2018年4月19日 (木)

「一丸の会」設立

 本日、政治団体「一丸の会(いちがんのかい)」設立総会を経て、新たな政治運動体が立ち上がった。
 恩讐を乗り越えて結束することがなかなか困難な現職の皆さんを押し上げるドライビングフォースとなるべく、バラバラな野党をまとめ上げるのは、我々浪士でしかない!との思いで浪人42名が参加してのスタートとなった。
 夕刻からの設立総会には、皆、遠く地方からも手弁当で参加していただき、総会で私、馬淵澄夫会長、長安豊会計責任者、宮崎岳志事務局長の就任をご承認いただき、今後の活動方針も承認を得て、新たなスタートを切った。
 
 その後の第一回特別講演は連合神津会長にお出ましいただいた。野党結集の意味を、1989年以来、最も重く受け止めていただいている連合会長からのメッセージは、野に下って、日々、闘っている浪士の仲間には、響いたであろうと思う。
 民進党からの希望の党公認候補のみならず、幅広い前回の衆院選の候補者が、この会の会員として集っていただけたことは、本当にありがたい。
本気で、自民党に代わる政治勢力を作ろうという、意思を、強く持つ者の集団だ。
 今回、42名の参加だが、次の衆院選の野党の伸びしろは、浪人の仲間そのものである。その仲間が、大きく一致団結することの意味は深い。
 不肖、私が、会長となってこの政治団体を率いることになる。
一人でも多くの仲間が、国会に戻っていただけるように、そして、もちろん、私も国会に戻り、単にバッジを付けるだけではなく、この国を率いていけるように、全身全霊で、取り組んでいく。

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2018年4月 2日 (月)

浪人は勝つ!

 昨年の総選挙で民進党(民主党)が分裂して以来、もうまもなく半年が経とうとしている。
合流するとしていた希望の党の代表は、さっさと知事職に戻り、また消滅するとしていた民進党は残り、更に無所属会派、立憲民主党、と四分裂の状態が続いてきた。
 更に、昨年の総選挙で、野党が大同団結してまでも倒そうとしてきた、強権政治の権化・安倍政権が国会で行ってきた議論の根本であるはずの審議が、実は、改ざん決済文書を元に行ってきたことまで明らかとなり、まさに、フェイク政権によるフェイク国会、さらにはフェイク選挙だったことが、もはや明々白々だ。
それでも、政権支持率は急落の後に、また、徐々に、戻しつつある。
なぜか!?
理由は簡単だ。
野党がバラバラだからである。
そして、これを乗り越えていこうとする現職の皆さんの中に、未だ、拭い去ることのできないわだかまりが相当程度あることも、容易に想像がつく。
 昨日、民進党は全国幹事会を開き、希望の党との新党協議を開始することを決定した、と報じられた。
ようやく、動き出すのかもしれない。
しかし、我々、野に下った浪々の身の者の、危機感は、相当に強い。
このまま、成り行きを眺めるだけでは、いけない。
自分たちが、主体的に、野党、ひいては与党をも巻き込んだ政界の変革に挑まなければならない!、との強い意志の下、昨年からの浪士との議論によって、小さいながらも小舟をこぎ出し、前に進もうと誓った。
 政治団体の総務大臣届け出を3月28日、年度末直前に行い、受理された。
浪人の仲間で、連携を取り、現職の皆さんを突き動かす、エンジンたらんと、30名を超える仲間が集ってくれている。
 我々は、再び、政権交代可能な政党を創り上げるその核とならん、と信じて行動をしていく。
「一丸の会(いちがんのかい)」として、まもなく設立総会を開き、活動していく。
その代表に、私、馬淵澄夫が就く。
 かつて、藩閥政治に対抗し敗れ、隠遁しながらも自由民権運動の浪士を鼓舞し、自らは再び政権に近づき伊藤内閣で要職を重ね、遂には外務大臣として不平等条約の撤廃など、日本外交の父と呼ばれるまでの功績を残した、陸奥宗光。
 この超現実主義者、明治の元勲が当時の浪士達に残したものは、何だったのか。
「政治とはアートである」と喝破する、彼の言葉を借りて、今こそ、私たちが広く、浪人の仲間に呼びかけてきた、その呼びかけ文を、下記する。
浪士の皆様へ
先の総選挙で、突然の事実上の解党宣言と共に希望の党の公認あるいは想像もしなかった新党や無所属で戦われ、惜敗された皆様方、ご奮闘に心から敬意を表します。
私も、政権転落以来、長年、選挙対策実務に関わりながら、自らの議席を失ったこと、誠に申し訳なく、慚愧の念に堪えません。
しかし、あらためて、自らが野に下り、浪々の身となり市井の現場から国政を見ると、まさに「月影の至らぬ里はなかりけど、眺むる人の心にぞすむ」の心情であります。
もはや、どんなに安倍政権の支持率が激減する状況であっても、野党がバラバラの状況を打破しなければ、野党への支持率・期待感が上がらないことが明らかなのですが、残念ながら現職の皆さんにおかれては、恩讐を超えて行動することが未だ困難であり、その意思がある者でしか結集は推進できないのだと痛感いたします。
だから、今こそ、自公政権に対峙し、再び政権を担いうると国民から期待されるような勢力を創るため、浪々の身である私達こそが先陣を切って行動していかなければなりません。
かつて、徹底した現実主義で遂には「日本外交の父」として元勲と称された、陸奥宗光は、「古今浪人の勢力」と題して、当時浪々の身であった自由民権運動家の志士たちを鼓舞する、次の言葉を送っています。
「苟も進歩変革が社会の常道たる以上は、浪人は常に勝つ、永久に勝つ。
浪人の勝たざる社会は滅亡化石の社会なり。
勝利は終に浪人に在らん。
何ぞ屑々(せつせつ)然(ぜん)として藩閥の残(ざん)肴(こう)冷杯(れいはい)に首(こうべ)を低(た)れんや。」
と。
野にいる今、不遇を託つのではなく、社会の常道たる進歩変革を信じ、必ずや勝つ!との気概を持って臨むことこそ、私たち浪士の使命であります。
もはや、残(ざん)肴(こう)冷杯(れいはい)に首(こうべ)を低(た)れて、目の前の糧に甘んじるわけには参りません。
私たちが核となり、中心となり、野党がバラバラの状況を打破して自公政権と対峙しうる勢力を創るためのエンジンとなって、現職の皆さんを突き動かし、恩讐を超えて、広く国民生活を護る政治の実現に邁進しようではありませんか。
私は、徒に、更に野党を分断することを求めているのではありません。来春に統一地方選、夏に参院選を控える、今、この時にこそ、浪士の我々が、ひとつにまとまり、大きな塊となって、本質的な日本政治の変革に向けて行動していかねばなりません。
是非とも、皆様のご賛同と、そしてこの運動へのご参画を強く求めるところであり、心からのご参集のお願いをさせていただきます。
浪人は勝つ、必ず勝つ。
私たち、こそが、その先頭に立ちましょう!
平成30年3月吉日
前衆議院議員 馬淵澄夫拝
新党協議も、しっかりと見極め、そして、何よりも、大きな塊となっていくことの意義を発信していく「一丸の会」。
2010年、当選三回にもかかわらず、「生意気だ」と叱られながらも、代表選挙初挑戦を決めたとき、菅総理の退陣が目の前に迫る中、あらゆる、政治家が語る「挙党一致」の言葉がむなしく響いているのを聞いて、この言葉は使うまい、と誓った。
だから、私は、あの代表選以来、常に、「全党一丸」と語ってきた。
そして、全党一丸となって政権交代可能な政党に再生すべく、取り組んできたが、今は浪々の身となった。
しかし、思いは、今も変わらない。
全党一丸、野党一丸、政界一丸となって、ゆがんだ政治を正していかなければならない。
「一丸の会」から、再誕(さいたん)。
自らが、自らを生み直すために向き合っていく。

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2018年1月 2日 (火)

毘沙門祈願から、始動

 明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
 穏やかな新年を迎え、大晦日から元旦の朝まで恒例の寺社仏閣へのお詣りを家族と事務所メンバーで済ませた。
徹夜で各所での御神酒をいただき、フラフラになりながらも、元日の昼前に家族での正月膳を囲んで新年挨拶。
元旦は、それだけで、オールアウト。
もう、お屠蘇いただいて、そのまま泥のように寝てしまう、いつも通りの元日。
 なんとか、普通に朝起きて動けるのは毎年二日から。
これも、千手院信徒としての恒例の信貴山朝護孫子寺への新年大般若祈祷と護摩法要参拝。
事務所代表者と家族で、国家安寧と心願成就並びに必勝を祈るのだが、今年は選挙もなさそうだけれど、常在戦場ゆえ、「必勝」もいつも通り祈願。
・・・しかし、昨年は、敗れてしまったからな...。
 毘沙門天王のご守護御利益を無にしてしまったということは、私自身の徳積みが足りなかったということと、あらためて反省。
全国から来られている見知らぬ参拝者の方々からも、励ましをいただき、再起へあらためて新年に始動。
 奈良事務所の仕事始めは、5日から。
それまでの貴重な時間を、自らの研鑽のために大切に使いたい。
まずは、締め切りが迫っている原稿をやっつける。

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2017年12月31日 (日)

心静かな年末を迎えて

 今年も、一年間お世話になりました。
ご支援賜りました皆様には、心から感謝申し上げます。
 一年間、あまりにも多くのことがあったが、もはや、議席を失った今、些細なことでしかないように思えてしまう。
1分単位で動いていた日々をあらためて振り返ると、何であんなに、忙しくしていたんだろう?、と思えてしまうほど...。
 都議選に向けての都民ファーストとの攻防や、衆院愛媛3区補選対策、また天皇陛下退位に向けての立法措置の取りまとめなど、日々、追われながら、夏には突然の代表戦に、続いての解散総選挙。
さらに、民進党解党宣言と希望の党合流と新党騒動。
そして、落選し、野に下って浪々の身となり、永田町と距離を置きながらの日々の政治活動...。
 今は、ただ、こうして年の瀬に、家族や親しい友人共々、無事に一年を終えることに感謝あるのみだ。
 消防団の年末警戒への激励も例年通り無事終えた。
日常の一断面を見れば、普段と何も変わらない年末のようでもある。しかし、多くの方々と接しながら、今の永田町政治から一定の距離を置いていることの意味を、感じる。
 今は、私は、心静かに市井で多くの人々の思いを受け止めるときなのだ。混沌とした時代だからこそ、原点に戻り、国民の思いがどこにあるのかを知るときだと思っている。
今年も...、今日も、いつものように、23時半には地元の氏神さんに家族と事務所の面々とでお参りのために向かう。
日常は、変わらない。
しかし、間違いなく、日々の積み重ねの中で、時代が動いている。
 今一度、時代が求めているのは、何なのかということを、見つめ直していきたい。
 皆様、よいお年をお迎えください。

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2017年12月23日 (土)

年末の野党政局

 野党が年末に向けて、水面下も含めて動きだしている。
 当たり前だが、バラバラの野党では、政権交代など起きえない。
その当たり前のことが、できずに、先の総選挙の結果、民進党が無所属会派も含めて四分裂。特別国会は、野党バラバラのまま閉じてしまったが、さすがに次期通常国会はこれではマズイと考えるのは当然のことだ。
 そして、立憲民主党が、年内の県連組織立ち上げと地方議員の囲い込みを図りだした。これは、参院選に先立っての統一地方選を考えての行動だろう。
このような事態に対して、希望と民進が、少々前に、日刊ゲンダイでもコメントしたように、「待ち受け画面」でいたら、終しまいだ。
自ら起動する、アプリを立ち上げなければならない。
 そこで行われているのが、統一会派を模索しての両党の動き。
しかし、そうは、簡単にことは運ばない。9月28日の両院議員総会以来の、複雑な感情が入り交じる。
政治とは人が介在し、人と人とが、擦れ合う世界。
当たり前のように、「感情」が支配する。
これを、政治は「大局に立って」行うべき、と言うのは、正論だが現実的ではない。
14年間、永田町に居て、まさに、この、感情の擦れ、ぶつかり合いこそ、「残念ながら」とカギ括弧をつけるが、政治の本質なのだ。
 従って、希望の党と民進党の統一会派による連携・合流も容易ではない。
いや、今日、現在においては、両党個々の立場の方々の発言を目にする限り、「こりゃ、なりっこないだろ!」と、思うのも無理からぬところ。
 しかし、だ。
それでも、最後は大局に立つ以外になく、野党の連携は避けては通れない(...と、思っている)。
 このことは、野に下り、さらに浪々の身となれば、当たり前のことと思えるのだが、現職で永田町の渦の中にいると、そうはいかないのも、理解する。
今は、時間があり、様々な方とお会いして意見を聞くことができるので、拝聴していると、「そのような状況だからすぐには無理だ、ある程度時間が必要だ」、とのお話も多数いただく。
 もちろん、いわゆる、「まだ、日が高い」状況なのはわかる。
しかし、政治の世界では、それをわかりながらも、日が高かろうが、擦れながらもがき苦しみながら前に進めようとするプロセスが必要だ。
訳知り顔に、「まだ、まだ」という前に、それでも、今このときに、まとめるための汗かきを、現場の議員の皆さんに取り組んでいただきたいと強く望む。
 もちろん、私も、ノンバッジで、できることを模索し、実行していく。
 21日、希望の党では、環境が整った者、からの公認が発表された。しかし、これをもって、立憲民主党との覇権争いが始まったとみるのは早計だ。
むしろ、まだ、現時点では容易ではない、分裂してしまった野党の再結集の第一歩が始まったとみるべきだ。
私は、心静かに、自らを見つめ直す場所に立ち、変革に向けての闘志を燃やす。

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