌日は、民主党の「観光政策推進調査会」で座長の渡部恒三国
対委員長のおひざもとの会津へ現地視察。

携帯日記に調査会の模様をリアルタイムに写メしてアップして
たのだが、「物見遊山にメシ」と、何だか遊びに行ってるよう
でマズイか!、とそこそこにする。
しかし、観光政策の調査会視察はやっぱり「観光」するわけだ
から、はたから見りゃ観光してる(遊んでる)ようにしか見え
んわな。

9月にはイタリアへの視察だそうだが、さすがにこれはわが事
務所長(ヒロコ)に許してもらえないだろう。

会津盆地の、見渡す限りの水田の青々しさは本当に美しかった。
秋には、黄金色に輝くところを見てみたい。

会津から、奈良へ帰ってきてシビックミーティング。

とにかく、福岡から始まって浜松、東京、会津福島と巡業が続
いていたので、地元でしっかりと週末の活動を行う。

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2006年7月18日 (火)

浜松場所

 福岡巡業を終えると東京に戻りそして、今日から二日間の浜
松場所。

愛すべき先輩、鈴木康友前衆議院議員の応援に一泊二日で入る。
取組は、夕方の街宣に、集会、翌朝の街宣と企業訪問の四番。
この前の楠田大蔵前衆議院議員の応援に入った福岡場所同様、
ビッシリの予定かなと意気込んで行くのだが、康っさん(鈴木
康友先輩!)から、「まぁ、明日の予定は今晩の宴会しだいだ
ナ!」と相変わらず、ノリのイイ配慮あるお言葉。
ありがたいなぁ。

やっぱり、ウナギでしょ、ウナギ!、と同じく静岡選出の藤本
参議院議員にお願い目で訴える。
本場所の事務局を担っていただいている藤本議員からは「わかっ
てますって!」との力強いお答えに俄然、元気が出る。

よーぉっし!、街宣がんばるぞー!。

雨の中、浜松駅前での街宣は康っさんの支持者から温かいご支
援の言葉をいただく。
結集した仲間ののぼりがはためいて、本当に「場所」のよう。

街宣の後は、康っさんの支持者の皆さんとの集会。
単にスピーチを述べるだけでなく、10のテーブルを10分ご
とにまわって、懇談。100分、1時間40分の新たな方々と
の話しっぱなしは緊張感と新鮮さであっという間。
まさに、ぶつかり稽古、10番!。

いやー!、稽古で腹減りましたー!、と思いっきり藤本議員に
光線出していたら、やっと食事どころへ。

ウナギに浜名湖の渡り蟹にと、満足。
集まった同志で、稽古の後のメシはウマイね!、と皆満足顔で、
単純な仲間でよかったなぁ、としみじみ思う。

浜松場所は、深夜にまで及んで明日の朝のぶつかり稽古はどう
なるのか?、と一抹の不安を抱えながら宿泊所になだれ込む。

体力勝負は、まだまだ続きそうだ。

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平和の恩恵

 福岡から東京に直行する。
日曜日ではあるが、会食が入っていた。
前日まで奈良入りしていたチョロ松も同行。

日曜日の銀座はガラガラだ。
あちこちで景気は良くなったと聞くが、さすがに家族の外食な
どは銀座ではなく近場で済ますことが多いのかもしれない。

カップル(アベックと書いたらあまりに古い!と笑われたけど
これでも古いか...?)が腕など組みながら歩いている姿を
車から眺めながら、国連決議がどうなろうと、景気が多少良く
なったり悪くなったりしたって、暮らしには影響がないとほと
んどの人々が思っているのだろうと感じる。

確かに、ことさらに不安をあおる気持ちはないがこのように平
穏で安寧な日々をどのような努力によって得、かつ維持してい
るのか、いくのかということには誰も関心を示そうとしていな
い。

朝から日曜日の報道番組は、国連決議の成果について議論され
ていた。
北朝鮮への国連決議1695は、強制力を担保する国連憲章7
章についての条項を削除して全会一致で採決された。
15カ国の安保理で全会一致であることに重きをおいてのギリ
ギリでの英仏案による修正受諾であった。
この決断は正しい。
全会一致ができたから、ということのみではない。
次の北朝鮮のアクションを、極めて限定的に抑制させる効果を
持つ。北朝鮮を孤立化させることが危険だという論が一部にあ
るが、そうではない。国際社会では認められない行動であるこ
とを国際社会が示したことに意味がある。

中国が拒否権発動をちらつかせたことに対しては国際社会のルー
ルを問うという意味で、「詰めていく」ことも戦略の一つだと
思っていたが、さすがに政府はそこまで明確にすることを国際
社会は是としないと判断したのであろう。

何はともあれ、日本は堂々と「正論」を吐き続けるべきであり、
それこそが日本の最大の武器であり潜在力である「高い精神性」
を示すことになる。

銀座での会食は、忙しい最中ではあったが目的を果たし、おい
しく楽しく(かつ安く!!!)、終えることができた。

ここにも、平和の恩恵を享受している一団がいることを自身が
忘れてはいないつもりだ。

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2006年7月17日 (月)

同期の同志を応援

 福岡巡業。
敬愛する同期の藤田一枝前代議士のお仲間のパーティー。残念
ながら藤田さんは、昨年の総選挙で惜敗されたが今も奮闘され
ている。

一期生時代、少し先輩の藤田さん。いつも一呼吸落ち着いた観
点から発言され、女性の感性と庶民の暮らしを知る生活者の視
点を兼ね備え、かつ芯の強さを伺わせる政治家と、心から尊敬
していた。

必ずや、また共に国政でご一緒できると信じている。
その藤田さんからのお誘い。
二つ返事で、福岡へ赴く。

藤田さんの同志で、三期目の挑戦を果たそうとされている福岡
市議の江藤博美さんの政治セミナー。

福岡の抱える課題をわかりやすく説明される。
地方での課題を、自分の業績に絡めることなく淡々と説明され
るその姿に誠実さを感じる。

そっかー!、オリンピック招致はこの街でも正の部分と負の部
分の議論が不足しているのネ。
かつて、大阪市や名古屋市であれほど失敗しているのに、それ
でも公共事業誘致のような感覚で語られてしまう危うさがいま
だに付きまとっているようだ。

江藤市議のご奮闘と更なる飛躍を心からご祈念し、また、藤田
さんの元気そうな姿を見て、少し安心して辞する。

失礼にとられるといかんのだが、藤田さん、「変わらず、お美
しいなぁ...!」と心でつぶやいて去る。

こういうのって、ちゃんとお伝えすべきか?!

照れて言いづらいが、いつもその清楚なたたずまいに日本女性
の原点を感じているひそかなファンは私以外にも多いことだろ
う。

素敵な女性の誘いには、ついつい二つ返事になる私であった。

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2006年7月16日 (日)

運を呼び込む力

 かつての懐かしい仕事時代のお付き合いの方々に挨拶回り。
浪人中はなんせ時間があるものだから、何度か足を運んだ大阪
近辺も、現職となっては「空いた時間は地元」ということで、
まったく伺えずにいた。

心苦しく思っていたのだが、この閉会中に地元と並んで大阪で
お世話になった皆さんをお訪ねする。

人生のイロハから教えていただいた親方、かつての会社の同僚
や、取引のあった先々の皆さん、さらには二十代の頃から支え
てくださった顔なじみの皆さん。

初めてバッジを胸につけているところを直接見ていただけた方
もいる。

「立派になったのう!」とか、「活躍しとるがな!」の言葉に
思わず恐縮する。

懐かしい駅前のうどん屋さんは、大将とおかみさんが出てきて
「うちのうどんを食べて、こんなに大きくなってくれはった!。」
と大喜びしてくださり、少々照れた。

いろんな繋がりを喜びながら、あらためて見直してみると皆さ
ん本当に立派になられている。会社も大きくなったり、業績も
絶好調だとか、中には上場を果たされていたり、とほとんどの
出会った方々が成功されている。

なんとも言えない、感慨にふける。

もう、20年近く前から知り合いで、そしてずっと私を見てき
てくださった社長さんからは、「運を呼び込む力っちゅうのが
あんのやが、君にはそれがある思とった。」と言っていただい
た。

エーッ!、そんなん初めて言われました!、と驚いていると、
社長は黙ってニコニコして頷いておられる。

運を呼び込む力。

そんな不思議な力が私にあるかどうかはわからないが、あきら
めないことだと教わってきた。信じることだと教えられてきた。

第二の故郷(ふるさと)大阪は、変わらずに私を温かく迎え入
れてくれる。
この国の、いたるところで、やさしく人を包んでくれる街があ
る。

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2006年7月13日 (木)

ヤクザと牧師

 刑に服しているヤクザと贖罪の日々を導く牧師、の話ではな
い。

ヤクザ、暴力団の構成員として抗争・暴力やクスリに明け暮れ
た日々から、神の教えに出会い改心して牧師さんとして生きる
人たちと出会った。

突然、私の事務所に連絡が入り、一度会いたいとのお申し出で
あった。

「25年間極道の世界にこの身を投じておりました」と始まる
そのメールには、今日までの苦悩の日々の様子が記されていた。

牧師さんに会いに行こう。
入れ墨背負った牧師さんが、青少年の更生に命をかけている姿
を自分の目で見てみよう。

訪れたのは、大阪の弟子教会。
牧師長の金沢さんとメールをいただいた青木さんが道路に出て、
出迎えてくださる。

お二人が、なぜ「極道の世界から足を洗った」かの話はリアル
に迫る。

お一人は抗争の最中、拳銃を乱射され日本刀を振り回されて追
いかけられた中、立ち向かえない自分の弱さといきがって生き
ていくことのギャップに、ほとほと疲れたからという。

そして、お一人は同じく抗争で首をステンレスの包丁で切られ
たとき、もしそれが鋼であれば頚動脈が切られていたとの実感
から心底恐怖を味わい、命を粗末にしたくないとの思いに駆ら
れたという。

そして、さらに覚せい剤の薬漬けの日々。

刑務所を出入りしながら、「カタギ」へと導いてくれた神の教
えとの出会い。

まさに、実体験を通して「更生」を語る牧師さんの言葉は重い。

お茶を出してくれたお嬢さんも、覚せい剤漬けから立ち直った
という。

牧師さんたちから、「更生できてよっかたな!」と声をかけら
れるとうれしそうに「ハイ!」と元気な返事。
今は、同じく牧師への道を歩くために神学の学校に通っている
そうだ。
さわやかな彼女の笑顔に、重々しい体験を示されながらも救わ
れる。

青少年や、暴力団に関わってしまった人たちを必死に更生しよ
うと実践されている弟子教会の皆さんと、お役に立てることは
何でもさせていただくことを約束して、辞した。

本当に、いろんな苦労を糧とされている方々がいることをあら
ためて知らされた。

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2006年7月 9日 (日)

県連活動と総支部活動

 昼から県連幹事会。
参院選対応や、統一地方選での公認・推薦規定の見直しなど懸
案事項を協議する。
まだまだ現執行部(私が会長に就任してからという意味では)、
十分な活動をリードしているとはいえないかもしれないが、そ
れでも地道に努力を重ねていくしかない。

しかし、政治スクールの実行を束ねる政治スクール担当委員会
や、地方議員の情報発信の起点となるブログなどの再構築を行
うネットコミュニケーション委員会などそれぞれ設置の委員会
は動き出した。

さらに、ドライブをかけていきたい。

その後は、1区の統一街宣。
西大寺の奈良ファミリー前で前川参議院議員も含めて、街宣を
行う。所属の県議や市議の皆さんと訴える。

それぞれの政治レベルの課題をめいめいに語る。
ぞろっと、議員が立ち並ぶといつもと違う様子に多くの方が立
ち止まる。

アピールだけではいけないが、しかしそれでも政治的なメッセー
ジの発信は政治家の最低限の責務でもある。

とにかく、草の根的に運動体を拡大展開していきたいと思う。

地元の空気は相変わらず、ゆったりとそして懐のような暖かさ
をもって、しっかりとリズムを刻んでいるようだ。
この場所から、地域に適合した運動を考えたい。
何かしらヒリヒリするような感じではない、落ち着いたリズム
で。

地元にいるこの間、携帯電話をなくしてしまってオロオロして
いたのだが、結構慣れると気楽だということがわかってきた。

これも、良いかなぁ...と正直、思ったり。

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2006年7月 8日 (土)

シビルエンジニアリング(市民工学)

 一年ぶりの横浜国立大学土木同窓会総会。
今は、建設学科シビルエンジニアリングコースと称すらしい。
ずいぶんとハイカラになった感じだ。
女子学生の姿もチラホラで、かつて「女は入れない土木」と語っ
ていた名物教授もいたが、隔世の感だ。

恩師の今井五郎教授が急逝されたのは去年の大晦日。
その土質研究室も、地盤研究室と名を変えていた。

「もう、土質とは言わないんですねぇ。」と先輩方々に聞くと、
「土だと、柔らかいものだけってイメージだから岩盤なんかも
含める広い意味で”地盤”に変わったんだ。」との話。

へぇー、そうなんだ。
工学教育の世界も、日々学際が拡がり、あらゆる意味で全般を
学ばなければならないという意識が徹底しているようでもある。
授業には、環境に対する意識も持たねばならないとして生態系
や生命についても取り入れているという。

総会は、パーティー形式をやめて今年から教室の研究状況など
「情報発信」の場にするという意味で、現役教授の特別講演な
どが組まれていた。

久しぶりに聞く授業のようで、大変面白かった。

水環境研究室の柴山教授による、スマトラ沖地震の津波被害と
カトリーヌ台風による高潮被害についての分析は、被災直後に
現地に飛んでいって三次に渡る調査結果をそれぞれの研究チー
ムで共有するなどして国際的な協働作業によって緻密に検討さ
れたものだった。

調査結果によりスリランカにおける津波の最大高さは48.9
mに達していることを初めて柴山教授らのチームが明らかにし、
波の運動エネルギーが位置エネルギーに置き換えられた結果か
らその凄まじさをあらためて浮き彫りした。

うーん、当時、海岸工学などあまりまじめにやってなかったな
と反省しながら、地道かつ緻密な調査に頭が下がった。

こうした結果を基に、日本における地震災害などの時の津波シュ
ミレーションやハザードマップの作成などの実務的な応用がな
されていく。まさに、工学の世界。

その後の二次会は、地盤研究室の皆さんと横浜中華街へと繰り
出していったのだが、日帰りで地元に帰らねばならず途中退席。
変わらぬ先輩や後輩の姿を見ながら、あらためて、素晴らしい
学問を学んできたな、と誇りに思う。

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企業から学ぶもの

 上京して東京の支持者の皆さんへの挨拶回り。
企業の経営者の方がおのずと多くなるために、ビジネスアワー
での訪問となり事前のアポを必要とする。

国会事務所で細かくルーティングも含めて行程を立ててくれて
いた。車に乗るだけで、ハイ、次は○○、次は××という具合
に流れる。

企業周りとは、いよいよまぶちも企業献金やパー券でも売り歩
いているのか?、といぶかしがられるかもしれないが、そうで
はない。

国会がとりあえず終わりましたということのご挨拶と報告。加
えて、東京での後援会活動(シビックミーティングin東京やミ
ニ集会)や「個人献金」のお願いだ。
皆さんから励まされ、また勇気付けられる。

とりわけ、父の在籍していた会社の皆さんは本当にあたたかく
迎えてくださった。父のことを「先輩には、お世話になりまし
て...」などと聞くと、無骨で人付き合いなど苦手な父の往
時の素顔がうかがい知れて驚く。
案外、息子というものは父の「社会での顔」を知らないものだ。

その意味では、我が家では父親(私!)の政治家として外での
評価など子どもたちは直接耳にすることが多いだろうし、父親
の外での姿をよく知っているかもしれない。

たくさんの企業や団体を回りながら、組織の「家族的」な繋が
りをあらためて思う。

先輩から後輩へ、そして会社を離れても変わらず会社の仲間が
集い、後輩たちの仕事ぶりに苦言を呈したり称えたり、と間違
いなく過ぎし時を次へとつむいでいる。

このような繋がりは、残念ながらわが党にはまだまだ根付いて
いないのではないか。

この、極めて日本的な「一家」感、観があらためて必要とされ
ていると、企業から教えられた気がした。

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2006年7月 6日 (木)

ミサイルパニック

 朝、目覚めたのは街宣車の大音響だった。

住まいの九段宿舎は靖国神社の裏。いつも黒やカーキ色の装甲
車のような街宣車がたむろしがちな場所なのだが、今日の様子
はチョット違う。

そう、九段宿舎は朝鮮総連の裏手でもあった。
そこに、街宣車が結集していたのだ。
とてつもない大音響の街宣。

未明からの北朝鮮によるミサイル発射。

早朝段階では3発の発射ということだが、情報を得ている現在
では7発に達している。朝から報道は一色になる。

宿舎を出発する車が、出るのもままならない。マスコミ、警察
関係の車両、そして黒やカーキ色の街宣車。

ある種異様な雰囲気の中をやっとの思いで抜け出て、会館へ。

緊張感の走る永田町、政府の対応を見守る。

対応は当然ながら、厳しい制裁措置を行うかどうかに絞られる。
後は国連安保理の対応ぐらいか。

しかし、政府の会見がどうにも、心もとない。
もう、5月の段階で十分予見できる行動だったはずだ。
米軍の展開はそれを物語っている。
なぜ、この期に及んで「飛翔体」などと語るのか?。
北朝鮮政府によるピョンヤン宣言の明確な破棄(解除)である
ことを、なぜ即座に認めないのか?。
そして、それに対する厳正な措置を一刻も早く国民に示すべき
ではないのか。

何とも、奥歯にモノの挟まったような中途半端な説明に終始す
る政府は、何を懸念しているのであろうか。

何ともいえない苛立ちと、言葉が過ぎるかもしれないがこの国
の平和ボケに相当の焦燥感を持ちながら、明日国会で専門家の
同僚に意見を求めてみようと思っている。
私の意見は偏りすぎているのだろうか。

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2006年7月 5日 (水)

タイムリーにいきましょう!

 先日長野に行ったとき、羽田最高顧問が雑穀料理がお好きで
その日も夜は雑穀料理だと事務所長がおっしゃっていた話を書
いたところ、その雑穀料理を当日食べてきましたという方から
ご連絡いただいた。

すごい、タイムリー!。
と答えると、「いや、メルマガがタイムリー!」とお褒め(?)
いただいた。

何だが、ますます「グルメ日記」に変化しつつあるようだが、
変わらず行きます。

さて、タイムリーにがんばろうと地元活動。
浪人時代からの愛車、スピード号で奈良のまわり方をトシに指
導、いや運転手指南。
ドライビングポジションはこう、背もたれの傾き具合はこう、
ブレーキペダルの踏み方はこう、ハンドルの取り回しはこう、
と細かく指導。なかなかこんな事務所はないぞ、と語る。
普通、ないよな、やっぱり。

午後には、上京。
国会での仕事がどさっとたまっている。
これもこなさねば、この閉会中に休みなどおよそおぼつかない。

奈良事務所のみんながさすがに、私が地元に張り付いたせいか
フラフラ状態であるのが気になっていたので、全員に休みを取
るよう命じてきたのだが、来週の私の更なるパワーアップに戦
々恐々と言うところか、あまり喜んでもらえない。
大丈夫、みんなには無理は言わないから!。

さて、国会ではとにかく判断、判断、処理、処理。
明日から、東京でのご挨拶周りに走る。

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2006年7月 4日 (火)

文月

 あっと気がついたら、7月に入っていた。
もうすぐ夏だね、とヒロコに言うと「あーっ、夏休みなんてだ
いっ嫌い!」との言葉。

夏イコール夏休みっていうのは、「お母さん」の感覚なんだろ
うな。確かに、子どもたちも一日中家にいるから、おさんどん
も大変だ。

でも、夏を前にしたちょうどこの季節に、一年の半ばを過ぎた
このときにこそ、今年の目標は高すぎたのか?、あるいは自分
としては不本意な経過だったかな?、などとかふりかえる時間
を持つようにしたい。

ちょうど、夏前の梅雨の季節で、外に出て元気に活動、という
ことが控えめになるようであればなおさら、ジッと机に向かう
でもいすに腰掛けるでもして、しばし物思いにふけるのもイイ
かもしれない。

旦那と奥さんはこうも感覚違うかなと考えながら、今年半分過
ぎてお世話になった方々や疎遠となってしまっている方々に、
ご挨拶が必要だなぁ、という結論に達した。

さて、そこでどうしようかと考えていると、ふと7月の陰暦の
呼び名、「文月」が目に留まった。

七夕に、願いを込めて文をしたためる月ということから、文月。

この季節に、少々不調法だが筆を執るのも良いかも知れない。

なかなかお会いできていない人や、あるいは身近な方々であら
ためて言葉をかけにくい、などの時に手紙を書くのもいいもの
だ。

ギラギラとした夏の前に、しばし立ち止まって文に想いを託す、
そんなたおやかなときの過ごし方を、先人たちはこの月の名前
に込めたのかもしれない。

最初に書く手紙は、とりあえず誰に宛てるかがまた、課題となっ
た。

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2006年7月 1日 (土)

長野県上田市での講演

 羽田孜最高顧問の地元の後援会の総会で記念講演を、とのお
話をいただきさすがに、「いや、そんな、おそれ多い...。」
とご遠慮申し上げていたのだが、どうしてもと請われ長野県上
田市に向かう。

上田は羽田先生の住居地でありまさに地元である。
その地元で、後援会の地方議員(!)の皆さんへのお話である。

地方議員の方だけで構成されている後援会で総勢160名(!!)
だそうである。いやはや、すごいな。

名刺をいただいた町長さんや議員さんが、それぞれ羽田先生の
事務所にかつていらした方だと聞く。
見事なまでに地元の地方政治と連携している。
ウーン、さすがだ。

約1時間の講演と質疑応答、そしてその後の懇親会でお酒を少
々いただき、息子さんの雄一郎参議院議員にご挨拶して失礼す
る。

同行のチョロ松と、いやースゴイね!!と感心しながら元総理
の地元での力をまざまざと見た想い。

羽田事務所長さんに、お疲れでしょう、とお蕎麦屋さんに連れ
て行っていただく。
いえいえ、疲れもうまいもん食えば吹っ飛びます、とばかりに
天ざるをいただく。
空気のうまさと水のうまさもあいまってか、そばをおかわりし
て満足。

事務所長さんいわく、そば好きで有名な羽田最高顧問は最近、
雑穀米などの料理に凝っておられて上田に帰ってこられると雑
穀米専門店によく行かれるそうだ。

「今晩も帰ってきて、夕食に参ります。」とのこと。

外回りや、体力仕事の秘書さんたちには健康食のような雑穀米
料理は少々物足りないかもしれないなぁと思っていると、「私
は、カツ丼かなんかのほうがいいんですけどね。」と正直なお
言葉。
所長さん、今度機会あったらカツ丼行きましょね、と別れた。

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