2019年2月 1日 (金)

景色の変化

 一昨日は一丸の会、一月例会。
例会会務に先駆けて、役員会を開催。
今般の、立憲民主党と国民民主党との参院野党第一党を巡るつばぜり合いについて、意見交換。
 現場では、いろいろな軋轢があるだろうとの認識を持ちながらも、野に下ってる我々からすれば、もう少し何とかできないか、との複雑な気持ち。
 講師を招いての勉強会では、玉川福和環整連会長から、民間ビジネスの立場から見た、今の野党について一言、ということで講演頂いた。
 玉川会長は、「会社を潰しといて、もと居た会社のもんが、新しい会社立ち上げて、イヤー過去のことは知りません関係ありません、いうのんは、株主に対して通らん。自分がやったことでなくても、役員クラスや幹部で居た人たちやましてや社員も、株主に心から申し訳ありません、という姿勢がないと、株主も、よし、わかった!、頑張れ!とはならん!」と厳しく叱咤を頂いた。
さらに「株主に、こんな風に新しい会社を作っていって、再び皆さんから投資頂けるような会社になりたいんだと説明する、旧株主へのアプローチをせんといかん。新しいA社もB社もない、旧株主全てにな!」とも言われていた。これを、会社を民主(民進)党、新しい会社を立憲民主党、国民民主党、株主を国民と置き換えて考えれば、すぐわかるやろが!と、一喝。一同、ウンウン、と頷いていた。
 
 こうした、思いを持つ、市井の人々の声を、どう、永田町に届けるか、思案どころだ。
 一方で、かつて同僚同志だった仲間が、次々と自民参院候補になったり、自民会派入りしたり、とアッと驚く報道が相次ぐ。複雑な気持ちを持って、来週、国会に戻る。まずは、どのように景色が変わっているのか、身を以て感じることから、始めなければならないな、と肝に銘じる。

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2019年1月30日 (水)

ギューッてして!

 寒さも厳しくなる中、いつもと変わらず朝の街頭演説。

年明けて、普段、一度もバッティングしたことも、街頭に立ってるのも見たことのない市議・県議・新人予定候補者の方達との遭遇が増えた。
今日も、駅で被って、隣の駅にドタバタと移動。
 そんな中、ようやく落ち着いてマイクを持って話していると、幼い子を連れたお母さんが近づいて来られた。
「声が聞こえたので、早起きして、行くって言うものですから...」とお母さんが手を繋いでいる幼女を優しく見つめる。
いつも、手を振ってくれるチビちゃんね。
しゃがんで、「いつも、ありがとね、ハイ!」、と小さな手にビラを渡す。
お名前聞いて良いですか?と訊ねると、Yです!と、元気に答えてくれた。
すると、大きく両手を広げて、「ギューッてして!」
さすがに、エッ?!と、思ってお母さんを見上げると、ニッコリと微笑んでくださった。
うん喜んで、と心でつぶやきながら、Yちゃんをギューッと抱きしめる。
 そういえば、ウチの子どもたちも、小さい頃は、皆、こうしてあげてたな。今じゃ、ギューッなんてとんでもない、口もきいてくれないどころか、「わ、キモ!」って返されてるわ、とひとり頭の中で6人の子どもの顔を思い浮かべ、苦笑い。
 「この子先生のこと、大好きなんです!」とお母さんから言われ、こうして小さなお子さんに応援されるのは本当にうれしい限りです、と少々、照れながら応えた。
 毎日のように各々順番に、ギューッとしてた我が家の子どもたちも、いつの間にか、そんなことあった!?ってな顔をして仕事に大学に、と追われている。
でも、親は永遠に、こうした子どもの小さい頃のことを宝物のように大事に記憶の底にしまって生きている。そんなことあったっけ!?と真顔で問われても...。
 Yちゃんに、小さな身体から大きなエールをもらって、朝の寒さも吹っ飛んだ。
君も、大きくなったら、そんなことあったかしら?!って、その時のまぶちのおじいさんに言うかもしれないけど、おじさんは決して忘れない(笑)。

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2019年1月28日 (月)

繰上補充による当選人

 第198通常国会が召集された。第1ラウンドの本会議で樽床伸二代議士の議員辞職願いが受理された。
そして夕刻、衆議院事務局書課から連絡があり、当選証書は総務省で受け取ることになりますとの説明を事務所が受けた。その日時はどうなるのか訊ねたところ、衆議院事務局では把握していないとのことで逆に「総務省さんから連絡ありましたか?」と 聞かれる始末。
 
 そして、その後、総務省から電話があり、流れが説明された。
通常、繰上当選と呼んでいるのは、正確には「繰上補充による当選人」となること。
【流れ】
中央選挙管理会によって選挙会の日時が定められて招集される。(各委員の日程調整を行うため、開催に少し時間を要する)
選挙会にて、繰上補充の当選人が決定される
当選人が告示される(公職選挙法上、告示を以て「当選」の効力が発生する)
 従って、当選の確定は選挙会決議の日となる。
そして、総務省からは、選挙会の招集があるため、具体的な日程は確定していないが、これまでの例をみると、概ね2週間以内には手続きは収まると思われます、との説明だったとのこと...。
えーっ!、国会が始まっているのに、2週間もかかるのか!?
と、あんぐり。
 中央選挙管理会委員の招集があるので、仕方ないとは言え、平成12年から昨年までの衆参併せて33の事例を見ると欠員から選挙会開催まで早くて3日、遅くて10日。そして、概ね選挙会翌日に当選証書付与となっているので、2週間以内というのは確かに間違ってはいないが、あまりにも役所仕事っぽいなぁ、の感が拭えない。
 これも、経験してみないとわからない。
再誕の一環か。

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2019年1月25日 (金)

枠を破る  

 京都の大原三千院門跡、堀沢祖門門主に、ご報告に上がった。

 今週、月曜日の午後2時過ぎに樽床伸二代議士より、衆議院事務総長へ議員辞職願を提出したとの連絡を頂いた。
 これにて、来週28日の通常国会召集冒頭の本会議で樽床代議士の議員辞職が正式に受理となり、私の近畿比例ブロックでの繰り上げ当選が確定するとのことであった。
樽床代議士におかれては、補選の必勝を心から願っている。
 そして、このような出来事にただただ、驚きでもあるが、天命と受け止めて、精進して参りたいと思っている。
 この一年二ヶ月、落選から、果たして私に再び国政で働く使命はあるのかとの自問自答の日々でもあった。
もはや役割は終わったのではないか!?との思いが何度も頭をよぎった。
 そんなときに、私が出会わせていただき、そして教えをいただけたのが、三千院門跡の堀澤祖門門主だった。そして、堀沢祖門門主から、「再誕。」という言葉を頂いた。
 人は自らは生まれ出てくることはできない。 しかし、自らが自らに向き合い、自分の使命は何なのか?、自分とはどういう人間なのか?、果たしてこの世に生まれて、この世で果たす使命はあるのか?それは何なのか?と徹底して自らに問いかけ見つめ直し、見性(けんしょう=さとり)するまで追い求める。
 それができたときに、人は自らを、自らで生み直すことができる。 それを「再誕。」という。  この、重い言葉で、私は今日まで、無所属の活動を続け、浪人の仲間を募り集い、そしてお互いに切磋琢磨し、鼓舞し続けることができた。
 堀沢祖門門主には、「再誕。」というこの言葉で、私は今日まで、生きる目的を持ち続けることができました!。と心から感謝の言葉をお伝えしてきた。 うんうん、と頷いておられる、厳しくもそして優しい90歳にならんとする門主のまなざしに、この一年二ヶ月の意味をあらためて感じた。
 答えを求めても手に入らないという苦しみを「求不得苦ぐふとくく」というそうだ。答えが得られないのだから、何も解決しないように思えるかもしれないが、この苦しみの時を過ごすことこそが、実は様々な解決へ導きとなるという。
 自らの使命は、野党をまとめるのみならず、政界再編。 まさに「求不得苦」かもしれないが、もはや、何も失うものはない。 議席を得たからといって、これで、私の「再誕。」は完結しない。 恐れずに、一歩一歩、歩み出す。
 堀沢祖門門主からは、こうした取り組み一切は、最終的には「枠を破る」ということなのだと、お示しいただけた。
 枠を破って、いきたい。
真の「再誕。」を求めて。

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2019年1月11日 (金)

政治家への目覚め

 小学校の担任だった恩師のお見送りをした。
棺の中の安らかなお顔は、人生を全うされたとの安堵感に満ちているようでもあった。
 初挑戦から、ずっと、応援いただき、ご心配もかけ、また初当選からはそれこそ後援会の中でも最も熱く強く応援をいただいた先生。
級友達との邂逅も、深い悲しみの中でとなってしまった。
同級生のアッちゃんが、卒業アルバムを持参してきてくれ、若々しい先生の姿や幼い頃の自分たちの姿を涙ながらに眺めながらも、当時の記憶が鮮明によみがえってくる。
 思えば、政治家になろうと思った瞬間は、先生が授業をやめて、NHKのテレビ中継を観ようと言い出したあの日。
 1972年の7月5日。
午後の授業がない水曜日の昼前、まだ梅雨明けやらぬ蒸し暑い鶴舞小学校6年3組の教室。
 先生が突然、「皆で、歴史的な瞬間を観よう!」と観音開きの白黒テレビのスイッチを入れた。
映し出されたのは、実質的に第64代内閣総理大臣を選ぶことになる第6代自民党総裁選だった。授業を止めて総裁選挙を子どもたちと観るなんて今では考えられないかもしれないが、おじさん達の演説を聴きながら中身は全くわからなかったけど、子ども心にその熱気と気迫が伝わってきたのを覚えている。
 結果は、田名角榮氏が決選投票で、福田赳夫氏を92票差で破り、当選を果たした。先生が手を叩いて、大喜びされてたのを覚えている。
そして、その時こそ、ダミ声のなんだかわからないほどの熱とエネルギーを持ったおじさん、田中角榮に憧れを持った瞬間であり、自らも政治家になりたいと思った瞬間でもあった。
 まさに、政治家になろうと、道を、目覚めを、得た瞬間でもあった。
 級友が、涙ながらに「先生がテレビつけて私たちに総裁選観させてくれたのが、馬淵君が政治家になるきっかけになったんだよね!」と語りかけてくれた。
涙が溢れそうになるのを堪えて、ただ、「うん、うん」と頷くばかりだった。
 先生をお見送りしながら、再び、私は、あの日に戻った気持ちになると同時に、先生のご恩にお応えしなければ、と強く心に刻んだ。
 本当にありがとうございました。
溝口昭夫先生、安らかにお眠りください...

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