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2005年11月

2005年11月30日 (水)

事実の確認

 衆院国土交通委員会では正式に、「構造計算書偽装問題」と
称して今朝早くから、現場視察を行い午後からは参考人質疑を
行った。

現場視察は、25日に党の視察団で訪問した茅場町のビジネス
ホテル「京王プレッソイン茅場町」と、建設中のマンション
「セントレジアス船橋」の二件。

それぞれ木村建設、ヒューザー、姉歯建築士、イーホームズと
今回の関係者が関わっている物件である。

現場視察の朝のバスの中で、テレビ入り(生中継)を初めて知
る。そうか、生中継か!。誰にも言ってなかったな!。
まぁ、仕方ない。

昼前、早めに国会に戻る。
午後は1時半から質疑。
テレビ入りで、マスコミもすごい騒ぎだ。

長妻NC国交担当の後の2番手で質疑に立つ。

今回の問題のポイントは、二点。
それは、このような偽装防止のための制度設計をどのように行っ
ていくべきかということと、被害者となられた方々にどのよう
なセーフティネットを考えていくべきかということである。

そして、そのためにはしっかりと「事実」を把握することがま
ず最も重要と考える。
事象としての「事実」は一つである。
様々な、主観によって語られる「事実」は時に誤って伝えられ
る。だから、そこに「虚構」が生まれ、「真実」の価値が尊ば
れる。
しかし、繰り返し申し上げるが、事象としての「事実」は一つ
である。

私はかつての会社経営の中でも、多くの多様な意見に対して、
何が正しいかを「事実をもって語らしめる」べきであると訴え
てきた。「事実=ファクト」の持つ強さを、訴えてきた。

今回の質疑のコンセプトも、これ一本だ。
参考人の発言から、事実を確認し、事象に潜む問題の本質をあ
ぶりだすことが使命だと考えた。

内容についてはご意見あるかと思うが、ロジックを重視してい
く質疑のスタイルは変わらない。

テレビ的には扇情的でなく派手さもなくて、あまり面白いもの
ではないかとも思うが、私は愚直にこれでいく。

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2005年11月28日 (月)

耐震強度偽装問題参考人招致

 明日の国土交通委員会での「建築物の構造計算書偽装問題」
についての参考人質疑に、常任委員ではないのだが、差し替え
で質疑に立つことになった。

連日ワイドショーをにぎわせている問題なので、国会としても
放置してはおけない。
招致参考人は、一級建築士の姉歯秀次、木村建設社長の木村盛
好、木村建設東京支店長の篠塚明、シノケン社長の篠原英明、
ヒューザー社長の小嶋進、イーホームズ社長の藤田東吾、平塚
市都市政策部長の渡辺貞雄(敬称略)の6名。このうち木村建
設の二人は連絡がつかない状態だという。
すでに、関わった一人の設計士の命が絶たれ、また今も住民が
倒壊の恐れという生命に関わる大きな問題を抱えている。

行政処分や、違法行為における捜査といった状況を待つのでは
なく、一刻も早く事実解明が必要である。

明日の参考人質疑のバッターは、わが党からは長妻昭代議士と
三日月大造代議士とまぶちの三名。。

事実の確認をしっかりやっていきたい。

                           記
衆議院国土交通委員会:11月29日(火)午後1時30分〜
まぶちの質疑:午後2時40分〜3時10分
http://www

.shugiintv.go.jp/jp/index.cfm
でご覧いただけます。

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おん祭りの環境整備

 また、今年もそろそろ「おん祭り」の季節である。

大名行列保存会の一員として、今年もがんばるぞー!、と一様
張り切っているのだが、なんせ、思った以上に忙しい。
しっかり参加できるかな?、と思いながらも今年は「やっこ」
やりたいなぁ、などと生意気なことを思っているのである。

そこで、懸案の交通規制の話を当局に聞いてみる。

保存会としては、何とか登大路のスタートのところから高天の
交差点までの左右6車線部分を、行列通過の2時間弱だけでも
全面閉鎖できないか、との願いがある。
観光客に、それこそ道路利用での見学を可能にできればさらな
る集客も見込めるのではないか?。
素朴な願いとも言える。

伝統行事として、全国の観光客を集める京都の祇園祭りなど、
確かに全面閉鎖となっているところはいくつもある。

しかし、地域事情によって様々なのは言うまでもない。
保存会の代表でもなんでもない、「一市民」の立場でお訊ねす
る。

安全を守る立場からは、いろいろ複雑な状況でもあるようだっ
た。
簡単にはいかない。

緊急車両や緊急時対応のため、全面というのはもともと難しい。
さらに、様々なトラブルの可能性を考慮検討していかなくては
ならない。
今日でも、かなり神経を使っておられる。
へぇー、そんなことまで!?、と言うぐらい努力をされている
実態も伺った。詳細は安全上、お伝えできないがやはり不特定
多数が集まるということは何かと大変だ。

今年の祭りについては、JR高架橋工事もありテンポラリーな
対応が迫られている。

いずれ、市民や観光客の皆さんにとってさらに喜んでいただけ
る状況が生まれることを願って辞した。

やはり、環境整備とさらに中身の充実を地域のみんなで努力し
ていかねばならない。
よし、12月17日までは、体調に気をつけてがんばろう。

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2005年11月27日 (日)

大阪市長選挙顛末

 同僚議員だった辻恵(つじめぐむ)さんが大阪市長選に出馬
ということで、応援に行くからね!、と言っていた。
しかし、民主党の推薦も受けずに無党派の市民選挙をやるとい
うことで党からの応援は一切受けないとなった。よし、わかっ
たと、陰ながら応援していた。

しかし、辻さんから週末にぜひとも応援に来て欲しいと自筆の
ファックスをいただく。

よし、応援行くぞ!、と駆けつけた。

しかし、いかんせん遅い。
菅さんも最終日ということで東京から応援に来られたのだが、
街全体を見渡してみて、どうも今一歩の、盛り上がりに欠ける
感があった。

大阪駅の北口、ヨドバシカメラ前と御堂筋での街宣車からの流
し、ミナミの千日前ビックカメラ前のスポット演説と、マイク
を持って訴える。

しかし、市民の反応は鈍い。

残念ながら、結果は現職市長の再選となった。
辻さんが、もっと国会での予算委員会や疑惑追及のときのよう
な切れ味で選挙運動を戦えていたら、また違った展開になった
に違いない。

菅さんが、敏腕弁護士の辻さんをよろしく!、と一生懸命訴え
ていたのだが、敏腕弁護士の評価は揺るぎないもの。
きっと、また、辻さんらしい復活を遂げてくれると信じている。

その後、大阪の町でご商売の方々の話を聞くと、「いまや、多
くの商売人は市外に住んでもて、誰が投票してるんか、わしら
さっぱりわからへんようになってしもた。」とのこと。

「大阪の町も、ノックさん以来、何やおかしなことになってし
もて...。」のつぶやきが耳に残った。

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「崩壊の危機」に直面する住民の苦悩

 耐震強度偽装問題で、基準を満たしていないとされたヒュー
ザーの物件、江東区扇橋の「グランドステージ住吉」を訪問視
察。

住民の方々のお話を聞かせていただいた。

突然の「住まい」の「死刑宣告」。
さぞかし驚愕と絶望に打ちひしがれておられるのでは...と
想像していたのだが、存外、皆さん元気にしておられた。

もちろん、表に出さないだけで大変なご心労があると思われる
が、建物はモダンで、また招き入れられた室内は快適そのもの。
確かにこの建物が崩壊の恐れがあるといわれても、今、住まい
している方々にとっては実感がないのは本音かもしれない。

67戸の住宅は、100平米以上ばかりで、130、160平
米と広々とした高級感あふれるマンションである。
住民の広報担当をされている方からもお話を聞いた。

「正直言って、何の過失もない住民には、これからどうなるか
ということは、一切想像もつかない。」と語る。
無理もない。

都や区が、公営住宅を用意すると言っているが、50〜60平
米の住宅に、今の生活の実態が収まるわけもない。
また、ローンの扱いがどうなるかもわからない状態で、新たな
負担は厳しい。

結局、どうすることもできないでいる住民と、余裕があって転
居を進めようとする住民とで、温度差が生じたりもしていると
いう。

ヒューザー側は、文書で住民の「重畳的債務の引き受け」をす
るとして暗に「免責的債務の引き受け」を拒否している。
これでは、ヒューザーが破綻した場合は債務が残ってしまう住
民側は納得できるわけもない。

何を望まれますか?、との問いに、「このマンションを気に入っ
ている。ここに安心して住みたい、というのが本心です。」と
の言葉を聞いた。「住まい」という人の営みの土台が崩れるこ
とへの不安を、心の叫びとして聞いた思いだった。

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2005年11月26日 (土)

第3回COP−A(コップ・エー)

 第3回の総合政策企画会議で、特会の説明を求められる。
中間報告であるが、改革の状況を説明する。

前原代表からは、政府の試案と比較して大胆なものを打ち出せ
との檄が飛ぶ。
原口さんと思わず顔を見合わせる。
前原代表の改革への取り組みは、強い意志によるものを感じさ
せる。
やり通さねば。

さて、話はその後マニフェストの検証に入る。
マニフェストの検証は、ある意味政策の棚卸しだ。

大胆に切るべきところも出てくる可能性もある。
それも、よし。

その中で子ども政策の話になり、民主党の掲げた「子ども手当
1万6千円」についての議論が出た。

つい僭越ながら、先日の社会保障の勉強会で発した、現物給付
による「子育て保険」の話をした。保育園などの箱モノ建設だ
けではなくて、「保育ママ」などの人材派遣サービスを提供す
る現物給付は実は、介護保険の実績を見ても、民間活力の導入
に極めて有効であったという持論を展開した。

総合政策会議とは別に、原口さんにも興味を示していただき、
今後の検討を原口さんとともにやっていこうということになっ
た。

これは、面白いぞ。
なかなか、とんがった政策になりそうだと思う。
思わぬところから、展開していきそうだ。

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耐震強度偽装問題

 急遽、国土交通部門で「耐震強度捏造問題検証チーム」の現
地視察に参加する。

国土交通部門では、緊急の理事懇が開かれ今まさに世間を騒が
せている「構造設計計算書」における強度捏造問題について、
閉会中審査を決定した。

国会は来週の火曜日、水曜日に現地視察、参考人招致、5時間
の一般質疑が決定した。

総合政策企画会議の席上、松本政調会長より本日の現場視察に
参加するよう指示を受けた。

今、もっとも話題の中心となっているこの構造強度の偽装は、
まず実態把握が最重要である。

もともと、規制改革の一環として平成11年、建築基準法改正
によって民間の第三者機関による検査が可能となった。そのと
きに新規に参入してきたのが、現在大手三社と呼ばれるイーアー
ルアイ、日本構造設計、イーホームズである。

今回、姉歯一級建築士の告白により構造計算書の偽造が明らか
になり、検査機関であるイーホームズが国交省に事の重大さを
報告したのが始まりだ。
しかし、この建築確認申請における審査について、民間機関の
導入については、やはり「早い」というのが何より売りだった
ようである。

そして、今回の出来事の中でしっかりと確認していかねばなら
ないのは、「建築士が悪かった」、「検査機関が悪かった」と
いった単純な構図なのかどうかということである。
むしろ、高層建築物の構造強度という人命にかかわる問題の検
査体制の確立は、国を挙げて取り組むことが必要だったのでは
ないかということが、論じられていくべきではないか。

視察に同行いただいた国交省の国土技術政策総合研究所部長か
ら、説明の中で保有水平耐力、有効応力、長期、短期等、懐か
しい構造力学の言葉が飛び交う。
えーっと、構造力学は「優」だったか?、と一瞬学生時代のこ
とを思い出した。
うーん、やっぱり「可能性」の「可」だったような気がする!。

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2005年11月23日 (水)

まっすぐひたむき訪中後記

 いやはや、周りのみんなから食事に誘われるたびに、「中華
はやめときますか?。」と笑われる。

そ、しばらくは、やめとくれ!、誘わんでくれ!、と願いつつ、
訪中の面々と顔を合わすと、「楽しかったね。」などと言葉を
交わす。

さて、岡田事務所から精算の結果が回ってきた。
訪中での宿泊代や、移動のバスのチャーター代、食事代(中華
フルコース!)、各種記念館などの入場料や、会見用の部屋代
等きっちりと頭割りしていただいた。

そういえば、かつて中国に行ったとき、「中国に何から何まで
面倒見てもらっての外遊で、多くの政治家が骨抜きにされてき
た!。お前もとうとうその手にはまったか!。」とお叱りをい
ただいたことがあった。
なんのこっちゃ!?と、とりあえずすべて自前ですよ、とお返
事したことがあった。

かつての日本の政治家は、そんなことがあったかもしれないが、
今は、そしてわれわれは違う。

清算書を見ながら、旅の途中でタムケン(田村代議士)が離脱
して帰国のところもしっかりと細かく、計算していただいてい
るのに感心しながら、「岡田さんに限っては、どこへ誰と一緒
に行っても、その意味で何の心配もないわな!。」と、なんと
なくうれしくなった。

まじめで、少しかたくなで、シャイで、不器用で、そしてその
ことにちょっぴり反省してしまう、岡田さんとのニュートラル
でクリーンなお付き合いが末永くできればなぁ、と願う。

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特会改革チーム、現地視察第一弾!

 朝から、決算行政監視調査会を行い午後より現地視察に赴く。

閉会中、議員の皆さんに集まっていただく機会はNCなどがあ
る火曜日に集中する。限られた時間内で、特別会計の象徴的な、
「不適切な事業内容・事業体制・事業運営」の施設の見学を行
わねばならない。

「不適切そうだから、見学させてください!。」などと直截に
は言わないが、相手のガードが固くなるのは当然。難しい交渉
を政調のカッチャン、アベッチで何とか実現してくれた。感謝!。

視察現場はこれまでに、報道等に供された施設二箇所。
ひとつは、江東区墨田のアビリティガーデン。もうひとつは、
江東区潮見のコーポラス潮見。

「不適切」かどうかは、今後の特会改革の中で、明らかにされ
るものだが、とりあえず事務局として独断で、選定させていた
だいた。

アビリティガーデンは、ホワイトカラーのスキル開発の実態調
査、研究開発を行う施設とある。

なんのこっちゃ!!。
要は、研修を行っているところ、研修プログラムを開発してい
るところだという。

全国にたった一箇所しかなく、ここへ失業した方々が泊まりで
研修しに来れるように(?!)と、宿泊施設がある。
一泊4200円で、ビジネスホテル並みの施設がワンフロアあ
り、年間の稼働率は9.6%(!!)。

所長が汗を拭きながら、「チョット、稼働率が低いので廃止を
検討している。」とのこと。

9.6%で「チョット」か!。
大体、失業して離職中の人が、交通費払って宿泊代払って、泊
まりで「研修」受けに来ると思うか!?。

とんでもない計画の甘さである。
ま、とんでもなさは、枚挙に暇はない。

AGネットと呼ばれる、全国125箇所に衛星中継される研修
プログラムは、一回あたりのコストは500万円ほどになる。
研修プログラムコンテンツは年間1億8千万円で委託され、そ
の先はNHKである。
立派なスタジオは、二つのうちひとつは閉鎖されており、すべ
ての機材も減価償却が終わりかけで、「閉鎖を検討中」という。

また、「市場化テスト」に供した結果民間がプログラムを行う
ことになり、空いている部屋はその事務所として提供している。
賃料は平米あたり1000円以下。

蔵書が2万1千冊ある図書館も完備されており、職員は61名。
厚労省の天下り先として名高き、雇用能力開発機構の職員であ
り、ご多分にもれず所長と部長は厚労省出身である。

何なんだ!
この、過剰さと無駄は!。

まぁ、とことん予算委員会で追求する。
さらに、一行は、潮見の雇用促進住宅のコーポラス潮見住宅へ。

これは、今年の2月17日に私が予算委員会で追及したものの
ひとつだが、立派な都心の14階建てのマンションである。
かつて、ここに厚労省などの職員が入居していた事実もあり、
あわてて退去させた。

一同、唖然。

やはり、やりたい放題だったんだ。
百聞は一見にしかず。
実際に、建物などを見ると、税金や保険料などの無駄遣いの激
しさに、怒りがこみ上げてくる。

約3時間半の、現場視察で一同大いに気勢を上げることとなっ
た。

多くのマスコミが取材に同行してくれた。
国会閉会で民主党が存在感を示せなかった分、何とか取り戻そ
うと、報道関係に松野代議士や蓮舫議員が尽力してくれたおか
げで、それ相応の形になった。

勢いつけて、与党の中途半端な案を粉砕だ。

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2005年11月21日 (月)

努力の成果

 小6の三女のバレエの発表会があった。
3歳から始めているので、かれこれ9年にはなるだろうか。

真ん中(あたり?)で育ったせいか、極めてのんびりしている
子でもあり、身体を使っての表現というのが得意なようには見
受けなかった。

それでも、二人のお姉ちゃんにひきづられるようにして通い続
けていた。やがて、姉の一人が、やめ、そして続いてすぐ上の
姉もやめて一人になってしまった。元来、絵を描いたり詩を書
いたりが好きで、どちらかというと、そうした静的な創作活動
の方が向いてるようでもあった。

しかし、姉二人がやめた後も、やめなかった。

その後、何度か、バレエの発表会も見に行ったことがあるが、
およそ「やる気」があるようには見えず、他の子たちについて
いけない状態だった。もう、続かないだろうと思っていた。
「ちょっとォ、やる気ないならやめなさい!」と、母からも叱
られていた。

そして、選挙や何やらで、実に三年ぶりの発表会。
どうかなぁ、と思いながらも会場に向かう。
三女の出番は第一幕。登場した四人のバレリーナが誰だか最初
はわからなかった。名前を呼ばれて、はっと舞台を見つめる。
わが目を疑った。その舞いぶりに、驚く。

まだまだかもしれないが、かつてのおどおどした様子は一変し、
堂々トゥーシューズを履いて、舞い、踊る。

こんなに、踊れるようになったのか!。

こつこつと、努力を積み重ねれば必ず到達できる段階を、成果
として神様は用意してくれている。
努力すれば、必ず報われる。
そして、努力の中にもっとも大事な、心の強さと他人に対する
優しさを得ることができる。

遅れてやってきた、チビたちとヒロコに、「お父さん、行かな
くちゃいけないけど、すっごく上手だったよ、って言ってあげ
てね。」と伝えて会場を出た。

夜遅く、三女は帰ってきた。母から私の言葉を聞いたのか、う
れしそうに部屋に入ってきた。

いすに腰掛けている私のひざの上に、ニッコリしながら黙って
ちょこんと後ろ向きに座った。
後ろから、そっと抱きしめて娘の背中にささやいた。

「ありチャン、ホントに偉いね。がんばったね。お父さん、感
動したよ。」。

コクリと、うなずく三女。

神様が用意してくれた成果の段階は、家族の心までも優しく暖
かく包み込んでくれるものだった。

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まっすぐひたむき訪中記(その6)

 瀋陽市の張書記は、更なる企業の誘致を強く求めていたが知
り合いの日本企業経営者から、当局からの要求は何かと厳しい
とぼやきも聞いていた。

いずれにしろ、海外での事業展開はリスクがつきものだが、昨
日の航天三菱自動車エンジンの皆さんは、「いやぁ、こちらの
生活は快適ですよ。」と明るかった。どんな環境でも、生産現
場の士気を高めかつ製造技術の精緻化をはかる日本企業の姿勢
は素晴らしい。
世界に負けない技術立国の意地が垣間見える。

更なる瀋陽市の発展と日本企業の皆さんのがんばりを祈って、
瀋陽を早朝出発、北京へ。

最初に泊まった釣魚台ホテルで、在中の日本マスコミの記者の
皆さんとの懇談会。

日中問題に関するオーバーオールな意見交換ということだった
が、中国の外交政策というか、外交姿勢のようなものへの評価
が面白かった。

中国の常務委員は9名。中国はこの9名がフルに活動して、世
界中に外交的アプローチを図っている。
主席や総理、副総理といった肩書きでそれぞれが、国賓として
の諸外国首脳部との外交交渉を精力的に行っている。
アフリカは小国ももらさずに、またヨーロッパも全域に常務委
員クラスで大変な訪問実績を重ねている。
極めて、戦略的な全世界外交を展開しているのである。

しかし、一方で日本はどうか。

総理が動くのはなかなかに重たい。
では、誰かとなると外相ぐらいになってしまう。

これでは、使えるコマが少なすぎるのである。
この違いは、外交戦略の問題でもある。
外交戦略の有無や、あるいは巧拙、是非、とさまざまに議論さ
れてしかるべきだが、確かに政府首脳はかたくなに日本国内に
押しとどまっている感じは、ある。

やはり、「島国根性」から抜けきれない外交、と在外記者たち
から客観的に言われても仕方ないかもしれない。
大いに考えさせられる部分でもある。

記者懇終えて、再度北京空港へ。
昼食はスタバ(スターバックス)でコーヒーとなんか適当に軽
いもので、と思っていたのだが、ここでも空港内の中華レスト
ランでフルコース。

もういいよー、とか言いながら、それでも、うまいもんだから
散々食って、「文句言いながら、一番食べてる!。」と団員か
ら指摘を受ける。

そうだよー、だってうまいもん!、と超開き直りで今訪中で8
回目の中華フルコースをいただく。

後は、飛行機乗って帰るだけ。ツムツムと、飲んで帰るか、と
ばかりにワインにビールに。

いやぁー、まぶちの「まっすぐひたむき」は、どうも最初から
最後まで「食」に向けられてしまったようだ。
団長、すんません。

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まっすぐひたむき訪中記(その5)

 昨晩の曽維秘書長との会食後に日本総領事のブリーフィング
という日程は、きつかった。
酒飲んでからっていうのはしんどいよね。
でも、しっかりと総領事より話を伺い今後の糧とする。
いろいろ、本音の話を聞いたけど、オフレコ。
ここでは、書けない。

そして、翌朝、7時40分発で陸路で丹東へ。距離は300キ
ロ。鴨緑江を境とする中国と北朝鮮の国境の町。
たっぷり、3時間かけて到着。
すぐさま、鴨緑江に向かう。そこで遊覧船に乗り込む。
この国境は鴨緑江なのだが、両国の中で「中間線」の取り決め
がないため、北朝鮮の岸壁ぎりぎりまで船が近づくことができ
る。

ホンの10m先に北朝鮮の国土が広がる。
北朝鮮の人民がこちらを眺めているが、手を振ると顔を下に向
ける者あり。子どもたちも大勢集まっている。中国側の通訳に
聞くと、政治集会(?)だとのこと。主体思想の教育を広場で
行っているという。
うーん、そうは見えんかったけどなぁ。

川の中央から眺める両国の景色は雲泥の差がある。高層ビルや
新築のビルがぎっしりと立ち並ぶ中国の丹東市と、建物もちら
ほらとしか見えない殺風景な光景の北朝鮮の新義州。ハドソン
川をはさんでのマンハッタンとニュージャージーと言ったら怒
られてしまうかもしれないが、天と地ほどの都市形成の違いだ。

しかし、それでも中国と北朝鮮との間には、朝鮮戦争時に培っ
た「抗美援朝(アメリカと戦って、北朝鮮を助けた)」の固い
絆があるように感じられる。
そして、それは丹東の街中の朝鮮族の暮らしぶりが、しっかり
と融合して根付いている事実に裏付けられている。
単に、共産圏だった(あえて過去形にしたが...)というこ
とだけではなく、民族間の長い歴史の中での繋がりを感じずに
はいられない。

丹東市の書記とも会見し、件の抗美援朝記念館を訪問して瀋陽
にまた300キロ走って戻る。
4時半に、瀋陽へ進出している日系企業の航天三菱自動車エン
ジンの工場を見学。

総経理からの事業概要の説明を受けながら、中国でのビジネス
の最新情報を聞く。さまざまなカントリーリスクに苦労されな
がらも利益を出していく命題に突き進む、皆さんに頭が下がる。

ここも早々に辞して、瀋陽での最後の政治日程である瀋陽市の
張行相書記と会見、会食。
さすがに、中華料理のフルコースにもうヘトヘト状態だ。
15日の夜から、16、17、18と三日間の昼夜連続のフル
コース。4日間で7回の文字通り中華三昧は、さすがにあっさ
り好みの日本人にはこたえる。

もうすっかりベルトの穴も1個は余裕で増えてしまった。
ダイエット続けてたのに、もはや、あきらめの気分で食うか!、
とばかりに開き直る。
そ、会食後も、瀋陽の街中をうろうろしました。

庶民感覚の店でも入ってみようと、冒険。
朝鮮族のやっている焼肉屋に入って、キムチなどで真露を飲む。
蓮舫が「水は気をつけて!。」と、洗ったと思しきコップの水
気を丁寧にティッシュで拭い取る。

ここまでやれば大丈夫か。
で、一同、乾杯。

やれやれ、何事もなく、岡田訪中団は無事日程終わりましたねぇ、
と岡田さんにホッとして語りかける。

「いや、まだ明日の記者懇、残ってるよ!。」
最後まで、まっすぐひたむきな返事をいただいた。
了解。団長!。

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2005年11月20日 (日)

まっすぐひたむき訪中記(その4)

 遼寧大学の日本語専攻の学生たちと懇談。

大学や大学院の学生から自由闊達な質問や議論をということだ
が、なんと20人以上が全員女性。中国でも、元気なのは女性
のようだ。

とてつもない広さと立派な建物で構成されるキャンパスは、日
本とは比較にならない。
その大学生の皆さんからの質問の9割は、またもや靖国問題を
中心とした歴史認識の話。

恐ろしく統一された、イシューセッティングに思わずうなる。
政府高官から、学生まで一貫している。

中国政府の情報操作や統制ということも巷間言われるが、それ
だけでなく、むしろ中国民衆の日本に対する不信感の振れ幅と
いうものが、これぐらいあるという認識に立つべきかもしれな
い。

団員それぞれが、学生の質問に答えさせていただき大学を辞す
る。

その後もパトカー先導で、李克強書記との会見に臨む。場所は、
遼寧省の友誼館。前にも書いたが、胡錦濤主席の「団派」の後
継者と目される一人である。
しかし、李書記は地方の一指導者の立場を超えての発言は極め
て慎重だった。まず、遼寧省の責任者として東北振興策を実現
することに全力を尽くすとの立場を崩さず、今日の日本との関
係は1000年を超える歴史があるのだから、しっかりとした
基盤があると信じている、とのコメントにとどまった。

李書記は会見のみで会食は、曽維秘書長たちと。
手を怪我しているから飲めないということだったが、それでも、
ワインの乾杯の嵐。「白い酒」のマオタイではなかったが、怪
我してなかったらえらい事になっていた。

乾杯!、イッキ!、は若い諸君に頼む!、と岡田さん。
私も、(私よりも)若い皆さんに頼むと、ツムツムと蓮舫へ!。

エーっ、ずるいずるい!、と切り替えされる。
身内でつぶしあってどうすんだ!。

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まっすぐひたむき訪中記(その3)

 朝7時半からの、中国共産党の「中華全国青年連合会(共青
連)」の周強第一書記との朝食会談。
周強第一書記は、中国共産党の40歳までの青年部、7000
万人の頂点に立つ人である。そして、中央委員でもあり、当然
ながら将来のリーダーと目される一人でもある。

胡錦濤政権後、いわゆる江沢民前主席の「上海閥」に対して、
共青連出身の「団派」の台頭が著しい。

胡錦濤主席や、遼寧省の李克強書記も共青連の出身である。そ
の昔、共青連が「青年団」と称していたことから、出身者の派
閥を「団派」と呼ぶ。

周強第一書記は、私と同い年だ。
岡田さんからは、いい人間関係を作っておくように言われた。
あわただしい、朝食会議を終えて北京空港へ。

瀋陽行きのフライトに飛び乗る。
約1時間半で瀋陽へ。機内から見る瀋陽の景色はスモッグで曇っ
て見えない。よく見ると煙突と思しきところからモクモクと煙
が吐き出され、街全体を覆っている。

いやーひどい汚染状況だなぁ、と驚きながら瀋陽着。
総領事館総出の出迎えを受ける。へーっ、と驚いたのだが、1
時間半後に自民党の武部幹事長ご一行到着とのことで、まっ、
それもあってのことだわな。

中国政府の対応はたいそう手厚いもので、パトカーの先導で赤
信号もサイレン鳴らして走り抜ける。時に反対車線を走り、渋
滞など関係なしだ。
えらい対応ぶりに、中連部の随行員も「北京でこれはできませ
んね。」と苦笑い。

パトカーもベンツのSL300。
地方の裁量とはいえ、著しい経済的発展を遂げている中国の地
方政府の力を感じる。

チェックイン後、故宮へ。
中国の本土には、北京とここ瀋陽の二箇所に故宮、すなわち皇
帝の宮殿がある。
瀋陽の故宮は明代、北京の故宮は秦代のものだそうで、世界遺
産にも登録されているが、残念ながら保存状態はあまり良いと
は言えない。
故宮見学を終えて、9.18記念館を見学。

お、重い。99年に江沢民主席の主導で造られた9.18記念
館は、反日感情養成所のようなたたずまいである。「国辱の日
を忘れない。」のメッセージと心理的効果を狙ったのか、新し
いのにわざわざ薄暗くしている照明は、心理的圧迫を生じさせ
る。確かに、当時の関東軍の所業は問題あったのは理解してい
るが、ここまであからさまに記念館と言う名目でプロパガンダ
されると、結構心情的にはキツイなぁ。
何か、意図ありか、と思わせるものだ。

重苦しい気分で後にする。
一同、皆無言。

記念館を出る寸前に、案内をしてくれた若い中国人女性に、
「日本をどう思う?。」と聞いてみた。
説明のときの厳しい表情とは打って変わって、にこやかに、
「6年間勤めているけど、歴史は過去のものだと思っています。
これからの感情を拘束するものではありません。これからの日
中関係に大きな可能性を信じています。」との答え。

少しだけ、ホッとした。

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まっすぐひたむき訪中記(その2)

 早朝、集合は7時の朝飯から。

6時に起きて、シャワー浴びて万全。し、しかし眠いやないか!?。
それもそう、たった1時間だが時差があった。ということは、
昨日寝たのは1時ころと思っていたが実は日本時間の2時。そっ
か、眠いはず。

そして、飯食って出かけるは「グレートウォール」、万里の長
城。なんと岡田さんも、十数年中国に来ているというのに初め
てだという。ちょっとぉー、仕事し過ぎだよぉー。

万里の長城は、入ると左右に分かれている。向かって左側がキ
ツイのだが、それを聞いて迷わず岡田団長、左側へ向かう。
こ、これはキツイ!!!。
斜度は20度くらいあるぞ。案外危ないかもしれない。

必死に登って、頂上には一様、一番乗り。
こんなこと競争してもしょうがないのにと思いながら、やって
しまう。

長城の一番近い頂上、868mで写真を撮って降りる。
途中、日本人観光客に出会う。

「あーっ、岡田さんだ!。写真お願いしていいですかぁ!」、
と中国まで来ても人気あるなぁ、と感心していると、「残念だっ
たネェ、こんな結果になるとはなぁ...!。」と、おじさん。

オ、オ、オイ!!!、中国に来てまで言ってくれるなよぉ。
せっかく、壮大な眺めを見て心新たなところにぃ...。
た、頼むよぉ。
と思わず、言いたくなるようなコメントもいただいてしまった。

さて、万里の長城を朝の9時半に登り終えて(?!)ホテルに
帰る。しかし、この日程も凄いよな。朝から、こんなに汗かい
て、気持ちいいにはいいが、なかなかない行程だ。

そして、昼前に日本大使館のブリーフィング。こっから凄かっ
た。去年会談した外交部のタイヘイコク副部長との会談。そし
て、台湾事務弁公室の王副主任との会談、北京市の劉書記との
会談と会食、在北京の日本メディアの記者とのブリーフィング、
そして、中国メディアの記者とのブリーフィング。さらに、在
北京日本メディアとの懇親会で、終了は0時。

さすがに、フラフラだ(でも、蓮舫は平気だぜ!。)。

大丈夫かな。明日は、朝食に共青団(中国共産党青年団)の周
強団長、それから瀋陽に移動だ。
またもや、朝から政治日程が入っている。

岡田さん!、まっすぐひたむき、キツイッす!!!。

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まっすぐひたむき訪中記(その1)

 訪中である。
民主党の有志議員団として。

メンバーは団長の岡田克也、津村啓介、田村謙冶(以上「衆」)、
藤本祐司、蓮舫(以上「参」)、そして事務局の私。会館から
ツムツムと一緒に成田空港へ。ツムツムを見れば、荷物は小さ
なストローラーバッグ。自分では結構コンパクトに仕上げたつ
もりだったが、さらに荷造りの上手な人がいた。

14時55分の定刻どおり機は離陸。機内はガラガラ。早速、
一列をわがもの顔で使わせてもらう。
まぁ、言っても3時間半ほど。それほど苦痛ではない。かつて、
ニューヨーク駐在時代は、あの13時間を何度往復したことか。
飛行機での過ごし方にすっかり慣れてしまっていたっけな、あ
のころは。
しかし、最近では長時間の乗り物といえば新幹線ぐらい。それ
でも2時間20分だから、あっという間。それに比べればちょっ
と毛の生えた程度か。

北京空港で、中国共産党中央対外連絡部(中連部)の出迎えで、
中連部本部へ。劉洪才副部長とともに会食ならびに懇談。昨日
の王毅大使もそうだが、幹部の方々の意見は判を押したように
一致している。間違っても、個人的見解なども出てこない。

現在の政府に対する見解や、今後の見通しも含めて意見交換を
した後に、ホテルへ。
と、ここでトラブル発生。
藤本議員の荷物が行方不明。
さすがに、これは青ざめる。

私は習性で、荷物を機内預けにしないのだが、それも駐米時代
にさんざんあちこちで荷物をなくされた経験があるからだ。行っ
た先の初日に荷物がないのは、ホトホト困る。落込む気持ちは
よくわかる。

空港へ荷物を探しに行くことも含めて、一同見守っていた。
ようやく深夜0時前に空港で見つかり、藤本議員の手に。

やれやれ。

ま、心配していたと言いながらも藤本さんと一緒にみんなでロ
ビーで飲んでいたのだが...。

と、そこへ、岡田さんが、マッサージを終えて現れる。
絶妙のタイミング。

やっぱり、心配してくださってたんですねぇ、と藤本議員。

そ、マッサージ受けながら、まっすぐにひたむきに気にかけて
おられたのです。

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COP・A(コップ・エー)

 総合政策企画会議のコアチーム会議。
朝から、面々が集まり総合政策企画会議にあげる議題の調整や
検討をはかる。

経済財政課題の抽出や、特殊法人以外にも及ぶ法人への税金の
流れなど、問題提起がなされる。

毎回、さまざまな角度から前原代表はじめとする会議の面々へ
の諮問課題が事前段階でここで集中的に討議される。
なかなかに、大変だがまとめの担当の原口さんが推進力がある
ので安心だ。

こうした会議の中身もすべてオープンにしては声があがると、
原口さんからはすぐさま「OK!」が出る。
徹底的にオープンなプラットフォーム作りを目指す。

今日は特に、今後の歳入・歳出一体改革についての民主党のス
タンスを明確にしていくべきだの議論が白熱した。
私は、財務省の回し者でもなんでもないが(これ言い訳っぽい
か!?)財政再建には、相当の覚悟を持って臨むべきだと思っ
ている。だから、自民党の中川政調会長や竹中総務相の発言は、
あまりにも選挙後に舵を切りすぎではないかとの、違和感を感
じている。

民主党内でも真剣な議論をしておかねばならない。
サラリーマン増税反対は、メッセージとしてわかりやすいが、
じゃぁどうするのか!?、が責任ある立場として問われる。
直近の大きなテーマであると思っている。

さて、会議の最後、なんとなく事務局として、「総合政策企画
会議」のネーミングが長すぎるので何とかならんかなぁ、と思っ
ていたので、略称を提案した。

「総合政策企画会議」。要は、代表と関係者にさまざまな政策
課題の諮問を行う会議。いわば、民主党版経済財政諮問会議。

ここは、単純に、"Council of Policy Advisors"で、簡単に
"COP-A"(コップ・エー)でどうでしょうか?、などと提案
AはAdvantage や、Aggressive

などの意味も込めてなどのへ
理屈を付け加える。

もっと、イイのあれば提案してほしいともお伝え...。

なんせ、言いにくくて。
おーい、次の「そうごうせいさくきかくかいぎ、いつだっけー?。」
なんてね。

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2005年11月14日 (月)

MKタクシー

 MKタクシーの青木前会長が奈良の事務所を尋ねてこられた。
はて、何かな?、と一瞬戸惑ったが、思い出した。

今年の5月17日に財金委で近産信組と中川秀直国対委員長
(当事)との結びつきについて、質したことがあった(不易塾
日記第506号)。

http://www

.shugiintv.go.jp/jp/wmpdyna.asx?deli_id=26852&media_type=wb&lang=j&spkid=6933&time=07:02:12.2

それについても、今頃なんだろう?。

青木さんは、もうすでにMKタクシーの会長は降りられ、近産
信組の経営一本でやっておられる。

立志伝中の人でもある。
かつて、タクシー業界が産業界としての評価が低いことを嘆か
れ、様々な顧客指向のサービス提供を行ってきた業界の風雲児
である。
とりわけ、割引料金などについての旧運輸省との戦いは、マス
コミをにぎわせた。

その青木さんが何の面識もない、私を尋ねてこられる用事とは
一体何か?。

まさか、よくも質問したなとか、質問するな、などのばかげた
話ではあるまい。

と、思いながらお迎えした青木さんは、激しさを内に秘められ
ているようではあるが、物腰の柔らかい好々爺然(失礼!)と
した方であった。

「事実に基づいて、質問をして欲しい。自分は、どこへでも行っ
て発言するから、どうか、誹謗中傷の類とかには惑わされない
で欲しい。」とのご意見であった。

もちろん、事実に基づいて質疑をしていくのは当然であるが、
私の当該質問は、法令違反となるような疑惑については、監督
局としてしっかりと説明責任を果たして欲しいとの意見を大臣
にぶつけたものである。それに対して、伊藤大臣が、個別のこ
とは答えられないと逃げるので、青木会長と中川国対委員長の
参考人招致を要求したまでで、決して個人攻撃をしたわけでも
ない。

その旨を伝えると、よくわかっておられるようで、付け加えて、
「どなたかに、頼まれての質問ですか?。」と、率直に聞いて
こられた。

へっ!?。びっくり!。

そうか、そういうこともかつてはあったんだな。
青木さんのご懸念は全くない。常に、行政が裁量によって市場
を歪めていないかを、チェックする機能を果たしていきたいと
思っているだけです、とお答えした。
青木さんも、納得された様子。

むしろ、金融庁がでたらめな指導をしてきたら、ぜひ連絡くだ
さい、とことん、市場のためなら追求しますよ、とお伝えした。

近産信組は障害者向けの10万円までの無担保融資を行ってい
る。当初、1億円の予算を立て回収率を半分ぐらいに見ていた
ところ、融資を受けに来たのはわすか15人。しかし、逆に障
害者の方々から障害者のための金融機関だということで口コミ
で伝わり、いまや障害者の方々の預け入れが48億円を超えた
という。
市場を良く知り、本当に困っている人のための商売を考えれば
結果はついてくる、と胸をはってお話されていた。

国会議員として、対応すべきは対応しますとお約束してわかれ
た。

ひょんなところから、出会いがあるものである。
青木さんの気合を、少々いただけた気がする。

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王毅大使との昼食

 中国の王毅大使から今回の訪中に際して、昼食にご招待いた
だく。
場所は、元麻布の大使公邸。

大使とは、かつて鳩山さん主催の勉強会でご一緒したことがあっ
た。
理論的にかつわかりやすい語り口で、日中問題の現状と今後の
進むべき道などを聞いた。

冷静に、決して感情論ではない外交のあるべき姿を見せていた
だいたように思う。

さて、今回は総選挙後の首相の靖国参拝によって関係が微妙と
なっている時期だけに大使の考えはいかに、との思いでお会い
した。

円卓では大使の隣席で、安全保障問題、経済・貿易問題、北朝
鮮含む東アジア問題等、直接にお聞きすることができた。

岡田前代表が培ってきた人間関係により、今回の訪中が実現す
ることになったのだが、中国も、より深い信頼関係をどのよう
に実現できるかの具体策については心を砕きたい、と願ってい
るように私には思えるのである。

まぁ、岡田さんの言うところの「中国に理解を示すことを発す
ると、今の日本では叩かれるからナ。」のとおり、逆に中国に
対して勇ましい発言のみが喜ばれるという、バランス感覚を失っ
た状況が生まれつつある。

「まぶちも、中国に騙されるな!。」、などというメールが来
たりする。

やれやれ。まともに議論ができなくなることが、最も民主主義
を地におとしめることに早く気づかなければならない。
恐れずに、政治家はメッセージを発信すべきでもある。

お互いが、「自信に裏づけられた謙虚さ」をもって対話すべき
ことに気づかねばならない、と王毅さんとの懇談で感じながら、
大使公邸を後にした。

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選挙後初出席の県連幹事会

 県連幹事会が開かれた。
選挙後、初の出席となる。
もちろん選挙直後に一度開かれてはいるのだが、郵政民営化法
案の対案作りで週末も東京に残ることになり、失礼した経緯が
あった。

その意味で、選挙後、自分としては初の幹事会である。

中村会長が、先の幹事会で「辞意」を表明されたため、役員選
考委員会が設置され、後任役員人事が焦点となっている経緯が
ある。

マスコミからはいろいろ言われているが、何も打診もないし、
一言もそのことには自分自身触れているわけではないので、静
観の構えだが、状況はそうでもないようでもある。

いきなり、A社の記者から、「もう決定ですか?。」と幹事会
会場に向かうところで聞かれ、「エッ、何が!。」とゴーメー
親父化してしまった(わかんないよネ!)。

やっぱり、いろいろ憶測流れてんだなぁ、と思いながら幹事会
に出席。

前川参議院議員が、県南での森林シンポジウム出席のため欠席
ということで、私から冒頭、国会での様子を伝える。

前原体制の状況と、党中央での議員の体制評価などなどを伝え、
まだまだ発展途上かもしれないが、ぜひとも前原体制を全力で
支えていきたいとお願いする。

県連幹事の皆さんには、それなりに伝わったか。

そして、もうひとつ大事なこと。

大惨敗の後の危機的な状況での、前原体制スタートである。

県連会長のテッチャンにはつらく聞こえるかもしれない、と申
し訳ない気持ちながらも、県連幹事の皆さんにはぜひとも認識
して欲しいとの思いから訴えた。

確かに、民主党惨敗というが奈良県連では、現実には現職が一
人(テッチャン)減っただけである。
しかし、党本部では、実に180名中の仲間の80名が議席を
失ったのである。この「事」の重さの受け止め方の違いは当然
あると思う。しかし、現実に全党的には44%を失った意味を
よく理解してもらわねばならない。

だから、その上で、前原代表が解党的な出直しを図ろうとして
いることを考慮すれば、県連単位でも同様の苦しみを乗り越え
なければならないのである。

このことを、幹事の一人ひとりの皆さんにお知り置きいただき
たいと僭越ながら、言葉を重ねた。

果たして、県連役員の行方は、私のあずかり知らない場面で動
いていくかもしれないが、責任ある言動を行っていきたいと切
に思うしだいである。、

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政経懇話会

 東京での後援会作りも、いい加減やろうよと、在京の経営者
仲間が集ってくれる。

とある東証一部上場企業の名だたる皆さんが集っての会議。
恐縮だなぁ、ありがたいなぁ、と思いながらもこちらはお願い
ばかりである。

なんせ、企業献金受けない!、って言ってるもんだから、企業
人の皆さん、困り果てている。

確かに。
よぅ、わかる!、その気持ち。

なら、なんで、そんなわけのわからんこと言い出すねん!、と
いう最後の一言を言わさんためにも、秘書でなく本人が出席。

すみません、不器用なもんで...。
って、俺が言っても、健さんにはならんよなぁ。

しかし、ご理解いただいている。
ありがたい。

年内にも、立ち上げを確認いただく。
ようやく、これで地元後援会(奈良)、大学同窓会後援会(横
浜)、東京後援会とそろう。

とにかく、まぶちの理念を理解してもらうところから始めなけ
ればならないから大変なんだけど、それはそれで、やりがいも
ある。

東京は、オニケンがやる気になってくれているし、地元はスギ
ちゃんが、責任もってやってくれてるし、「任せて安心!」で
ある。

東京後援会は、「東京まぶち会政経懇話会」としてスタート。
政治経済の話を中心にしなければならない。

こちらのほうも、「弾込め」必要のようである。

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郵政特委員会派遣

 訪中の後に、委員会派遣が予定されていた。

郵政特別委員会である。

そっ、あの、郵政特!!!。
まだ、残ってんの!。来年の通常国会まで!!!(何だか、し
ぶといネェ〜!)。

ヤマタクを筆頭に、与党の理事は自民党、柳澤伯夫、園田博之、
石破茂、松岡利勝、公明党、桝屋敬悟そして委員長は二階俊博。
民主党は、原口一博さんと私。

スッゴイ、濃っい〜!メンバーである。

そして、派遣先はヨーロッパ。
郵政民営化の現場視察ということで、イギリス、オランダ、フ
ランスと3カ国を8日間という日程である。

10月末に国対から、まぶちさん、委員会派遣ですのでよろし
くお願いします!、との連絡をもらい日程がいつになるのかずーっ
と、待っていたのだが、なかなか決まらない。

それもそのはず、内閣改造があったからだ。
以前にもお伝えしたが、改造人事があったもんだから、自民党
の皆さん、気もそぞろ。

関係ネェよ!、と言い放っていたのは、少なくとも私の知る周
囲では同県の代議士お一方だけ。

だから、人事が定まるまで日程決まらず。

そして、案の定というか、やはりというか、二階委員長が閣僚
入りして、年内の予定は吹っ飛び。

そうっ、来年になったのである。
それも、柳沢さんが渋ったとかいうマスコミ情報も流れて、事
の真相はわからないが、とにかく来年に延期。

どうでも、いいけど行くか行かないかぐらいハッキリさせよう
よ。

結局、来年の1月10日から17日で調整中ということだ。
通常国会開会直前だぞ!。
通常国会は、一様、1月20日の線が濃厚だ

予算の筆頭や、国対からは国会冒頭の質疑準備で、「弾込め」
指示されているのに、直前に海外行ってて良いかナ!?。

「いいとも!」という声が聞こえれば、気は楽なのだが、皆に、
「大丈夫?。」と聞かれるのは、やはりツライ。

やっぱり、年内しかないっすヨ。○○(決定権者)さん!。

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ボーイスカウト地区大会

 ボーイスカウトの奈良県連盟、「わかくさ地区」大会に出席
する。
ボーイスカウトの現役リーダー(奈良第12団ビーバー隊副長)
として本来なら、スカウト側で参加すべきでもあるのだが、立
て込んだ日程ゆえ、ご容赦いただいて来賓出席させていただい
た。恐縮である。

私が、奈良第12団のカブスカウトに参加したのは、今から3
6年前のことである。まだ木造の本堂だった三条の本妙寺を本
部として、毎週スカウト活動にいそしんだ。当時は、お堂の庭
に、子どもがあふれかえっていた。

「お供養」と呼ばれる、お寺の炊き込みご飯と沢庵を食べられ
るのが、心からの楽しみであった。

そんな本妙寺が鉄筋コンクリート造となって、お寺の様子も一
変しているところに、やがてスカウト適齢期となった息子がビー
バー隊としてお世話になることになった。
親子二代にわたる、スカウト活動の拠点がこうして今も元気に
頑張ってくれていることに心から、喜びを感じる。

私は「古くて田舎もん」と言われるかもしれないが、息子が、
自分が経験したことを同じ場所で経験してくれることに、大き
な喜びを感じる。
この上なく、郷里に対する愛着の念が募る。

それほどに、愛してやまないスカウト活動の中で、国会議員連
盟の一員として名を連ね、地区大会に出席できることをことの
ほかうれしく感じた。

元気に集まった、スカウトの子どもたちとお世話いただくリー
ダーの皆さんに心からの「弥栄(いやさか)」を唱え、地区大
会を後にした。

民主党ではないが、市議選では個人的に大いに応援させていた
だいた新人の植村市議が、同じくスカウトとして参加されてい
た。
植村市議にも、「弥栄!!!」。
一人でも、スカウト活動を支えてくれる仲間が増えることを願
う。

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まぶち会総会

 後援会総会が開かれた。実に2002年2月2日以来、2年
9ヶ月ぶりのこと。
ようやく、組織作りに本腰を入れようということであるが、正
直あまり得意分野ではない。

いつも、一人で突っ走ってきた。
会社経営の時もそうだ。
「着いて来れるか!?。」、が口癖だった。
「もう、ダメです...。」という、部下の言葉に、「わかっ
た、休んでいいぞ!。」と言って、それでも突っ走り続けてき
た。これほど、厳しい職場はない、と内外に有名だった。

退職して、独立し、立派に経営者となった元部下からも、「あ
の時のきつさに比べたら、楽勝ですわ!。」と笑って感謝され
る。だから、本当に自分が思いっきりがんばる姿を見せること
はできるが、それを代役となってやってもらう組織作りには正
直、戸惑いがあった。

しかし、まぶち会総会で、見事に大きな力をいただいた。

今日まで、組織作りに尽力してくれたスタッフには心から感謝
だ。私に足りない部分補ってもらった。

そして、留守がちとなる、まぶちを支えようと、必死になって
一丸となってくれるまぶち会の皆さんには、本当に感謝である。

政治家が、後援者によって支えられる、との本髄を感じた。

乾杯の音頭をとってくれた、幼馴染のケー坊には、「大きな政
治家になって欲しい。」とエールをいただいた。

どこまで、いけるか!?。

しかし、今度は「着いて来れるか!?。」ではなくて、「一緒
に行ってくれるか!?。」で、走りぬけなればならない。
もちろん、有権者のみんなと一緒に、である。

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2005年11月12日 (土)

鳥インフルエンザへの危惧

 鳥インフルエンザへの危惧が深刻化しつつある。
97年に鳥インフルエンザウィルス、H5N1の人への感染を
確認以来、このウィルスの変異による亜種によって、人への感
染が猛威を振るうのではないかと危惧されてきた。

そこへ、いよいよ新型が発生しそうだということでアメリカは
いち早く緊急対策を発した。
ブッシュ大統領が議会に要請した緊急資金は71億ドル(83
百億円)。新型ウィルスの開発費だけでも21億ドル(25百
億円)に上る。なんせ、インフルエンザウィルスの抗原HとN
でそれぞれ13種類と9種類、計算上13×9で117通りの
変異があるわけで、対応が困難であることは容易に予想される。

しかし、過去の大流行であったスペイン風邪(H1N1)、香
港風邪も(H3N2、H9N2)なども千万単位の大量の死者
が発生したことを考えると、大変な脅威であることは間違いな
いし、至急の対応が望まれるのである。

さて、そんな中、鳥インフルエンザで100万羽あまりの家禽
類が屠(と)殺処分となった遼寧省。隣接する瀋陽では消毒検
疫所を設けるなどの措置がなされているという。

うー、瀋陽行くんだけどなぁ...。
やばいかなぁ...。

訪中同行の蓮舫議員が「マジ、ちょっと不安。」ともらしてい
たが、確かに。

病院やってる同級生に、「ワクチンのタミフルくれ!。」と電
話する。

しかし、新型(亜種)が発生したら、もはやてのうちようはな
い。

免疫力勝負だ!!!(エライ、勝負やなぁー)。

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現地視察準備

 特別会計改革の作業を調査会の皆さんにお願いし、連日がん
ばっていただいている。
一方、メンバーならびにメディアからの強い要望もあり、調査
会で現地視察を予定している。

特別会計が、無駄の温床と言われる元凶となっている、特殊法
人がらみの施設。
ビジュアル的に訴えるものでなければならない。

いわゆる、「可視化」が必要である。

そこで、2〜3の候補地の選定となる。
首都圏で皆さんが行きやすいところ、さらに象徴的なところ。

そうなると、限られるんだけどな。

メディアの皆さんも同行ということで、それなりの準備も必要
である。
政調事務局の皆さんにお手を煩わせることになる。

とりあえず、22日の首都圏での視察日程は決まった。
加えるべきはもうひとつぐらいの地方視察。

できれば、京都府の「私のしごと館」には行っておきたい。
なんせ、今年の2月17日の私の予算委員会での労働保険特会
追求が口火となって、マスコミでも公費の行方が問われるよう
になった、まさにきっかけともなった事案である。

党の調査会メンバーで視察は、非常に楽しみなものでもある。
地元事情で言うと、お隣の選挙区でまさに隣接地なので家から
もスグというのは魅力だ。
おっと、遠いところからのかたがたに怒られるか。

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2005年11月11日 (金)

集中日

 閉会中ながら、NC(「次の内閣」)閣議が毎週火曜日に開
かれる。
政調役員会も各種調査会や勉強会もこの日に開かれることにな
る。

閉会中は、皆さん地元に戻られるものだから、上京してくるで
あろう日に一気に集中する。

朝8時から、総合政策企画会議コアチーム会議、経産省と防衛
庁からの訪中レク、決算行政監視調査会特別会計改革検討会議、
総合政策企画会議、NC閣議、政調役員会、マスコミ取材、政
調職員との懇親会とで終了は、0時をまわってしまう。
ヘトヘト。

しかし、朝の会議なんか3人とか4人とかだもんな。
きついよな。

集中日に入れるのはいいんだけど、かえって内容が散漫になる
気もする。

閉会中でも週の3日間は国会にいるという決め事でもあればい
いのだが。
人数集まらないと、決められないことってあるしなぁ。

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短指用

 極寒の中国瀋陽訪問にはダウンのコートに暖かい手袋が必要
だとのこと。ニューヨーク駐在時代にダウンのコートは持って
いたので大丈夫だが、手袋なくしちゃったもんな。

ということで、手袋を探しに行く。

百貨店に行くと、もうだいぶ冬物が出揃っているので驚いた。
あれこれ見ていると、少々値段も上がっている感じがする。
やはり消費者物価は若干上昇気味かなぁ、なるほど、CPI
(消費者物価指数)のプラス転ありかぁ...。日銀もそろそ
ろ量的緩和解除を言い出すのも仕方ないなぁ、などとぶつぶつ
言いながら見ていると、「何、訳のわかんないこと言ってんの!。
さっさと見なさい。」とヒロコから怒られる。
やっべぇ!。

すると、「あっ、お父さんにピッタリのがあったぁー!。」と
ゲラゲラ笑いながら手渡される。

「短指用」手袋。
なんじそりゃ!。

うーん、「指が短い人」用ってこと?。

確かに、私の指は短い。
子供たちに、「お父さん、どうしたの?。」、と聞かれて困る
こともしばしばだった。

大体、人より一関節分ぐらい短い(そんなはずないか?)。

照れながら、先をちょん切ったような手袋を購入して帰る。

さすがに消費者をよく研究してるな、市場は。
こういう努力が、まだまだわれわれ政治の世界には少ないのか
もしれない。

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2005年11月 7日 (月)

第二秘書の公募

 国会議員の公設秘書枠は三人。
政策、第一、第二とある。
求められる資格や能力、スキルもそれぞれ違うのだが、何がもっ
とも違うか世間一般にわかりやすく答えるとすると、賃金であ
る。

特別国家公務員職で、年功序列賃金となっていてケースバイケー
スとなるのだが、例えば私の年齢だと、政策秘書が年収約90
0万円、第一秘書が800万円、第二秘書が600万円ぐらい
となる。

条件としては決して悪くないかもしれないが、解散すれば議員
と同じく失職であり、議員が落選すればその身分は保証されな
い。不安定なのである。

だから、職業として選択するのにはなかなかの度胸がいる。
そんな中、有意な人材の確保というのは相当に難しい。

うちの例で言うと、一昨年前の11月に当選後、12月に第二
秘書(森久美子)を国会で採用。翌年3月に政策秘書(大西健
介)を国会で採用。その後12月より第一秘書(池田敏泰)を
地元で採用、年末に国会の第二秘書が退職、5月に第一秘書が
退職、そして選挙。選挙後、引き続き国会で政策秘書(大西健
介)と、地元で新しい第一秘書(杉岡一弘)を採用。
とこうなる。

そ、三人枠で目いっぱい雇ったこと、ないのである。

当然、秘書は必要。

しかし秘書は、国会議員の選任により衆議院から雇われること
になる。国民の負託を受けた国会議員の指名ということであり、
言い換えれば選挙がなくても負託を担っているのである。
その意味で、代議士の代わり、となれる人を選ぶことが求めら
れると考えている。

なかなかそう簡単には適任者にめぐり合えない、という結果に
なる。

「せっかくの枠がもったいないではないか!?。とにかく私設
秘書を公設に上げてでもコストセーブしろよ!。」という意見
はよく聞いた。
もちろん、そうしている議員がいることも承知している。

しかし、自分にはそれはできない。
公設の任に当たる者は、その責任を全うできるものである大前
提が必要だと考えているからだ。

誰でもは、公設にできないのである。

もちろん、私設秘書のチューには公設秘書への就任を要請した。
しかし、「それだけはできない。」と断られた。
公設になってもらいたい人に私設のままが良いと言われるのは、
こちらとしてはつらいのだが、仕方あるまい。

しかし、三期目を目指すこれから、いつまでも空席にしておく
わけにはいかない。しっかりと、地元を固めなくては。

そこで、公募と相成った。

公募にて、人材の現れるのを期待している。

今日は、新聞にも求人広告が出た。
我こそはと思う人、ぜひ、どしどしと応募してほしい。

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まぶち会総会準備

 久しぶりのスタッフミーティング。

今週末の後援会「まぶち会」総会の打合せを行う。

衆院選初挑戦にて落選の翌年、これは後援会をしっかり作らね
ばだめだと一念発起して2002年2月2日に、まぶち会「発
起会」を開催。
そしてその年の7月6日には、まぶち会「五百人会」を開いて
気勢を上げ、後援組織を固めていこうと盛り上がった。
しかし、代表選後のその秋、当時の鳩山代表辞任問題などが浮
上して、あっという間の民主党支持率3%台。

消費税より低い支持率と笑われていたころ、後援会組織は崩壊
した。

組織作りより、一人一人に会って支持獲得だとばかりに後援会
作りはあきらめて毎日歩いていた。

そして、当選。
さらに二期目の当選。

応援してくれる方々から、「もう、えぇ加減組織作りせな、あ
かんで!。」とハッパをかけられてきた。

今年に入って、組織のあり方を見直して整備。
新生「まぶち会」として再度、立ち上がった。

「渇すれど、盗泉の水は飲まず」の精神は今も変わらない。

癒着の温床となる企業献金は受けない、企業からの別の献金の
受け皿となる政治資金パーティーは一切開かない、と決めて政
治活動にまい進してきたが、かかるものはかかる。

そこで、徹底的な個人献金集めを行おうと資金管理団体も改称
して「まぶち会」とし、まぶちを支える個人献金の受け皿かつ
物心両面の後援組織を強固に築き上げようと取り組みを行って
きた。

また、人と人との関係性が最も難しい後援会の中で、ヒエラル
キーとなるピラミッド型の組織とはせずに、まぶちと一対一で
繋がりあう、ネットワーク型組織とすることにした。

したがって、まぶち会の会長は、私だ。

私を中心として一対他の繋がりがまぶち会。
その総会を、やっとの思いで開くことになる。

準備は万端か?、のスタッフへの問いかけに、力強い言葉はま
だ返ってこなかったが、仕方あるまい。
一つ一つがんばっていきまっしょい!。

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2005年11月 6日 (日)

曽爾村のススキの高原

 義母との約束を3年越しに果たすことができた。

「お義母さん、気分転換に高原のススキでも見に行きましょう
よ!。」、曽爾村のススキの高原を訪れる約束を、義父の他界
後寂しそうにしていた(と私が感じた)義母にしていた。

しかし、その後浪人時代の生活に追われ、やがて2003年1
0月に解散、総選挙。そして初当選であっという間に議員とし
てのめまぐるしい生活に入ってしまっていた。

昨年も気にはしていたのだが、これもすぐさま秋口に臨時国会
となりススキの季節は過ぎ去った。

そして、今回やっとその約束を果たす機会を得た。

義母と小学生以下の子供たちと家内とともに曽爾高原へ。

しかし実は朝の「日常活動」に、支持者団体の方々へのお見送
りというのがあって、朝、バスを見送りに行った。
何とその行き先が曽爾高原。

うーん、ここでお見送りしても実はその後現地で顔をあわせて
しまうのではないか...?。
ここは、変だけど、お見送りのときに「実は私も、別に向かい
ます!。」と言っておかねばならぬと、皆さんへご挨拶。

「一緒に行けば、ええやろにぃ!。」と言っていただいたが、
何とも変な感じ。

そして、急遽自宅に帰って義母たちと曽爾へ。

あいにくの雨模様だったが、曽爾高原のススキは素晴らしく、
あわせて曽爾村の屏風岩も紅葉とのコントラストが絶景だった。

義母にも、また子供たちにも喜んでもらえたと思う。

しかし、案の定、曽爾高原の「お亀の湯」で、バッタリと朝お
見送りしたご一行さんたちと出会う。

狭いもんな、当然の結果か!?。

いやぁー、と言いながらもまた違うご一行さんから、「あっ、
あれ、まぶちさんと違う〜?。」の声が聞こえてあわてて飛ん
でいく。

いやはや、なかなか、地元近隣ではしゃーないな。

県内には素晴らしい自然がまだまだあると、喜びながら奈良へ
帰る。

しかし、さすがにこれでは4区の田野瀬さんも、森下さんも気
軽に来れんわなぁ...。

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再度の訪中

 訪中を予定している。

北京と瀋陽。マイナス20℃の世界。
「寒いゾー!。」と、同行の蓮舫議員から脅かされる。

寒いのダメ。全く。

しかし、今回の訪中では胡錦濤主席の次のリーダーと目される
若き中国の政治家たちとの会見もセットされており楽しみにし
ている。

特に、2012年の党大会で70歳定年により引退が予想され
る胡錦濤主席は、2007年の第17回党大会にて後継指名を
行わねばならず、それまでに次期リーダーは政治局広報員、政
治局委員、政治局常務員とそのキャリアを積まねばならない。

この条件を満たすものというのは限られる。
そして、その最右翼といわれているのが、瀋陽のある遼寧省の
李克強書記である。李書記とは岡田前代表がコネクションを持
たれており、その取り計らいにより会見が可能となった。

北朝鮮との国境もあり、脱北者問題がたびたび指摘されるその
地において朝鮮半島問題に対しても、さまざまな情報を交換で
きることを期待している。

東アジア問題は、外交の大きな課題と認識している。
非常に楽しみにしている。

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閉会中の課題

 閉会後も毎週火曜日に開かれるNC(次の内閣)閣議に政調
副会長として出席義務がある。
あわせてその日に政調役員会、決算調査会特別会計改革チーム
打ち合わせ、総合政策企画会議コアチーム会議なども組み込ま
れ、ほとんど開会中と変わらぬほど東京での予定はパンパンだ。

何となく月曜日の夜から水曜日までは東京にいることになりそ
うな気配である。

閉会中は地元周り、と決めていたのにドンドン日程が詰まって
いくので空恐ろしい。

国会事務所スタッフも、あまりノンビリという感じではなさそ
うだな、と気配を感じた様子。

やはり、このへんが二期目と一期目の大きな違いかもしれない。

この閉会中に、少々事務所への投資を図ろうと思っている。
もちろん、事務所財政に余裕があるわけではないのだが、収納
スペースがそろそろいっぱいという状態で新たな棚の設置とス
ペース確保のための液晶テレビモニターの新調、名簿管理シス
テムの大幅な見直し等々。一般企業などから見れば、たいした
ことないレベルだが、なんせ家内制手工業。
こんなことにも、勇気がいる(小せぇ!)。

こうした費用の捻出もさることながら、支出の抑制も図らねば
ならない。

事務所の赤字体質脱却も、大きな課題だ。

国の財政再建よりは、こっちの方が相当簡単なはずなのだが、
足下は手付かずのままである。

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総選挙総括案

 議長の閉会挨拶で幕を閉じた本会議。
直後に、党本部5階で両院議員懇談会が開かれた。
中心となる話題は、総選挙総括。
さすがに選挙から2ヶ月を迎えようとして、皆からは「もう、
いいよー...。」の空気も漂い出しては、いる。

しかし、一部に「反省なくして立ち直りなし」と厳しく総括を
求める声や、また、落選した仲間の思いをしっかりと受け止め
ねばならぬ、ということもある。これらを考慮しての執行部か
らの説明だと思う。

総括文書案「深い反省と再生への決意」には、厳しい反省の言
葉が並んでいた。

常在戦場意識の欠如、争点設定の失敗、対案を出さなかったこ
となどの国会対策の不備、都市無党派層の意識の把握の甘さ、
従前の選挙の成功体験への過度な依存、キャッチコピー「日本
をあきらめない」の消極さ、テレビCMや新聞広告のまずさ、
インターネット対応の遅れ、等なかなかに深く抉り出している。

それでも、なお、「対案を出さなかったこと、に総括をまとめ
るな!、あの時は皆廃案路線で賛成してたじゃぁないか!!!。」
の声や、「求める社会像を、示していないからだ!。」の声な
ども上がっていた。

その間、真っ直ぐ前を見詰め、身じろぎもせず議員席後方に座っ
ている岡田前代表の姿が、目に留まった。

胸を打たれる。

エライなぁ。

普通、引いちゃって出てこれないよな。
それをちゃんと出席して、総括に耳を傾けるなんて。
本当に、苦しい思いでおられるだろうに。
岡田さんの人間性を垣間見た瞬間でもあった。

中には、出てこないで、文句言っている人もいるもんな。

そんな、総括議論を聞きながら、「とにかく、この前原新体制
をどうドライブかけていくかだ。」と自分自身は、次に意識を
向けていた。

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2005年11月 2日 (水)

第163特別国会閉会

 特別国会が閉会した。通常なら3日ほどの特別会だが42日
の長きに渡っての開会で、それなりのドラマが展開されたと思
う。

私にとってはなんと言っても、郵政。
前原体制はじめ民主党の将来を位置づける重要な審議であった。
敗戦の痛みから立ち上がって、新生したわれわれが新たな対決
姿勢を示す大事な場面。
とりわけ、原口さんとのコンビで戦った対案作りは、大きな経
験となった。
緊張感と共に一瞬も気の抜くことのできない局面で集中力を欠
くことなくやり遂げることの大変さを、ビジネスから離れて初
めて政治の場面で知ることができた。

正直、9月21日から始まって、郵政採決の10月11日まで
の20日間で、大半のエネルギーを使い果たしてしまった感じ
でもある。

もちろん、その後の特別会計改革や障害者自立支援法審議など
重要な場面は続いたが、総選挙から続く緊張は、郵政でいった
ん途切れてしまったかもしれないと、反省している。

世間的には、83名の小泉チルドレン初登院から始まり小泉シ
スターズからの猪口大臣誕生で終えた、小泉劇場のロングラン
だったかもしれない。

この二日間は会合で、地元には明日戻り。閉会中、しっかりと
地元へのご挨拶を、と思っているのだが、訪中や委員会派遣の
欧州視察(!)と、11月の半分は海外となってしまいそうだ。

短い時間もこまめに、回るとするか。

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2005年11月 1日 (火)

君への鎮護を誓う

 本日、政府提出の障害者自立支援法がとうとう成立した。
本日の本会議で、賛成多数で可決したのである。

この法案には、本当に多くの想いがよぎる。

もう、内容については記さない。この日記でも再三、お伝えし
てきた。
前国会で廃案となった後に、総選挙圧勝を受けての政府再提出
の同法案に対して、民主党も対案を示した。
しかし、多勢に無勢、残念ながら可決となってしまった。

夏前に、若きスタッフの突然の訃報に事務所全員が喪に服した
ことを記した。

全員が言葉を失い、その失意と悲しみから脱するのにそれぞれ
が多くの時間を費やした。

私たち夫婦も同様に、悩み苦しんだ。

彼を苦悩に追いやっていたのではないだろうか?。
ずっと、この自問自答の繰り返しだった。

選挙前、四十九日を経て、夫婦で葬儀後にやっとご両親とゆっ
くりお話できる機会を得た。

スタッフとして頑張ってもらえていたと思っていたが、一方で
負担が彼に圧し掛かっていたのではないかの思い。
それが、彼にとって命を絶つ引き金となってしまっているので
はなかったか、の思い。

彼は、精神障害であった。
この5年間、ボランティアとして関わりながら、その障害ゆえ
に定常的な活動が困難な状態にあり、「無理しちゃダメだよ。」
と常に気にはかけていた。それでも少しでも社会に触れる機会
を提供できるなら、との想いで彼を迎えいれていた。

長らくの付き合いの中で、ようやく、「だいぶ良くなってきた
ので、お医者さんから週2、3日なら働いても良いとの許可を
もらいました!。」との彼の嬉しそうな言葉を受け、有給スタッ
フとしてあらためて迎え入れた。

政治が三度のメシより好きで、私のようなものの演説を「代議
士、最高です!。」といつも、ほめてくれる彼の取り組みは、
いつもこちらが励まされた。
多くの支持者の方から、「あの礼儀正しい事務所の人。」と称
されるような姿勢を貫いてくれた。
事務所の皆からも、愛されていた。

障害者自立支援法が国会の俎上に上ることになると、「精神障
害にとって、通院公費は命綱です。代議士、何とか手を差し伸
べてください!。」と必死になってその窮状を訴え、実態を教
えてくれた。

彼の想いとあわせて、彼の周りの多くの方からもご意見を受け、
私も必死に取り組んだ。

しかし、突然の、彼の死。
それは、定期的に彼が訪れるクリニックの帰りがけのことであっ
た。

ご両親からは、「突然の死の選択。それこそが、病だったのか
もしれません。」との言葉をお聞きする。

「息子は、先生のところにお世話になって、本当に心から喜ん
でいました。」のお父さんの言葉に少し救われた気がした。

私の、脳裏からは今も彼のあのうれしそうな「返事」が離れな
い。

「○○ちゃん、街宣、行くか!?。」
「ハイ!、喜んで!!!。」

喜んで、一緒に街宣してくれた彼は、もういない。

ゴメン、自立支援法、通っちゃったよ。
ホントに、ゴメン。
必ず、正していくから、絶対、正していくから。

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