2017年1月 2日 (月)

特例法に向けての世論づくりか?

 新年明けましておめでとうございます。
今年も、よろしくお願い致します。
年末年始の恒例の寺社巡りを終えて、静かな元旦を迎えた。
今年は選挙が予想されるが、追われることのない仕事の進め方
を心がけたい。
 さて、昨年暮れに、私が事務局長を務める民進党の皇位検討
委員会では、陛下の退位に関する論点整理をまとめたところだ
が、政府側の主張について、メディアを通じ、「政府筋からの
情報」という形で世論づくりが着々と行われていると感じてい
る。
朝日新聞「今上天皇固有の事情」明記へ 退位特例法の先例化
回避」
毎日新聞「特別立法、天皇の意思明記せず 退位要件で政府方
針」
 とりわけ毎日新聞の記事では、内閣法制局の見解として、
「天皇の意思を退位の要件とすることは「憲法改正事項になる」と
の見解を示しているという。天皇の行為は、憲法が定める国事
行為▽象徴としての地位に基づく公的行為▽宮中祭祀(さいし)
や私的行為などその他の行為・・・に3分類される。法制局は、
天皇の意思による退位を法律で明記すると3分類に当てはまら
ず、天皇が政治に影響を及ぼす可能性が残るとする。」と報じ
ている。
 要は、天皇の意思による退位を認めることは、憲法上許され
た天皇の行為にあてはまらず、憲法第4条の「天皇は、この憲
法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を
有しない。」に反する国政上の行為を、天皇に認めてしまうこ
とになりかねないと主張しているのだと思われる。
 しかし、そもそも退位は天皇の国政上の権能に基づく行為で
はなく、憲法2条で規定された「皇位は、世襲のものであつて、
国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承す
る。」という規定に従い、皇室典範に定められた行為を行って
いるに過ぎないと解すことができ、4条には反しないと考えるべきだ。
 第4条の趣旨は天皇の行為を制限することで、天皇が国政へ
の影響を及ぼすことを防ぐためのものだが、天皇の地位の継承
については、外交や経済政策とは性質が異なる。天皇の地位は
天皇の意思無しに成立し得ず、退位についても天皇の意思無し
には成立し得ない。そして、その地位の継承についても天皇の
意思を尊重するのが妥当である。天皇の意思を尊重しても、国
政への関与を禁じた4条の趣旨には反しないと考えるべきだ。
 また、憲法は2条で独立して皇位継承の規定を設け、皇室典
範によるものとしており、その内容に制限を加えていない。
 さらに、民進党の論点整理では、天皇の意思を退位要件の一
つとして皇室典範に規定する以外に、三権の長や皇族が参加す
る重みのある会議である皇室会議の議決を必要としており、実
質上、天皇が自らの意思のみで退位して国政に影響を及ぼすこ
とは無いと言える。
 この論点に代表されるように、政府から聞こえてくる検討状
況は、形式論に過度に重点を置きすぎ、本質を突く議論を回避
しているように思われる。その最たるものが、皇室典範改正で
はなく、天皇陛下に限り退位を認める「特例法」による対応を
検討している点だ。
新年となり、政府は、「特例法」に向けての世論づくりをマスコミ
へのリークによって行いつつあるとみるべきだ。
 しかし、民進党の論点整理でも触れたが、憲法2条は、皇位
の継承について、「法律」一般ではなく、「皇室典範」による
ことを明記している。違憲の疑いを避けるならば、皇室典範の
改正という方法で行うべきだ。また、実質論としても、「皇室
典範と天皇・皇族の人権」という問題に我々は向き合わなけれ
ばならない。皇室典範については、他の法律と異なり、裁判所
による人権救済の観点からの是正は期待できないため、立法府
の責任は極めて重い。天皇の人権という観点も踏まえつつ、皇
位の承継は、「特例法」といった小手先の対応ではなく、皇室
典範の改正によるべきだという点を改めて強調したい。
大島衆院議長は、年頭所感で「必要に応じて各会派の合意形成
に向けて努力をしたい」と強調し、既に各党代表者を集めた協
議は1月中にも初会合を開く方向で調整しているようだ。
 年始から、皇位承継という国の根幹に関わる極めて重要な与
野党間の議論がはじまる。議論の本質から逃げることなく、慎
重かつ精緻な議論を行っていきたい。

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2016年12月31日 (土)

振り返りと新たな誓い

 今年は、新年早々の1月4日の通常国会召集。
私は年明けから特命副幹事長として4月の衆議院北海道5区補選
の担当者として、選挙対策実務に当たってきた。
 結果は惜敗となったが、当初は自民党候補圧倒的優位との下
馬評の中、野党統一候補を擁立し、「野党VS与党の一騎打ち」
という構図を作りだし、接戦に持ち込むことができた。
また、ここで野党統一の成果と課題を知ることができたのは、
参院選に向けての大きな収穫でもあった。
 一方、以前から取り組んできた野党結集のための調整が実り、
3月末には民進党がスタート。
補選後の5月からは、参院選に向けて動き出す。
とくに、接戦とされた1人区については丁寧な対策を心がけた。
 奈良では残念ながら及ばなかったが、党として最重要と位置
づけた選挙区では一つの選挙区を除き、すべて勝利を得た。
 しかし一方で、複数区含めて野党共闘の課題が更に浮き彫り
になり、総選挙に向けて修正を迫られていることも実感。
 参院選後は、代表選があり、9月21日、蓮舫新執行部体制で2
度目の選対委員長を拝命。
就任当初から衆院選が近いとの判断の下、「候補者擁立」、
「選挙対策」、「野党連携」の三点を、鋭意進めてきた。
 まさに、選挙に始まり選挙に終わった一年であった。
 そして現在、全力を注ぐのは党内候補者の底力の引き上げだ。
候補者の全体の底上げを図り、民進党が全国での国民の不満の
受け皿、希望の道標となれるように、最善を尽くしたい。
 また、引き続き生活に密着した課題にも取り組むつもりだ。
特に、脱原発依存・自然エネルギー推進のための政策、汚染水
問題始め東電問題も含めた福島第一原発事故対策、消費を向上
させて景気回復を目指す消費税引き下げ政策、さらには安心の
ための年金改革の精緻化などは、私のライフワークでもあり、
今後も発信を続ける。
 そして、通常国会では、天皇陛下の退位の法制度化が大きな
論点となる。
去る12月21日には、民進党の皇位検討委員会の事務局長として
論点整理を取りまとめた。
 日本のはじまりの地、奈良から送り出して頂いた国会議員と
して、国会では、歴史や伝統を踏まえたこの国の在り方を問い、
天皇陛下のお考えに寄り添う、かつ、国民の理解を広く得られ
る制度作りを目指したい。
 今以て、年明け国会での早期の解散もささやかれる中、選対
委員長としての役割をしっかりと果たしつつ、国民の代表とし
て、役割を果たして参りたい。
 一年間、ご支援いただいた皆様、心から感謝申し上げます。
本当に、ありがとうございました。
 皆さん、良いお年を!

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2016年11月28日 (月)

離婚と親子の関係

 国会延長が12月14日までと報道されているが、どうやら、年
内解散はなさそうな気配だ。
年金法案審議について、与野党激突の様相だが、その陰でまだ
審議の目処は立ってはいないが、親子間の問題として重要な法
案が準備されている。
それは超党派の議員連盟が、議員立法として国会提出を目指し
ている、通称「親子断絶防止法案」だ。
私自身、当該議連の活動に関与しておらず、かつ、国会提出に
は、各党の了承プロセス等が必要であり、現在のところ衆議院
の委員会では特段動きは見えない状況でもある。
しかし、「離婚と親子の関係」という極めて重要な問いを投げ
かける法案であり、一議員としてこのテーマに真剣に向き合う
必要があると考えている。
◆議員立法の動きの背景
 この法案は、子どもが、両親の離婚等で一方の親と離ればな
れに暮らすことになった場合でも、もう一方の親との面会交流
を確保することを主な目的とするものだ。
 議連で法案が準備されている背景の一つには、我が国が、子
どもの連れ去りに関する「ハーグ条約」を批准したことが挙げ
られる。
この条約では、国籍の異なる夫婦が離婚する際に、一方が子ど
もを連れて自分の本国に帰ることにより、もう一方の親との関
係が断絶されることが多いことへの対処として、面会交流の機
会を確保するための支援を各国に要請している。
 さらに、我が国国内でも、離婚後に子どもと離れて暮らす親
からの、子どもとの面会を求める裁判所への調停申し立てが、
ここ10年で約2.5倍に増加していることが挙げられる。
 また、2011年に民主党政権のもとで民法が改正され、未成年
の子どもがいる夫婦が離婚する際には、養育費の分担や親子の
面会交流を「父母の協議で定める」ことが明文化されたが、取
り決めがされたケースは6割にとどまり、子どもの貧困やトラ
ブルの原因となっているとの指摘がある。
◆当事者の声を尊重した議論を
 一方で、同法案については、当事者である親の方々から「慎
重に考えるべき」との意見も頂いている。
 同法案は、離婚後の親子関係という非常にデリケートな問題
を扱うため、現実に問題に直面している当事者の目線に立った
慎重な議論が必要不可欠だ。
 特に、母親が、配偶者の暴力によって離婚に追いやられた場
合など、子どもと父親との面会交流を認めることは大きな精神
的負担や、面会交流の方法が不適切な場合には危険を伴うこと
も予想される。
子どもの虐待を伴うDVを原因とする離婚の場合など、面会方法
やケースによっては、面会交流がかえって子どもの利益にもな
らないこともあり得る。
 この点について、法案では、DVや児童虐待の事情がある場合
には子の利益に反しないよう、「特別の配慮」がなされなけれ
ばならないと規定している。しかし、「特別の配慮」といった
抽象的な文言だけでは、当事者の不安は解消されない。
また、そもそも、個々の家族の状況によって事情が異なる中、
法によって一律に面会交流を促すことの是非は慎重に議論しな
ければならないポイントだと思う。
 法案推進派の主張する、離婚後の親子の面会交流を推進する
ことが子どもの人格形成や成長の観点から重要であるとの点に
ついては、総論で賛成できるものだ。
しかし、離婚後、仕事や生活等で日々大変な思いをしながら、
必死に子育てに取り組む親の方々の切実な声に耳を傾けること
なくして、拙速に結論を出すべきではない。
◆親子を社会が支える体制整備が必要
 私自身、6人の子どもを育てた親の立場として言えるのは、
世の中様々な立場の人がいても、基本的に、子どもの幸せを願
わない親はいないということだ。
 同法案の推進派も慎重派も、「子どもの幸せのため」に声を
挙げておられる点は共通しているはずである。
 慎重派の親の方も、それが子どものためになり、かつ、それ
が現実的に(心理的な負担も含めて)可能であるならば、適切
な形での面会交流を否定するものではないと思う。
であるならば、法律によって面会交流を促す以上に重要なこと
は、そのような適切な形での面会交流を可能とする支援体制の
整備ではないか。
 現在、「家族問題情報センター」など、相談を受けたり、面
会時に付き添ってくれたりする支援機関があるが、全国に数箇
所しかなく、費用も1回の利用で数万円かかると言われている。
 国としてまず取り組むべきは、このような専門家よる支援を
受けられる体制を整備し、少ない負担で利用できる体制を予算
措置、人材も含めて整備することだ。
体制整備なくして、面会交流を努力義務であれ当事者に義務づ
けることはいたずらに当事者に負担を課すことになりかねない。
 親と子を、社会が支える国をつくることは、私の政治理念の
出発点であり、その観点からこのテーマについても向き合って
いきたいと思っている。

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2016年9月25日 (日)

特措法ではいけない生前退位

 21日の両院議員総会で選挙対策委員長に就任した。
1年8ヶ月ぶりの党本部の選対委員長だ。
下野して以来3年9ヶ月のうちの3年5ヶ月間、幹事長代理、幹事
長代行、選対委員長、筆頭副幹事長、特命副幹事長として一貫
して選挙対策実務に取り組んできたので、いついかなる場合で
も、担う覚悟はできている。
 次の国政選挙は、年明け早々の解散総選挙と想定しているの
で、あらためて、全身全霊で取り組む所存である。
 さて、明日から臨時国会が始まる。
論点は補正予算やTPPなど様々だが、その一つに、天皇陛下の
生前退位が挙げられる。
去る8月8日、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおこ
とば」が発された。そして、そこに「殯(もがり)」に関し、陛
下から、以下のようなお気持ちの表明があった。
 
「天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これま
でにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々
な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしき
たりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯の行事が連日ほ
ぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀に関連する行事が,1年間
続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に
進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族
は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事
態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来
することもあります。」
 
 殯(もがり)とは、天皇が崩御したとき、天皇霊を新帝に引継
ぐために、霊・肉を分離し、魂を浄化することにある。
 なぜ、このタイミングで陛下が「殯」を持ち出しこのような
思いを述べられたのか?
 2013年、宮内庁は天皇・皇后両陛下の葬儀やお墓の在り方を
大きく変更すると異例の発表をした際、火葬を望まれるという
両陛下の当時の思いを示した。このことと、併せて8月8
日の「殯」への言及を考える必要があると思っている。
 
 それは、日本の天皇位の根拠が古代における即位・大嘗祭
(だいじょうさい)の特殊な構造にあることを理解しなければな
らないからである。そこには天皇の死を契機とする殯、即ち遺
体の腐敗が死の穢れと連動することにより、新しい天皇の誕生
に影響を及ぼしていた過去があるからだ。
 
 そのヒントは天武・持統朝と呼ばれる時代にある。
壬申の乱の後、日本の統治機構、宗教、歴史、文化の原型が作
られたと言われる時代で、天皇を称号とし日本を国号としたの
もこのとき。
古事記、日本書紀の「記紀」には、「神話」的叙述の段階から
「大嘗」や「新嘗(にいなめ)」の語が登場するが、これらが明
確に区別されて使われるようになったのも、天武以降であった。
 
 「折口信夫は昭和3年に発表した『大嘗祭の本義』のなかで、
大嘗祭儀のうちに鎮魂祭と天皇の死=再生の儀礼が織り込まれ
ていることを論じた。禁中に仮設される悠紀(ゆき)・主基
(すき)の両殿に天皇の寝所がつくられ、茵(しとね)と衾
(ふすま)が用意される。これは日嗣の皇子となる後継者がそ
の資格を完成するために、寝所に引き籠って物忌みの生活に入
るためのものである。そして『日本書紀』の天孫降臨の場面で、
ニニギノミコトのからだを覆っていた『真床襲衾(まどこおう
ふすま)』がちょうどこの大嘗祭における寝所の茵と衾にあた
るのだという。その真床襲衾を取り除いて起き上がるとき、ヒ
ツギノミコははじめて完全な天子となると信じられていた。こ
のとき先帝の『魂』が新しい天子のからだに入って、その永遠
の生命の活動をはじめるというのである。折口がここで強調し
ているのは、天皇の肉体は一代ごとに変わっていくけれども、
その肉体から肉体へと継承される『魂』は不変だということで
ある。かれはその『魂』を永遠の『天皇霊』と同一視した。そ
して第二に、血統上ではもとよりそこに『皇位』の継承が考え
られているが、しかし信仰上からは不変の魂(天皇霊)の継承
のみが想定されているのだという。天皇の魂の不変性を儀礼的
に保証するものが、毎年くり返しおこなわれる復活鎮魂の祭り
としての新嘗祭であり、代替わりのときにおこなわれる大嘗祭
なのである。」(山折哲雄「死の民俗学」より)
 
 このように天皇の皇位継承は、即位礼に続く大嘗祭によって
完結する。
これは英国など他の立憲君主国の場合と根本的に異なっており、
それは「血」が繋がっていることもさることながら、永遠不変
の「天皇霊」を先帝のからだから継承することこそが大嘗祭の
本質だからである。
 「血」の原理では、それが初代のカリスマ性を保証するもの
ではあるが、しかし、代を重ねるごとの血の濃度の減少はカリ
スマ性の濃度が希薄化することに繋がる。つまり、日本の皇位
継承には、「天皇霊」の原理がより強くはたらいているのであ
る。
 霊の原理は継受の過程でその濃度をいささかも減ずることが
なく、血の原理と比べて相対的にその安定性は高い。
だから、大嘗祭が重要な儀礼なのである。
しかし、それは歴代の天皇が継承してきた天皇霊を新しい天皇
がみずからの身体に受け入れることであるから、先帝の遺体の
処理が滞りなく終了した後、すなわちその遺体から天皇霊を完
全に分離させた後でないと行えない。つまり、先帝の葬送儀礼
は何よりも遺体と魂をいかに分離するかということが課題となっ
ていたのである。
 
 例えば、天武天皇崩御にあたっては、2年2か月の殯が行われ、
持統天皇による大嘗祭は先帝崩御の約5年後となり、その間の
祀りごとは停滞し、皇位継承、ひいては社会の秩序安定も損ね
ることになる。
そこで持統天皇は自らの葬儀にあたっては、火葬によって穢れ
を浄化できる仏式による葬儀を採用することになる。
 これにより、殯の期間が持統1年、次の文武5か月、更に元
明天皇では一週間になり、先帝の鎮魂、滞りなき皇位継承、そ
して社会の秩序安定が極めて短期間に達成できるようになった。
別の言い方をすれば、宮殿の外部に仏殿が建てられ仏教との分
業体制が整ったことにより、葬儀と天皇霊の継承といった浄穢
(じょうえ)の分離を可能にする仕組みができあがったのである。
 以後、孝明天皇まで1200年間、天皇の葬儀に仏教が関与する
こととなった。京都の泉涌寺は皇室の菩提寺で「御寺(みてら)」
と呼ばれ、月輪陵(つきのわみさぎ)と呼ばれる陵墓には、四
条天皇をはじめ後水尾天皇から仁孝天皇までの25陵、5灰塚、9
墓が営まれている。天智天皇から(南北両朝の天皇も含む)歴
代天皇皇后の53の尊牌(位牌)もこの寺に安置されている。
(ちなみに、1654年の後光明天皇からは儀礼的火葬の後に土葬
となる。)
 
 更には、先帝の「死」を契機とする皇位継承は、当然のこと
ながら遺体の処理と皇位継承という有事に対応せざるを得ない
ことになる。
そこで皇位継承の場面から死穢(しえ)の排除ということを突
き詰めていくと、「死」を契機とする皇位継承から「譲位」を
契機とする皇位継承のほうがが、より安定した皇位の継承であ
ると論理的には帰結していくことになる。
 そうであるからこそ、持統天皇自身は生前に譲位し、そのま
ま大嘗祭で孫である文武天皇へ穢れなき霊の継承を行ったと思
われる。そして元明天皇が平城京に遷都した以降、元正、聖武、
孝謙へと譲位が恒常化していった。
 
 このように皇統の中断なき継受を実現するため、(1)仏教と
の連携により天皇の死を外部化し、(2)譲位を恒常化するとい
う、二重の防護壁を設けることで、先帝の死とは関係ない時空
間で穢れなき大嘗祭が行うことができるようになった。もはや、
殯の長期化に対する否定的な感覚は、この天武から聖武の時代
に変更のきかない方針として定着しつつあった。
 
 ところが、慶応4年・明治元年(1968年)、明治政府は一連
の神仏分離令を発し神仏習合を禁止し、明治天皇を現人神とす
る国家神道を国教化する方針に踏み切る。
同時に天皇が崩御された際の皇霊祭儀に関しても、1200年間続
いていた仏式葬を止め、神式の「殯(もがり)」が復活した。
つまり、持統天皇以来、皇位が安定的に継承されていく為の仕
組みが一気に壊され、復古という名のもとに不安定だった天武
以前の時代に逆戻りさせられたのである。
 
 更には、天皇の葬儀とは直接関係ないものの、明治39年
(1906年)に施行された1町村1社を原則とする神社合祀令は、
「八百万の神々」に壊滅的なまでのダメージを与えた。
 明治政府は記紀神話や延喜式神名帳に名のあるもの以外の神
々を排滅することによって国家神道の純化を狙った。
 全国で20万社あった神社のうち7万社が取り壊され、土地の
神様(産土の神)の抹殺により、地域の歴史も分からなくなっ
た地域もあるという。
特に熊野信仰などは、古来の自然崇拝に仏教や修験道などが混
交して成り立ったある意味「何でもあり」の宗教で、合祀の対
象となりやすかった。三重県、和歌山県他3県の神社減少率は9
割と言われる。
 3年前に「火葬」を望まれた両陛下の思いと、今回の「生前
退位」、そして「重い殯」の行事をまるで忌避されるようなお
言葉を併せて考えるに、それは持統天皇らのとった安定的な皇
位継承に逆向する明治の「一連の宗教改革」に不快感を表明す
るもので、ひいては安倍政権が押し進めようとする憲法改正に
象徴される、力による覇権、謂わば「明治レジーム」への激し
い抵抗を「重い殯」という言葉に思いを込めて、ギリギリの球
を投げ込んだのではないかと考えられる。
 生前退位が、この臨時国会で陛下の健康をおもんばかってと
の建前で、「特措法」として処理されかねない状況である。
 上述した我が国の皇統にまつわる歴史を鑑みれば、まさに、
安倍政権が推し進めようとするわずか70余年の歴史でしかない
現行憲法の改正、あるいは明治維新を是としての覇権主義国家
への猛進を、陛下の重い「おことば」によって、我々は熟思黙
想して正道へと導いていかなければならないと、強く感じるの
である。
参考文献:山折哲雄「死の民俗学」

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2016年8月25日 (木)

改憲議論の前に考えるべきこと

来週、代表選が告示となる。
無投票にはならないとは思うが、一方でその争点がどうなるの
かというのも重要だ。
考えらえる争点としては、野党共闘のあり方、戦う組織への変
革、さらに憲法改正議論へのスタンス、など様々だ。
前の二つは党内マネジメントの話であり内向きの話だが、憲法
に関しては違う。
憲法については、政府の改憲論議に引きずられて、「改憲是か?
非か?」、「憲法草案作成是か?非か?」などの議論に陥りが
ちだが、それ以前に、我が国に通底する社会的な価値観、規範
を考えたときに、「憲法」とはなんぞやとの極めてプリミティ
ブな考察が必要ではないのか?、との強い問題意識を私は持っ
ている。
そもそも、憲法は、革命の産物だ。
欧米諸国において、王政などの封建国家から民主革命を経て、
衆議を決する仕組みすなわち議会制民主国家へと変わりゆく過
程で、権力を抑制する仕組みとして必要とされてきた規範が憲
法だった。
まさに、歴史の分断、統治の非連続を補うものとして必要とさ
れた根本規範である。国家を「人工国家」と「自然国家」に分
類するならば、このような意味での憲法は「人工国家」をつく
る仕組みの一部として位置づけられてきたと言える。
こうした、「人工国家」としての仕組みとしての憲法を否定す
るものではないし、フランス革命やアメリカの独立戦争など民
主化の流れにおいて憲法や独立宣言が必要不可欠であったこと
は理解できる。
しかし、立憲主義が「憲法」のみを主権の体現とする考えと捉
まえることには違和感がある。イギリスでは、王権を存続した
ままに伝統的価値観、慣習法などから「不成文」の憲法規範・
体系を構築した。
議会決議や裁判所の判例、国際条約、慣習等のなかの国家の性
格を規定するものの集合体を憲法とみなしたのである。
そこでは、「憲法」以前に、国家と国民に根付く価値観や規範
が最重要の意味をもつ。
長い歴史の歩みや目に見えぬ価値を守り、「自然国家」として
の成り立ちを持つ我が国でも、こうした不文の価値観を憲法
(規範)として位置づけるべきだったのではないか。
しかし、残念ながら我が国の革命と位置付けられるであろう明
治維新の際、明治政府はプロイセンの欽定憲法を採用した。
ドイツは、プロイセンによる近代国家としての統一は19世紀ま
で無いが、中世ドイツは神聖ローマ帝国として形式上は統一さ
れた帝国でもあった。
神聖ローマ帝国がドイツ第一帝国、プロイセンによる統一ドイ
ツが第二帝国、ヒトラーによるドイツが第三帝国とされている。
そんな中でのプロイセン憲法がフランスの1848年革命の影響を
受けた産物であることは事実だが、ドイツ統一は市民革命によ
るものではなく、ビスマルクによる上からの統一であり、議会
制と国王大権が併存する体系となった。
同じく薩長による上からの「革命」を経た日本が参考として、
天皇大権と議会制を共存させようとすることに合致したのであっ
た。
憲法は「革命」の産物であり、人工的な「国家」を創り出すも
のである。従って、憲法改正によってその都度新たな人工「国
家」を作り出していくことには限界がある。
現行憲法改正という「革命」に短絡的に走るのではなく、国家
を語る上では、むしろ自然発生的に受け継がれた歴史的規範を
重視しその上で現行憲法をどのように捉えていくべきか考えて
いく必要がある、というのが、私が今最も関心を持つ事柄なの
だ。
2千数百年に及ぶ、我が国の歴史の中で連綿と継がれてきた、
「共生」の概念や、「調和」と「順応」、さらに「言挙げせぬ
国」としての価値の伝承などであり、それこそ神武天皇の建国
の詔から始まり、十七条憲法、律令制、さらには武家社会にお
ける数々の統治制度などによって、世界に冠たる精神国家とし
ての礎が築かれてきた。
これらを国民が広く理解し、現代においても知らず知らずの間
に我々に内在するこれら不文の規範・概念が、現行憲法を内包
する価値観として国民の中にあるということを、再度検証すべ
きではないかと考える。
過去との連続性と継承の上に、未来を創っていく。
その立場に立てば、矮小化された憲法改正論議からは一歩離れ
て、国家としての「国体」を共有する論議へと昇華させていく
ことができると、信ずる。
改憲論議では、改憲か護憲か、どの条文をいじるのかといった
テクニカルな議論に陥りがちだが、「形式」ではなく、守られ
るべき価値・規範は何かという「実質」に着目した本質的な議
論こそが必要である。ぜひ、こうした骨太の議論を、憲法議論
の中で行っていきたいと思う。

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«陛下のおことば